救出
傭兵ギルド本部を、16式機動戦闘車の105mm主砲によって、一撃で破壊した俺達は迷路のようなタースの街の道路を、救出を待っているマリアンヌさん宅へと急ぐ。
未だ夜明けまでは、大分時間もあるが、マリアンヌさん一家とギルさん達"雛鳥の巣"を救出した後、直ぐさま、タースの街から脱出をしなければならないため、俺は慎重に16式機動戦闘車を操縦しつつも、速度を落とさずに目標地点へと急いだ。
後方からナークの操る96式装輪装甲車も追従してくるが、そもそも車の運転の経験が皆無だったナークは、この細かく曲がりくねったタースの道路に悪戦苦闘している様で、俺達との距離が少しづつだが離れ始めた。
俺は。あまり距離が離れないように、進行速度を若干落としてからナークへ通信する。
『チャーリー、こちらマーベリック。聞こえるか?送れ』
『ザザザ…………こちらチャーリー、聞こえる。送れ』
『了解。操縦に問題があるか?少し、速度を落とした。送れ』
『ザザザ…………了解。道が曲がりくねっているので、遅れ気味。送れ』
「了解。チャーリーすまん。このまま速度を少し落として走行する。送れ』
『ザザザ…………こちらチャーリー、了解。ありがとう……送れ』
『マーベリック、了解。以上、通信終了』
俺の焦る気持ちが、走行速度の上昇に繋がってしまった様だ。
運転を覚えて、まだ僅かな期間しか経過していないナークへの思い遣りに欠けてしまった、俺のミスだ。
今の時間ならば、それ程に速度を上げずとも、目標までの到着時間の違いは5分以下だろう。
そんな時間差を稼ぐために、速度を上げてナークの操る96式装輪装甲車が、道路の両側に立っている家屋にでも衝突してしまえば、それこそ取り返しが付かなくなってしまう。
少し速度落として走行していると、細い道路から二倍程の道路幅がある大道りへと出る。
この道路が、マリアンヌさん宅の商家がある道だ。
俺達は、右折して、マリアンヌさん宅へと急いだが、この道路幅で有れば16式機動戦闘車を追い越して、96式装輪装甲車を先行させる事が出来る。
恐らく、傭兵軍の追撃部隊は、俺達を追撃してくるだろうから、それに備えて置くに超したことはない。
『チャーリー、こちらマーベリック。送れ』
『ザザザ…………マーベリック、こちらチャーリー、送れ』
『了解、チャーリー。WAPCは、MCVを追い越して先行してくれ。送れ』
『ザザザ…………チャーリー、了解。目標は左側?送れ』
『了解。そうだ。MCVは迎撃態勢を取る。送れ』
『ザザザ…………了解。送れ』
『チャーリー、こちらマーベリック。以上、通信終了』
俺の操縦する16式機動戦闘車(MCV)を、道路の左側へ寄せ、速度を更に落とすと、ナークの操る96式装輪装甲車(WAPC)が、加速して俺達の右側を進行し、そして前方へと出た。
マリアンヌさん達を救出中に、傭兵軍の追撃があった場合、俺達の16式機動戦闘車が盾となり、傭兵軍の追撃部隊を迎撃する必要がある。
「アン、砲塔を180度回頭させ、迎撃部隊に備えてくれ」
「判ったよ、ジョー兄い」
「頼む、ベルは主砲へ榴弾を装填」
「了解でしゅ、ジョー様」
「アン、傭兵軍から攻撃を受けたら直ちに反撃してくれ。」
「うん、最初は機関銃で反撃、その後も攻撃があれば主砲発射で良い?」
「それで構わない。ベルは次弾も装填の準備しておいてくれ」
「はいでしゅ」
「俺は、停止したら救出の援護で、一端下車するから」
「了解だよ!」
「了解でしゅ。お気を付けて!」
ナークの運転する96式装輪装甲車の後を、俺の操る16式機動戦闘車が追従して前進し、道路前方の左側にマリアンヌさん宅の商家が見えてきた。
俺は、ハンディー・トランシーバーのハンドセットを手にし、ギルさんへ到着の連絡をする。
『ギルさん、聞こえますか?ジョーです。今、マリアンヌさん宅の前へ到着しました。どうぞ』
『了解だぜ、ジョー。直ぐに、表に出て良いか?……どうぞ……ザッ』
『了解。少し待ってください。受け入れ準備が完了したら、直ぐに連絡します。どうぞ』
『判ったぜ、ジョー。直ぐに聖女ちゃんの治療を頼むぜ。どうぞ……ザッ』
『はい、交信は聞こえていたかい、ミラ?どうぞ』
『ジングージ様、ミラです。何時でも回復治癒は出来ます。……どうぞ……ザッ』
『了解。頼んだよ。ナーク、WAPCを停止させたら、直ぐに後部ハッチを開いてくれ、どうぞ』
『チャー……ナーク、了解。どうぞ……ザッ』
『頼んだ。俺も停止後に直ぐ下車して援護する。以上、通信終了』
交信が終わるのと殆ど同時に、先行する96式装輪装甲車がマリアンヌさん宅の前で停止し、同時に後部の油圧開閉式ハッチがゆっくりと開いて行く。
俺も、96式装輪装甲車の直ぐ後ろへ16式機動戦闘車を停車させ、操縦席上部のハッチを開いて、「アン、ベル、後は頼んだね」と言って、16式機動戦闘車から飛び降りて下車した。
16式機動戦闘車の砲塔は、進行してきた方角へ向けられており、傭兵軍の追撃部隊を迎え撃つ体勢を整えてある。
俺は、注意しながら89式小銃のコッキング・レバーを引き、周囲を警戒しつつ、マリアンヌさん宅のドアを叩く。
俺達の周囲には誰も居らず、路上で焚かれている篝火だけが暗闇の中に見えていた。
「ギルさん、ジョーです。迎えに参上しました」
「待っていたぜ、ジョー。先ずはマリアンヌさんと赤ちゃんからだ。頼むぜ」
商家のドアが開くと、ギルさんの安堵した顔が見え、その直ぐ後に未だ若いママさんが、大事そうに布で包んだ赤ちゃんを抱いている。
彼女が、マリアンヌさんだろう。
何処か、アントニオさんの二番目の奥さんに似ている。
異母――姉妹なので母親達も良く似ているのだが――兄弟のアストンさんとも似ているので、間違いは無いだろう。
「ジングージ様、ありがとうございます。私はアントニオの娘でマリアンヌと申します」
「マリアンヌさん、挨拶は後で。この鉄の箱車に乗ってください。中で回復治癒をするミラが待機していますので、直ぐに赤ちゃんを治療します」
「はい、ジングージ様。ありがとうございます」
「マリアンヌさんの旦那さんも、ご一緒にどうぞ」
「ジングージ様、後ほど自己紹介させて頂きます。では失礼して」
「はい、気になさらず。警護を兼ねて、ハンナさんも乗車して」
「ジョー兄さん、ありがとう~。まさか来てくれるとは思ってなかったよ~」
「うん、鉄の箱車の中で警護を、よろしく」
「判ったよ~、じゃあまた後でね~」
商家の中には、ギルさんとガレル君、そして見知らぬメイド服を着た若い女性が一人居る。
彼女が、メイドなのだろう。
歳の頃は、20歳前後だろうか、優しそうな顔をした控えめな女性だった。
マリアンヌさん達と一緒に、96式装輪装甲車へ収容しても良かったのだが、今回の救出予定には入って居なかったので後回しにさせて頂いた。
俺とギルさん、ガレル君が周囲を警戒していると、96式装輪装甲車の開いた後部ハッチから、目映く白い光が発せられた。
ミラが、回復治癒魔法を使ったのだ。
これで、マリアンヌさんの赤ちゃんは大丈夫だろう。
俺は、96式装輪装甲車の後部ハッチを覗き込み、マリアンヌさんの抱いている赤ちゃんを見てからミラに尋ねた。
「ミラ、赤ちゃんの病気はどうだ?」
「ジングージ様、大丈夫です。完治しました」
「そうか、良かった。ミラ、良くやってくれたね。ありがとう」
「これも女神様の御心です。ジングージ様」
「そうだね。良かったですね、マリアンヌさん」
「はい、ジングージ様、ミラ様。ありがとうございました……」
マリアンヌさんは、そう言うと赤ちゃんを抱いたまま、大粒の涙をこぼしながら微笑んだ。
旦那さんも同様に笑顔になり、俺に頭を下げながら「ありがとうございます。ミラ様、ジングージ様」と言って、マリアンヌさんの抱く赤ちゃんへと視線を移すのだった。




