星空の花摘み
「……以前、あたしの身の上話を聞いてもらったけど……」
「うん、聞いたね。優しいお母さんの事」
「……母は、魔族である事を恥じて無かった。でも父の事は何も話してくれなかった」
「そう……お父さんの事は全く知らないの?」
「……人族であった事以外は名も知らない」
「そうなんだ……会いたい?」
「……母とあたしを捨てた父など会いたくない、と言えば嘘になる」
「せめて名前さえ判れば、探し様もあるんだけどなあ」
「……母も教えたくなかったのだと思う」
「その理由も知りたいね。まあ、俺はもう両親と妹には二度と会えないけど」
「……亡くなったの?」
「そんなとこだね」
「……あたしは、もしかしてジョーのお母さんか妹さんに似てるの?」
「ばれてたのか……いや、似てないよ」
「……誰かに似てるの?」
「うん、似てる。生き写しだ」
「……そう、また会えるといいね」
「いや、もう会えないよ。彼女は既に亡くなっているから……」
「……ごめんなさい」
「いいんだ。だから、ナークと初めて会った時は驚いたんだよ。生き返ったのかと思った」
「……恋人だったの?」
「もう5年も前の事だけど、恋人かな?友達かな?」
「……好きだったんでしょう?」
「ああ、好きだった。でも、もう会えない。会いたいけど、もう会えない」
「……」
ナークは、そのまま黙ってしまった。
俺も、5年前に亡くなった瞳の事を思い出してしまい、もうナークとの会話を続ける事が出来なくなった。
17歳という若い命が消えた夜の事を、今でも鮮明に覚えている。
そして、通夜や葬儀で人前であるにも関わらず、泣きじゃくったあの日の事を……。
真っ暗闇を照らす、軽装甲機動車のヘッドライトの灯りが涙で歪む。
手で涙を拭い、気持ちを切り替えて運転に集中しようとしたが、頭からは生前の瞳の笑顔が消えない。
愛する人を失った気持ちは、それを経験した人間にしか判らないだろう。
だが、その気持ちを知っているからこそ、同じ気持ちを誰か他の人にも味わって欲しくは無い。
だから、今回のタースで危険な状況にある家族を思う友人や、知人気持ちは痛い程判るのだ。
俺と同じ悲しみを、味合わせたく無いと思う。
可能であれば救出して上げたいと思うし、そのために俺は斥候に名乗りを上げ自ら志願したのだ。
俺達だけで救出活動が成功するかどうかは判らないが、やらずに後悔だけはしたくないのだ。
しばらく、無言のままで軽装甲機動車を走らせ、城塞都市タースまでへの距離が中間地点を越えたので小休止を取る事にする。
既に迷いの森は、遙か後方となったので周りは何もない平原だ。
前方に見える街道脇の平原に、何本かの木々が生えており大きな岩も見えたので、そこへ停車する事にした。
軽装甲機動車を停止させ、後部座席で仮眠中のアン、ベル、ミラの三人を起こす。
「起きて。タースまで半分弱の距離だよ」
「えっ、アタイ、また寝ちゃったよ……」
「私もです。ジングージ様、申し訳ありません」
「私は凄く気持ち良かったでしゅ」
「用足しするなら、二人以上で行ってきてね。俺は付いていけないから」
「私、行ってきて宜しいでしょうか?」
「もちろんだよ。アンかナーク、一緒に行ってあげて」
「アタイが一緒に行くよ」
「……あたしも行く」
「私は大丈夫でしゅ」
「周りの警戒を怠らないように」
「はい」、「判っているよ」、「……大丈夫」
俺は、暗闇の中へ三人が消えて行くのを見送り、午前零時を既に回っていたので、無限収納からコンビニの買い物袋を召喚してコーラで喉を潤した。
チョコレートと、ポテトチップス、そして、ペットボトルの、お茶をベルに渡した。
「小腹が空いたら食べてね」
「ありがとうございましゅ。ジョー様」
「あの娘達が戻ってきたら、分けてあげてよ」
「はい」
カツ丼弁当とカレー弁当は、コンビニ袋に入ったままだが、腹が減った時に誰か食べるだろうから、そのまま入れたままだ。
流石に、この時点で食べると腹が膨れて眠くなりかねないので、弁当を食うわけにはいかない。
俺は、コンビニ袋に残っていた煎餅の袋を開け、ボリボリと食べながら、コーラを飲む。
米粉は手に入るので、今度は煎餅でも作ってみるかと考えていると、3人が深夜の花摘みを終えて返ってきた。
「お菓子とお茶はベルに渡してあるから、みんなで分けて食べてね」
「アタイは、この茶色の甘いのが好きだよ」
「私は、このしょっぱいお芋を揚げたのが好きです」
「……あたしは米粉のしょっぱいのが好き。なんだか懐かしい」
「それは煎餅って言う俺の国のお菓子だよ」
「……魔族の村には無かった。けれど懐かしさが有る」
「そう、何か別の食べ物に似てたのかもね」
俺も、醤油味の懐かしさを味わえるのは、今のところ煎餅だけだ。
ナークが懐かしいと思ったのであれば、この異世界にも何処かに醤油が存在しているのだろう。
スベニの食品市場では、未だに味噌も醤油も発見で出来ていないのだが、大豆も小麦もあるので後は米麹が有りさえすれば、時間はかかるが作れなくは無い。
そんな事を考えていたが、俺も小さな雉を撃ってこよう。
小休止も終わり、再び城塞都市タースへ向けて軽装甲機動車を西に向けて走らせる。
スマートフォンに表示される地図を見る限りでは、此処からタースまでの街道は殆ど直線だ。
タースの周辺は、森というよりは林に囲まれている様に見えるので、その林の中に軽装甲機動車は停止させれば、タースの傭兵軍に発見される確立も経るだろう。
タースの正確な五角形の城壁には、3ヶ所の城門が有り、真北には城門が無く、北東と北西、そして真南に城門が作られている。
今走行している街道は、タースの北東の城門へと繋がっているのだが、大きく湾曲して城門へと続いている。
唯一、南の城門だけが南の街道と直交した形で繋がっており、街中へと軽装甲機動車で突入するのであれば、南門が一番適している。
だが、最初は、街中の偵察を行わねばならないので、城門からの死角となる位置で、しかも、林の中が最適だ。
もう少し近づけば、適切な停車場所が探せるだろう。
あまりタースの城壁に近づき過ぎてしまえば、城壁の上から見張りをしているであろう、傭兵軍に発見されてしまうリスクもあるので、慎重に場所を選ばねばならない。
さあ、いよいよ警戒モードを最大限に上げてタースまで進行だ。
お陰様で、『目指せ!一騎当千 ~ぼっち自衛官の異世界奮戦記~』は、昨日も「日間ランキングBEST300」の2位へランクインされています。また「日間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST100」の1位も維持しております。更には「週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST100」へ、一昨日に3位、昨日には2位へとランクインされました。
これもひとえにブックマークをして下さった読者の皆様、そして評価ポイントを入れて下さった読者の皆様のおかげです。本当に有り難うございました。
引き続き、『目指せ!一騎当千 ~ぼっち自衛官の異世界奮戦記~』のご愛読を、よろしくお願い致します。
舳江爽快




