脱出
マリアンヌさんの赤ちゃんは、無事にミラの回復治癒魔法によって全快する事が出来たので、直ぐに此処から脱出をする事にする。
既に、マリアンヌさん一家とハンナさんは、96式装輪装甲車へ乗車済みなので、残るはガレル君、ギルさん、そしてメイドさんを乗せれば直ぐに出発出来る。
俺は、確認のために商家の中に居るメイドさんへ尋ねた。
「貴女はどうなさいますか?自分たちと一緒にタースから脱出しますか?」
「はい。宜しいのであれば、私めもタースから逃げ出したいのですが」
「ご家族はいらっしゃらないのですね?」
「はい。孤児院出身ですので天涯孤独でございます」
「そうですか、では一緒に脱出しましょう。"鉄の箱車"へ乗り込んでください」
「ありがとうございます。ご恩は生涯忘れません」
彼女は、深々と俺に頭を下げ、96式装輪装甲車の後部ハッチより車内へと乗り込んだ。
車内からは、マリアンヌさんや旦那さんが、メイドが乗り込んで来たことで、喜びの声を上げて居る。
かなり、マリアンヌさん一家からは、信頼されている様だ。
「ガレル君も乗り込んで下さい」
「判った。助かったよ、ジョー兄貴。ありがとう」
「水くさい事は言わないでくださいよ。マリアンヌさん一家の警護を、お願いしますね」
「ああ、任せておいてくれ」
「ギルさん、自分のドロー……使い魔は、何処に置いてありますか?」
「おお、あの空飛ぶ使い魔なら、中のテーブルの上だぜ。直ぐに取ってくるぜ」
「自分も一緒に行きます」
そうギルさんは言うと、直ぐに商家の中へと入って行ったので俺も直ぐにギルさんの後を追う。
商家の一階は、商店風なのかと想像していたが、テーブルと椅子が複数設置してあり、どちらかと言うとレストランの様な感じだった。
ドローンからの映像と、肉眼で見た感じでは、かなり違って見えた。
そのテーブルの一つに、ギルさんが走り寄って行き、テーブルの上に置かれていた俺のドローンを掴んで、こちらを振り返ってから俺を見て言う。
「ジョーは、あのメイドの事を怪しんでいるんだろう?」
「やはり判りますか。ギルさんは、どう思いますか?」
「マリアンヌさんが言うには、3ヶ月前から住み込みで働いているそうだぜ」
「3ヶ月ですか。それ以前は、他のメイドさんが居たのでしょうか?」
「ああ、長年この商家へ勤めていた年配のメイドが居たが、急病で亡くなったんで、その後釜に来たのが、あのメイドだとさ」
「急病で亡くなった……怪しいですね」
「俺もそう思うぜ。ただ、マリアンヌさんと旦那は彼女を信頼している様だから、俺達には何も言えねえぜ」
「そうですね。取り敢えずは要注意と言うことで、一緒に連れて行くしか無いですね」
「ああ、そうだな。警戒は俺達に任せておいてくれ。ガレルとハンナにも言ってあるぜ」
「判りました。お願いします。じゃあ、その使い魔は"鉄の箱車"へ積んで下さい」
「判ったぜ。じゃあタースからさっさと脱出だな、ジョー」
「はい、脱出の経路の途中に、もう一仕事して行きますけど、時間は要しません」
「そうか、そっちは任せたぜ」
「はい」
ギルさんは、俺のドローンを持って、商家から出ると直ぐに96式装輪装甲車の後部ハッチから車内へと入って行く。
俺は、ギルさんが乗車したのを確認したので、周囲を警戒しながら96式装輪装甲車のナークへハンディー・トランシーバーで連絡を入れた。
『ナーク、俺だ。96式装輪装甲車の後部ハッチを閉じてくれ。どうぞ』
『……了解。後部扉を閉める。どうぞ……ザッ』
『了解。俺も直ぐに16式機動戦闘車へ戻るので、そのまま待機していてくれ。どうぞ』
『……了解。待機する。どうぞ……ザッ』
『以上、通信終了』
俺がナークとの通信を終わり、96式装輪装甲車の後部ハッチが閉じられたのを確認して、16式機動戦闘車の操縦席へ入り込もうとした時、緑色の半月型をした光が突然飛来し、96式装輪装甲車の後部ハッチへと衝突した。
ゴーゴーという、風の吹く音も聞こえてきたが、96式装輪装甲車の後部ハッチへ、ぶつかると同時に、その音は消えてしまう。
次の瞬間、16式機動戦闘車の砲塔に装備された機関銃が、ダダダダダダダダッ……!と発射され、7.62mm曳光弾のオレンジ色の軌跡が多数、道路の遙か前方へ向けて飛んで行く。
どうやら、傭兵軍の追撃部隊が俺達を捕捉した様だ。
しかも、いきなりの魔法攻撃とは、敵も中々やる。
96式装輪装甲車へ飛来したのは、風魔法の風刃と呼ばれる、鎌鼬を強力にした魔法版だ。
商業ギルドのエルドラさんに、一度だけ見せてもらった事がある。
傭兵軍の魔法使いが放った風刃は、16式機動戦闘車の後部や砲塔にも命中した様だが、アンやベルから連絡が無いので、車体の損傷とかは無い模様だ。
96式装輪装甲車の後部ハッチへ命中した風刃も、塗装が剥がれた程度で損傷は受けておらず、全く問題は無い。
俺は、16式機動戦闘車の操縦席へと急いで潜り込み、アンに指示を飛ばした。
「アン、主砲だ。撃て!」
「判ったよ!主砲、発射!」
既に、主砲へは榴弾が装填されているので、アンは直ぐに主砲を発射する。
同時に、敵傭兵軍から今度は、複数の火炎弾が飛来して来た。
ただ、大きさは小さく直撃しても火が燃料に燃え移らない限りは、問題なさそうな大きさだ。
何発かの火炎弾が、俺の前方に停車している96式装輪装甲車へ着弾するが、その炎は直ぐに消えてしまった。
16式機動戦闘車の主砲、105mmライフル砲からズドーンッ!と発射音が轟き、発射された榴弾は、ドッカーン!と爆発音が轟き傭兵軍の追撃部隊へと着弾した様だが、操縦席からは確認できない。
しかし、直ぐにアンから状況報告があった。
「砲弾、傭兵軍へ命中だよ、ジョー兄い!」
「よし、良くやったアン。ベル、次弾も榴弾を装填」
「了解でしゅ、ジョー様」
よし、これで暫くは、時間稼ぎが出来るだろう。
これからは、急いでタースの街から脱出して、安全圏まで撤退をしなければならない。
俺は、待機している96式装輪装甲車へ、ハンディー・トランシーバーで連絡を入れた。
『こちら、ジョー。ナーク、直ちに96式装輪装甲車を発進させろ。目標は北東の城門だ!どうぞ』
『……ナーク、了解。北東城門へ向け進行する。どうぞ……ザッ』
『俺達は、後方から援護しながら行く。以上』
『……了解……ザッ』
俺達の前方で、エンジンを止めずに停車していた96式装輪装甲車が、俺の連絡を受けて直ぐに発進をする。
俺も、直ぐに16式機動戦闘車のサイド・ブレーキを解除し、先行する96式装輪装甲車の後を追うべくアクセルを踏み込むのだった。




