強襲救出作戦
『ギルさん、聞こえますか?ジョーです。ただ今、タースの街へと侵入しました。どうぞ』
『…………』
『ギルさん、聞こえませんか!ジョーです。どうぞ』
『おっと、ボタンを押して話すんだったぜ。済まん、ジョー聞こえるぜ……そうか、どうぞだぜ……ザッ』
『ギルさん、了解。これより、そちらへ急行します。脱出の準備をお願いします。手荷物は無し、金銭と貴重品だけにして下さい。どうぞ』
『了解だ、ジョー。既に、準備は出来ているぜ。赤ちゃんに必要な物だけで、荷物は無しだと、マリアンヌさんが言ってるぜ……どうぞ……ザッ』
『了解。一階に集合して待機して居て下さい。それから、一つだけ……傭兵ギルド本部を潰して行こうと思いますが、捕虜になった人達は居ますか?どうぞ』
『いねぇぜ。彼奴ら、刃向かう奴らは皆殺しだ。生かして置くのも面倒なんだろうぜ。侯爵家の当主や妻達も全員殺された。いや、妻達は犯されそうになったので自害したと聞いたぜ……で、今は傭兵軍の本部は侯爵が居た城だぜ。どうぞ……ザッ』
『……了解です。侯爵家の皆さんが全員殺されたのは本当ですか?どうぞ』
『本当だぜ。反乱が起きて直ぐに侯爵家は制圧されちまった。俺達は傭兵ギルド本部内の冒険者ギルドに居たんだが、殺された侯爵と家族の死体を、奴ら市中を引き回したんで俺も見たぜ。その後、俺達はギルド本部を追い出されたんだが、刃向かった冒険者は全員奴らに殺されちまったぜ……どうぞ……ザッ』
『……了解しました。侯爵家は、どうしてそんなにも早く制圧されたのか判りますか?どうぞ』
『ああ、侯爵家は兵士の殆どが傭兵でよ、しかも待女達も傭兵ギルドの隠密が殆どだったそうでな、逃げる間もなくあっと言う間に殺られたそうだぜ。どうぞ……ザッ』
『了解。では、現在は傭兵ギルドには誰も居ないと言うことで、こちらの揺動作戦の標的にしても問題はありませんね?どうぞ』
『了解だ。問題ねぇぜ。居たとしても傭兵の見張りだけだな。血祭りに上げちまってくれ、ジョー。どうぞ……ザッ』
『了解。……そうします。では、そちらへ到着する際に、また連絡します。待機していてください。どうぞ』
『了解だ。頼んだぜ、ジョー。どうぞ……ザッ』
『了解。以上、通信を終わります』
想像以上に傭兵ギルドは、今回の反乱を事前に計画していた様だ。
侯爵家は、内部に潜り込んでいた傭兵と隠密のメイド達からの攻撃で、瞬く間に制圧されてしまったというこ事か。
それにしても、隠密のメイド部隊って怖いな。
俺は、待女ギルドに詳しいベルへ、隠密メイド部隊に関して尋ねてみる。
「ベル、今の通信を聞いていて、傭兵の隠密メイド部隊って知ってるかい?」
「はい、ジョー様。待女ギルドへも、傭兵ギルドの隠密メイド部隊の情報は伝わっておりましゅ。メイド業務は勿論、暗殺や戦闘もこなすそうでしゅ」
「暗殺もか……戦闘もするメイドさんは、ベルもそうだから驚かないが暗殺とはな。所属は傭兵ギルドでなく、待女ギルドなの?」
「はい。両方に加入していると聞いていましゅ。だから身元を調べても判断出来ないので、怖い存在なのだそうでしゅ。確か、元々は80年前の魔族との戦争の後、確か40年ほど前に作られた組織だとか……ワン・オブ・ナインだったかと記憶していましゅ」
「そうなんだ……名前から察すると、勇者コジローさんが絡んでいそうだね」
「え?ジョー様、組織の名前の意味が、お判りになるのでしゅか?」
「ああ、判るよ。俺の国では"くノ一"と言う女性の隠密達が昔いたんだ。"くノ一"は、"9の1"とも読める。それを別の国の言葉で言うと、そのワン・オブ・ナインと言う言葉になるんだ」
「そうでしゅか……何故、勇者コジロー様は、そんな怖い組織を作られたのでしょうか?」
「それは俺にも判らないけど、なにか理由が有ったのだろね。ベル、教えてくれてありがとう。よし、取り敢えずは、傭兵ギルド本部を破壊して行こう。アン、目標が見えたら停止するから、砲撃の準備をしてくれ」
「判ったよ、ジョー兄い。最初は機関銃で弾道と着弾点の確認、その後に榴弾で砲撃だよね?」
「そうだ、アン。頼んだぞ」
「判っているよ、任せてよ」
勇者コジローさんが、何故"くノ一"部隊を創設したのか、俺には判らなかったが、それなりの理由が有ったに違いない。
それにしても、ワン・オブ・ナインとは、コジローさんのネーミング・センスも、俺と大した違いはないな。
しかも、当時の情勢から言えば、敵国の言葉で使用禁止だったんじゃないのか。
まあ、この世界に転生・転移したから、それも関係ないし軍内部では英語も使われていたみたいだし。
ただ、ワン・オブ・ナインという名前から、俺は米国のSFドラマのエピソードを連想してしまった。
大好きな大作SFシリーズで、そのスピンオフのシリーズに登場するヒロインの名を連想したのだ。
そして、そのSFドラマのシリーズを跨ぐ、クリフ・ハンガーのエピソードを思い出す。
傭兵や隠密メイドの裏切りの事を考えると、やはり注意を怠る事は出来ないと肝に銘じた。
俺達は、タースの街の迷路の様な道路を進行し、何度か右折と左折を繰り返して、一路ギルさん達が居るマリアンヌさん宅へと急いだ。
そして、街の中心部に近い場所へと来ると、三叉路の正面に攻撃目標となる傭兵ギルド本部の建物が見えた。
建物は、5階建ての大きな石造りで、建物からは灯りも見えず誰も居ない様だ。
ただ、道路には、篝火が転々と焚かれているが、人の姿は全く見えない。
俺が16式機動戦闘車を停止させると、後続のナークが操縦する96式装輪装甲車も停止する。
16式機動戦闘車のヘッドライトの明るさに比べると、傭兵軍が設置したであろう篝火の明るさは暗く、ヘッドライトのビームも上向きにしたままなので、その明るさは異世界の夜ではあり得ない明るさだ。
ヘッドライトに照らされた傭兵ギルドの建物は、石造りとは言え鉄筋などが入っている訳でも無いので、1階か2階部分を破壊してしまえば容易に崩れ去るだろう。
俺は、砲手を担当しているアンに告げる。
「アン、前方の傭兵ギルド本部が標的だ。2階部分を狙ってくれ」
「了解だよ。機関銃発射!」
アンが発射した74式車載機関銃は、ダダダダダダダダッ……!と射撃音を発し、オレンジ色の軌跡を発して曳光弾が、傭兵ギルド本部の建物へと命中した。
狙ったとおりに、建物2階へと全弾丸が命中する。
本当に、アンの射撃能力は、天才的だと感心する。
砲塔の方位角度の修正もいらず、砲身の上下角の修正も不要だ。
「よし、アン。撃て!」
「うん、発射!」
16式機動戦闘車の主砲、105mmライフル砲からズドーンッ!と発射音が轟き、発射された榴弾が傭兵ギルド本部の2階部分へと命中し、続いて猛烈な爆発音がドッカーン!と聞こえ、2階部分が爆発して崩れ去る。
傭兵ギルド本部の建物は、2階部分の爆発に連鎖して、3階から5階までのフロアが音を立てて崩れ去った。
その崩れ去った瓦礫により、1階部分も押し潰され、傭兵ギルド本部の建物は瓦礫の山へと変わる。
よし、これでタースの街に侵入した敵があり、その敵は強力な破壊力を持っている事を傭兵軍に知らしめる事が出来た。
しかも、アンの狙いが正確だったので、傭兵ギルド本部の両脇の建物は全く無傷だ。
傭兵軍以外の一般市民への物的被害は、最小限に食い止め、絶対に一般市民への人的被害は与えたくない。
そういう意味では、傭兵軍が戒厳令を発し、一般市民の夜間外出を禁止したのは、俺達にとっては幸いだった。
夜間に出歩いているのは、俺達以外は傭兵軍しか居ないのだから全てが攻撃対象となる。
既に、南門の城壁で見張りを行っていた傭兵軍から、傭兵ギルド本部へは伝令が走っている最中だろうから、奴らの攻撃が間もなく始まるだろう。
その頃には、出来ればマリアンヌさん家族とギルさん達"雛鳥の巣"を全員救出して、さっさとタースの街から一端、離れてしまいたい。
俺は、破壊された傭兵ギルド本部の瓦礫を横目に、16式機動戦闘車を発進させた。
ナークの操る96式装輪装甲車も、俺達の後を追うため続いて発進する。
さあ、揺動目的の強襲作戦の次は、本来の目的となるメインの救出作戦の開始だ。




