ドローン
無限収納から召喚して取り出したのは、俺の個人的な趣味の持ち物で、一つは無線操縦のドローンだ。
4ローターの中型サイズだが、専用の無線コントローラーを使用すれば、最大で2Km程度までの距離なら操縦が可能だ。
スマートフォンやタブレットでもコントロールが可能だが、この場合には、コントロール可能な距離が大幅に短くなってしまう。
俺は、専用のコントローラーとセットで購入しているので、最大距離でも制御が可能だ。
ドローンの胴体には、カメラが装備されており、同時に無線で映像を飛ばす事も出来る。
この場合の伝送距離は、日本の電波法によって、ドローン側の送信機の電力が低く抑えられているので、2Kmの距離では、映像が送られて来ない場合が多い。
今回の目標は、マリアンヌさんが嫁いだ商家なので、距離は1Km以内であるため、映像の伝送は問題無いと思われる。
ただ、夜間での飛行となるのでドローンに装備されているカメラは、感度を最大に上げても、かなり暗い映像となってしまうだろう。
元の世界に居た時は、日本の航空法の関係でドローンの夜間飛行が禁止されていたので、夜間飛ばした事は無い。
もっとも、俺が住んで居た横須賀は、海上自衛隊や米海軍の施設が多かったので、昼間でも飛行禁止区域が多くて、ドローンを安易に飛ばす事も出来なかったのだが。
俺のドローンには、プログラムによって、ある程度の自律飛行を可能とする機能も装備されているのだが、これには、GPS衛星が使えればという条件がある。
流石に、女神様もドローンにまでゴッド・ポジショニング・システムの恩恵は与えてくれていないので、ホバリングなどの基本動作以外は、全てをマニュアルのリモートコントロールで行わねばならないのだ。
もう一つ召喚した個人所有物は、これも俺の趣味であるアマチュア無線のハンディー・トランシーバーだ。
これは既に、ミラを含むパーティー"自衛隊"のメンバー全員が装備しており、ハンドセット付きで、防弾チョッキの襟にマイク&スピーカーのハンドセットをクリップで取り付け、隊員間での通話に使用している。
俺のハンディー・トランシーバーは、144MHzと430MHzのデュアル・バンドだが、訓練で使用してみた限りでは、144MHzの方が障害物があっても安定した通信が可能だった。
もっとも、元居た世界と違い、この異世界には、他のアマチュア無線局はおろか、業務通信局や放送局も存在していないので混信や傍受なども無い。
従って、俺以外のメンバーがアマチュア無線の免許を所持していなくても、そもそも電波法が存在していないので、なんら問題では無い。
ちなみに、俺は、元の世界では第2級アマチュア無線技師の免許を所持しており、無線局も開局していたのでコールサインも所有していた。
更に、無限収納からスマートフォンも追加で1台、召喚してドローンのコントローラーに装着する。
既に映像受信用のアプリは、インストールしてるので、これで現在マップ表示で使用中のスマートフォンと同時に使用すれば、夜間の飛行も、なんとか操縦が可能となるだろう。
実際、今回の斥候に出発する前に、試験運用を夜のスベニで行った際には、暗闇でも注意深く操縦すれば、目標の建物へ近づく事は十分に可能だった。
召喚したドローンのローターなどを組み立て、胴体部分にガムテープでハンディー・トランシーバーを簡単に外れない様に固定する。
ガムテープには、フェルト・ペンで「この粘着帯を剥がして取り外せ」と書いておく。
ハンディー・トランシーバーには、PTTボタンの部分へ細く切ったガムテープを貼り、「ボタンを押して喋り、終わったら離す」と書いた。
周波数セットや、ボリューム、スケルチなども、予めセットして準備完了だ。
ドローンの電源スイッチをオンにすると、スマートフォンにドローンからの映像が映し出される。
それは、ベルの顔のアップだったので、ベルが「うわぁ~!」と驚いた声をあげる。
うん、やっぱり兎耳少女のベルは、可愛いな。
ちなみに、ベル用の迷彩服3型のズボンには、お尻に穴が開けてあり可愛い白い尻尾が出ている。
やっぱり、可愛い兎の尻尾がベルには、有ったのだ。
「アン、天井のハッチを開いてくれ」
「うん、判ったよ」
アンが、軽装甲機動車の半円形の天井ハッチを両側に開いてくれたので、俺はコントローラーを操作し、ドローンを天井ハッチの穴から外へと飛行させた。
ドローンは、4基のローターが高速回転をし、ビィ~ン~とドローン特有のローター音を発して、車外へと飛んで行く。
そして、一気に軽装甲機動車の上空まで上昇して行き、更に城壁の高さよりも高く上昇する。
ドローンから送られてくる映像には、暗闇の中ではあるが、タースの街中の道路脇に転々と、篝火が焚かれているのが見えている。
映像は、暗くて細部までは不明だが、篝火に照らされる道路には人影は無い。
傭兵軍によって、戒厳令が発せられているので、一般市民は夜間は外出禁止となっているのだろう。
少しドローンを回転させると、城壁の上には、見張りと思われる傭兵の姿が篝火と共に見えた。
幸いにも、俺達が潜んだ林の側の城壁上には、篝火も傭兵もいなかった。
俺は、ドローンを傭兵の見張りに発見されない様に、ある程度の高度を保って飛行させ、バンカー公爵から頂いた羊皮紙の地図上へ、アントニオさんが娘のマリアンヌさんの嫁いだ商家の家を示す様に、印を羽根ペンで記入してくれた地点を目指してドローンを飛行させた。
羊皮紙の地図とスマートフォンで表示させているマップ、それにドローンからの映像を頼りに、俺は慎重にドローンのコントローラーを制御する。
「ベル、暗くて判りにくいけど、この映像を一緒に観てくれ。マリアンヌさんの家を見つけたい」
「はい。ジョー様。もう少し低くなりましぇんか?」
「うん、少し高度を下げるから良く見ててね」
「はいでしゅ」
俺は、ドローンの高度を下げて行き、かなりの低空飛行をさせる。
転々と篝火が燃えているので、道路の脇は、比較的明るく照らされている場所もある。
ベルは、恐らく馬車からの風景を見ているはずなので、馬車のより少し高い程度の高度を維持して、目標地点までドローンを飛ばしていく。
暫く、道路の上空を低空でドローンを飛行させて行くと、ベルが叫んだ。
「ジョー様、この風景、見覚えがありましゅ。この先の右側でしゅ!」
「了解。少し速度を落とすから、マリアンヌさんの家を確認してくれ」
「はいでしゅ!」
ドローンの飛行速度を落として、ゆっくりと前進させる。
幸い、傭兵軍の見回りなどとは遭遇しておらず、道路には人っ子一人居ない。
もっとも、スベニの街であっても、夜明け前の深夜である、この時間であれば殆ど人は居ないのだが、戒厳令の敷かれているタースでは、注意をしなければ、何時見回りの傭兵に発見されてしまうかもしれないのだ。
「ジョー様、あの右側の商店がマリアンヌ様のお住まいでしゅ!」
「了解。よし、あの商店のドアに向かうぞ」
ベルが教えてくれた商店の一階部分へとドローンを降下させ、ゆっくりとドアの前まで飛行させる。
このドローンは、低空や低速でも自動姿勢制御が実装されているので、低速からホバリングまで安定して飛行可能なのだ。
恐らく、ギルさん達"雛鳥の巣"は、マリアンヌさん達を護衛しているだろうから、3人の交代で徹夜の警護をしているはずだ。
だとすれば、必ず商家の店舗である一階で警護に当たっているだろう。
俺は、商店のドアへ軽くドローンをぶつけ、それを数回繰り返す。
ドローンには、予めローター・ガードが装着して有るので、ローターが破損する心配は無い。
そして俺は、ハンディー・トランシーバーのハンドセットのPTTボタンを押し、ドローンへ向けて電波を発信した。




