商人の好奇心
馬車が走り始めてから、俺が考え事をしているとアントニオさんが声をかけてきた。
「はい、問題有りません」
「何か、お考えごとをされていた様ですが、ご心配ごとでも有りましたか?」
「いえ、記憶が余りにも断片的だったもので、少しばかり不安になってしまいました。申し訳ありません」
「いや、いや、それは当然のことでしょう。差し支え無ければ、私めと少しお話なさいませんか?」
「はい、是非お願い致します。何か、思い出せるかもしれませんから……」
記憶喪失者を装うのも、中々に骨がおれる。
アントニオさんは、悪い人には見えないのだが、商人という職業であれば対人の話術は仕事上、上手いに決まっているので、ボロが出ない様に振る舞わねばなるまい。
「それでは、少し質問させて頂きます。ジングージ様の服装は、とても珍しいですな。特に色合いが変わっておりまして、私めも目にした事の無い柄でございますね」
「これは……迷彩という柄……かと思います。森や野外での保護色になり、敵から見つかり難い様になっているのです」
「おぉ、なるほどメーサイですか。言われますとおり、森から出て来られたジングージ様、目立ちませんでしたな。なるほど……で、お持ちの魔法発動用の杖ですが、これも初めて見ましたが、金属製でしょうか?」
アントニオさんは、俺の手にしている89式小銃を、不思議そうに指さした。
既に銃身の熱が下がっていたので、89式多用途銃剣は外してホルダーへ納めてある。
マガジンは空になっており、ホールド・オープンしたままの状態だったので、暴発の危険もなかったからアントニオさんへ、そのまま89式小銃を「どうぞ」と渡す。
「おぉ、有り難うございます。むっ、これは……なんと鉄製ですか……重いですな。魔法発動用の杖は、金属製もありますが、これほど重くはありません。腕輪や指輪は、金属製が殆どですが……不思議な形状ですな」
「これに関しては、記憶が定かでないのですが、何故か使い方だけは自然と判りました」
「なるほど、いや、魔法使い様の大事な魔法発動杖、有り難うございました。お返し致します」
アントニオさんが89式小銃を俺に返してくれたので、それを「はい」と言って受け取った。
もう少し魔法使いとか、魔法発動用のアイテムに関しては、詳しい話しを聞いておきたかったのだが、やぶ蛇になってしまいかねないので、こちらから質問することは止めておいた。
「頭に被っておられるのは、兜でしょうか?」
「はい、頭部を守る兜ですね。馬車の中では、失礼にあたりましたか。お詫びします」
俺は、88式鉄帽を外して脱ぎ、これもアントニオさんへ渡した。
「拝見します」と言ってアントニオさんは88式鉄帽を、じっくりと観察し始めながら感嘆の声をあげる。
「素晴らしい加工技術ですな。それに塗装技術も素晴らしい。鉄製とは、思えない出来映えです」
「そうなのですか、加工技術や塗装技術に関しては記憶が無いので、何とも言えませんが……」
(また、嘘をついてしまった……)
この異世界では、確実にプレス技術などはないだろうから、手で叩き出して兜の成形を行うのだろう。
また、塗装も焼き付け塗装技術が無いだろうから、容易に金属への塗装は剥がれてしまうだろし、ましてや88式鉄帽の様にFRP製の兜など絶対に無いと思われる。
この辺りの情報は、アントニオさんへ流しても問題はないと思われるので、機会を見計らって記憶が蘇ったことにし、伝えてもよいのかもしれない。
それから暫くの間は、俺の装備品に対するアントニオさんの質問の嵐だった。
差し障りの無い事は正直に答えて、武装関係に関する事や技術関係に関することは、記憶喪失者を装って本当の事は話すことを止めておく。
それからは、俺の身につけている装備品やら背嚢など、あらゆる物に対して、アントニオさんの好奇心を満たすために、彼の質問に俺が答えるという会話を続けた。
その間も馬車は進み続けて、辺りが暗くなっても馬車は止まることなく、かなりの速度で街道を東に進み続けた。
アントニオさんの横に座っていた、兎耳少女のベルさんは、恥じらいながら、時たま俺の方を上目遣いで、ちらちらと見ていたが俺と目が合うと恥ずかしそうに俯いてしまう。
うん、可愛い……ロリータ趣味は無いのだが、小さい頃に生き物係で世話していた兎を思い出してしまう。
この異世界の時間単位は、まだ不明だったのだが、俺の腕時計では2時間余り進んだところで、馬車が止まり御者席の小さな窓が開けられ、ラック君がアントニオさんへ声をかけてきた。
「アントニオ様、野営地に到着しました」
「おお、そうですか、さあジングージ様、降りましょう」
「はい」
俺は、ベルさん、アントニオさんが降りた後から、脇に置いていた背嚢と88式鉄帽、89式小銃を肩にかけ、馬車を降りる。
周りは、すっかり暗くなっていたが先に到着していた、荷馬車組のギルさん達が焚き火を焚いていたので、その周りだけは明るかった。
大きな岩がある場所で、木が何本か生えていた。
岩を背にして、4台の馬車を円陣形態で停車させてあり、外的の襲撃に備えている様だ。
荷馬車の馬は、既に荷馬車から外され木に繋がれていた。
ラック君は、御者席から飛び降りると、馬車を引いていた二頭の馬を外し、木の方へ連れて行った。
これから、馬の世話に入るのだろう。
「さて、ここで野営となります。夕食は、残念ながら予定外の野営ですので、粗末なものしか、ご用意出来ないのが、大変心苦しいのですが、ご容赦くださいませ、ジングージ様」
アントニオさんは、そう言うと恐縮した表情で、俺に頭を下げた。