戦闘糧食Ⅰ型
俺は、「いえ、とんでもない」とアントニオさんへ応え、まだ背嚢の中に入っている戦闘糧食Ⅰ型や、無限収納から未だ取り出していない、今日の分の戦闘糧食Ⅰ型2食分を提供する事にする。
「アントニオさん、自分の持っている非常用の携帯食料も提供します」
「それは、有り難うございます。しかし、宜しいのでしょうか、ジングージ様?」
「構いません。三食分程度しかありませんが、食事の彩りにはなるでしょう」
「有り難うございます。大変、助かります。それでは、私めの食材を、先ずは準備いたしましょう」
そうアントニオさんは言うと、箱形馬車の後部にあるトランクの扉を開けて、中から肩掛け型の革鞄を取り出した。
次いで兎耳少女のベルさんが、トランクの中から大きな鍋を取り出し、えっちらおっちらと焚き火の方へ運搬してゆく。
更に、馬耳少年のラック君が走ってきて、トランクの中に収納してある木製の桶を取り出し、トランク内に設置されている大型の樽から水を注ぎ始めた。
木桶が水で満たされると、それを焚き火の方へと運搬し始め、既にベルさんによって焚き火の真上に、鉄製の二本の支柱で設置された大型鉄鍋へと注ぎ込まれる。
ラック君は、水を追加して鍋の八分目ほどになってから、鍋に木製の蓋をした。
「これらが、今夜の食材となります」
そう言うとアントニオさんは、先ほどトランクより取り出した肩掛け型の革鞄の中から、鞄よりもずっと大きな袋を三袋も取り出した。
「えっ!」と驚く俺を見て、アントニオさんはニコニコしながら「魔法収納鞄でございます」と言った。
ふーん、俺の"女神様の加護"による、無限収納スキルを持った魔法鞄と言ったところだなと思う。
アントニオさんの説明によると、魔法収納鞄は見た目の容量に対して、約10倍の容量を持ち、逆に重さは10分の1に軽減されるのだと言う。
しかし時間凍結の機能はなく、生ものは日持ちしないのだとか。
貿易商の旅には欠かすことの出来ないアイテムで、行商からスタートする商人が、最初に入手すべき魔法道具だそうだ。
また、馬車が故障して徒歩での行軍の際には、この鞄だけで旅が続けられる様に、保存食料や水などをいれて置くことが多いのだとか。
魔法収納鞄は、鞄に物を入れた者でないと取り出す事が出来ないので、セキュリティ機能も併せ持ち、盗賊に襲われた際にも有効なアイテムなんだとの事。
「こちらの袋に燻製干し肉が入っておりまして、こちらの袋には乾燥野菜。そして、こちらが乾燥パンとなっております。干し肉と野菜を煮込んでスープに致しますので、湯が沸くまで暫しお待ちを」
「スープを作るのであれば、その前に自分の持っている非常用の携帯食料を、お湯で暖めてしまいたいのですが、宜しいですか?」
「構いませんとも、どうぞ湯が沸きましたら、お使い下さい」
アントニオさんから承諾を得られたので、俺は肩に担いでいた背嚢の中から、先ずは入れてあった一食分の戦闘糧食Ⅰ型3個を取り出す。
続けて無限収納スキルを発動し、残りの戦闘糧食Ⅰ型2食分、計6個の缶詰を召喚して、それを背嚢の中からわざと取り出した。
「なんと、ジングージ様の背負い鞄も魔法収納鞄でしたか……」
「はい、アントニオさんもお持ちだったので、先ほどは驚いてしまいました」
「いやはや、これは参りましたな……はははは」
うん、これで今後は無限収納スキルを、人前でも上手く誤魔化せば使う事ができそうだ。
そうこうしている内に、鍋の湯が沸騰してきたので、俺は戦闘糧食Ⅰ型を暖める作業に入る。
沢庵の缶詰3個を除いた、ご飯の缶詰3個と、おかず缶詰の3個を沸騰したお湯へ投入。
ちなみに取り出してみて判ったのだが、ご飯缶は評判の高い鳥飯缶、五目飯缶、そして白米缶で、おかず缶詰の方はというと、ウィンナー缶、牛肉野菜煮缶、ハンバーグ缶の三種類だった。
う~ん、この三種類のメニューしか召喚で取り出せないのは、少し飽きるな。
経験値でもを増やせば、メニューも増えるのだろうかとも考えたが、ゲームの世界じゃないので無理かもしれない。
投入して約30分弱――時間は目立たないように腕時計で確認した――兎耳少女のベルさんが持っている木製の大きなしゃもじを借りて、十分に暖まった6個の缶詰をお湯から取り出す。
おかず缶は少し暖めすぎの時間だったが、これからベルさんがスープを作る間に、食べ頃の程よい暖かさになるだろう。
俺が取り出した戦闘糧食Ⅰ型に、アントニオさんを筆頭に、ギルバートさんら冒険者の三人や、獣人二人も興味津々で、「それ食い物か?」とギルバートさんは怪訝そうな顔で鍋を見つめていた。
しかし、流石に好奇心旺盛の商人アントニオさんだけは違っており、お湯に入れなかった沢庵の缶詰を手にとって、丹念に調べていた。流石に商人と言うべきだろう。
兎耳少女ベルさんが手際よく作った、燻製干し肉と乾燥野菜のスープもできあがり、美味しそうな匂いが焚き火の周りを漂い始めた頃、俺は自前のビクトリノックスのマルチツールをポケットから取り出し、缶切りブレードで、缶詰を開け始める。
すると、缶詰から湯気と共に美味しそうな匂いが立ちこめ、全員が「おぉ~!」と歓声を上げるのだった。
「こちらが、主食の米……ご飯になります。そして、残りはおかずです。皆さんで分けてお食べ下さい」
皆さんは、自分の木皿へ戦闘糧食Ⅰ型を缶から均等に取り分けて、ベルさんが木製の器に盛った燻製干し肉と乾燥野菜のスープを受け取り、頂きますの言葉も無く一斉に食べ始める。
そして、戦闘糧食Ⅰ型を口に入れると、まるで打ち合わせた様に、全員が一斉に口を揃えて言った。
「うめぇ!」、「美味い!」、「美味いよ~」、「美味しいですな」、「美味しいです」、「美味しいでしゅ」