治療
「これから急いでスベニに戻って、ロックさんの治療をしてもらう。全員、ただちに軽装甲機動車へ乗車!」
「「「了解!」」」
俺は、ロックさんを軽装甲機動車の後部座席へ座らせ、ベルさんとアンさんへ看護を頼み、運転席へと飛び乗る。
助手席には、ナークさんを座らせ、直ぐさまLAVのエンジンを始動させた。
現在位置を確認すべく、スマートフォンを仕舞った胸ポケットへ手を伸ばしたが、戦闘中の動画撮影を仕掛けたままだった事を思い出す。
起動したままだった動画撮影を終了させて、ゴッド・ポジショニング・システムとマップ表示を起動し、現在位置を確認してみると、ほぼ"迷いの森"の東端に居る事を確認した。
この場所からであれば、街道までの最短距離としては、斜めに東南へ進み街道へ抜けた方が良さそうだ。
直ぐさまLAVを発進させ、スマートフォンのマップ表示と現在位置を表示させたまま東南へと向かう。
"西の平原"は、文字通りの平らな草原なので、地面の凹凸は少ないのだが草が伸びているので、小さな凸凹までは見えない。
そのため、LAVは小刻みに上下振動しながら、平原をかなりの速度で直進する。
ロックさんは、後部座席で「ぅぅぅぅ……」と、小さな呻き声を発している。
LAVが小刻みに上下動しているので、苦しいのかもしれないが、急いでスベニまで戻り治療を施して貰わないと命に関わるだろう。
ここは、ロックさんには気の毒だが、我慢して耐えてもらうしか無いのだ。
暫く東南方向へ草原を進むと、前方に東のスベニへと向かう街道が見えてきた。
俺は、そのまま速度を緩めることなく街道へと突っ走り、街道上に軽装甲機動車を乗せ更にアクセルを踏み込み、最高速度に近いスピードまで加速した。
草原と違い、街道上は轍などもあるが、草が生えていないので大きな凸凹は事前に回避できる。
上下の揺れは、草原を走行していた時に比べると、かなり小さくなったので速度を上げる事が出来た。
途中、スベニに向かう荷馬車の列が前を塞いだが、街道は狭く街道上で追い越しを行うのは危険だった。
俺は、少しだけ速度を落とし荷馬車の後方からファ~ン!とクラクションを鳴らし、こちらへ注意を向けさせる。
すかさず、LAVのハンドルを左に切り、再び草原へと入り込み、草原を走行して荷馬車を追い越す。
荷馬車の御者達は、驚いた表情をして軽装甲機動車を見ていたが、今はそれに構っている時間が俺たちには無い。
馬車を追い越し、再び街道へと戻るためにハンドルを右に切り、街道上へと戻りスピードを再度上げる。
元の世界であれば、平時の速度超過で警察に捉まっても文句の言えない速度だ。
しかし、ここは異世界だ。
そもそも、スピード違反どころか馬よりも早く走る乗り物など存在しないし、道路交通法も無いのだから。
とは言え、最低限のマナーは守る秘湯があるし、事故だけは起こしたく無い。
暫く街道を驀進していくと、スマートフォンに表示されているマップにスベニの街が表示された。
よし、あと10分も走ればスベニの西門へ到着だ。
俺は、後部座席でロックさんを看護しているアンさんへ尋ねた。
「アンさん、ロックさんの状態は?」
「うん、苦しそうだけど、息は安定しているよ」
「そう、出血は?」
「大丈夫でしゅ。ジョー様の手当が効いている様でしゅ」
「よし、もう少しでスベニだ。頑張ってロックさん!」
「……ぃ」と、小さな声でロックさんが返事をした。
まだ意識は、はっきりしている様なので、スベニまで行けば何とかなりそうだ。
俺は、軽装甲機動車の速度を緩める事なく、スベニの街へと驀進を続ける。
そして、前方にスベニの街を取り囲んでいる城壁の姿が、俺の目に飛び込んで来た。
間に合え!いや、絶対に俺は間に合わせるぞ!
スベニの西門の前までLAVの速度を速度を緩める事なく進み、門の手前に入場待ちで並んでいた馬車や荷馬車を追い越して、俺は門の直ぐ手前まで進んで停車した。
門番の警備兵が驚いた様子で、軽装甲機動車の横まで走って来る。
俺は、LAVのドアを開け、警備兵に大声で告げた。
「すいません!、冒険者のジングージです。重傷の怪我人が居ます。入場手続きは後でお願いします。直ぐに治療したいので、何方か先導していただけませんか?」
「おお、ジョー殿でしたか。ちょっとお待ち下さい。隊長に報告します!」
警備兵は、そう言うと、門の中へと走って戻って行く。
そして、ちょっと間を置いてから見知った女性警備兵が、先ほどの警備兵と共に走ってきた。
アマンダさんだ。
今朝は夜勤明けで、今日はアマンダさん休みだと思っていたが、この世界では夜勤明けの休日など無いのだろうか。
「ジングージ様、怪我人とは何方が?」
「ロックさんです。かなりの重傷なので、至急治療したいのです!」
「判りました。私が馬で先導しますので、私に付いてきてください。入場手続きは後で結構です」
「ありがとう。アマンダさん。先導お願いします!」
「はい」
アマンダさんは、そう応えると再び西門の中へと消えるが、直ぐに乗馬して俺たちに手招きをする。
俺は、そのままアマンダさんが乗った馬の後まで前進すべく、軽装甲機動車を馬が驚かない様に、ゆっくりと前進させ、西門を潜った。
そして、俺たちが入場するのを確認したアマンダさんが馬を早足で進めたので、俺も彼女の乗った馬の後を追う。
アマンダさんの乗った馬は、西門から中央のロータリーへ向かう大通りをしばらく直進してから、南の道へと入る。
道幅は狭いが、軽装甲機動車でも問題なく走行できる道幅だ。
速度は、街中だからだろう、時速20Km~30Km程度だ。
スベニまで最高速度の100Km/hに近い速度で驀進していたので、非常に遅く感じられたが、こればかりは仕方が無い。
通行人と衝突でもして、事故を起こしたら元も子もない。
南へ向かう道は、ゆっくりとしたカーブで、そのまま東へと続いており、暫く走行すると南門からの大通りへと出た。
この交差点には、俺も見覚えがある。
ここを右折すれば南門へと続き、その途中には、教会と孤児院が通りの左側にあるはずだ。
アマンダさんは、南門からの大通りを右折して南門方面へと馬を走らせたので、俺もLAVを右折させて彼女の操る馬の後を追った。
少し南大通りを南下すると、アマンダさんの乗った馬が止まり彼女が馬から下りる。
それは、教会の真ん前だった。
俺は、LAVの速度を落とし、教会の前で停車させエンジンを切る。
直ぐにドアを開いて、下車し軽装甲機動車の後部ドアを開け、ロックさんに肩を貸して車外へと連れ出す。
ロックさんのもう片方の肩を、アンさんが手をかしてアマンダさんの後を追った。
「マーガレット司教はいらっしゃいますか?、警備隊のアマンダです。重傷の怪我人なので急ぎ治療をお願いします!」
アマンダさんは、教会へ入ると大きな声で、そう告げる。
そうか、この異世界では、医者の役目を回復魔法が代わって行うので、治療は教会で行うのだった。
軽微の怪我や病気であれば、薬草で治療を行うので、商業ギルド傘下の薬剤ギルドの薬剤店で売られる薬での治療だが、大怪我となると教会での回復魔法による治療となるのだ。
これは、以前アンさんから聞いていたのだが、俺は焦っていたのだろうか、すっかり失念していた。
アマンダさんの声に応えてマーガレット司教が、いつもの二人の従者の女性を連れて礼拝室へと現れ、そしてアマンダさんへ向かって静かに言う。
「アマンダ殿、教会内で騒々しいですよ……使……ジングージ様、どうなさいましたか?」
「マーガレット司教、ロックさんが大怪我をしたのです。治療を、回復魔法をお願いします!」
「えぇ!ロックさんが大怪我と?!、ミラ!、ミランダは居ますか?!、今直ぐに此処へ来なさい!」




