光の宝珠
左腕の鋼鉄製カッターを、開閉しながら巨大スライムの中心――"核"――へ突き刺して行ったのだが、突然、左腕の鋼鉄製カッターが閉じた状態から開かなくなる。
どうやら、開閉用の油圧シリンダーか油圧パイプが、巨大スライムの腐食性体液で溶かされてしまった様だ。
既に、右腕の大型の爪は、腕の先の爪の部分が殆ど溶けてしまった状態だ。
俺は、開かなくなった鋼鉄製カッターを、そのまま構わずに巨大スライムの"核"目掛けて、ASTACOの出力を全開のまま前進し続ける。
と次の瞬間、空転していた履帯が一気に地面を掴み、巨大スライムの身体へとコクピットの全面が激突した。
そして、左手を伸ばしきった先の鋼鉄製カッターは、巨大スライムの中心――"核"――へと到達する。
すると、巨大スライムの身体からブッシュー!と空気の抜ける様な音が聞こえ、巨大スライムの巨体は、破裂した熱気球さながらに急激に萎み始めたのだ。
萎んで行く巨大スライムの身体からは、危険な腐食性体液が漏れる事もなく、中心部の"核"と思われる部分が青白く光輝き始めた。
巨大スライムは、ASTACOのコクピット全面と衝突したが、コクピットのガラス部分は無傷だった。
既に、俺の目の前には、巨大なスライムの姿は無く、無惨に先の爪が溶けた右腕と、激しく腐食した左腕の鋼鉄製カッターだけが見える。
巨大スライムの身体の中まで入った腕の部分は、塗装が溶け落ちて鉄の地肌が腐食した状態で、むき出しになっていた。
俺は、注意深くASTACOのコクピットから表に出て、消えた巨大スライムの居た場所へと近づく。
特に腐食性の体液には、十分に注意を払い、地面に飛び散った体液を踏まない様に、ゆっくりと歩いた。
巨大スライムの移動した後は、地面がむき出しになっており草などは全く見えない。
全ての草が、溶かされたか体内へ吸収されてしまった様だ。
ASTACOの伸びきった左腕の先、鋼鉄製カッターの下辺りまで歩いて行くと、そこにはバレーボール程の大きさをした純白の輝く球体が1個、地面の上に転がっていた。
それは、まるで、巨大な真珠の様に光輝いている。
あの巨大スライムが残した魔結晶なのだろが、腐食性体液が結晶化したと考えると、迂闊に触るのは危険だ。
俺は、腰のベルトから水筒を外し栓を開けて、中の水を巨大な魔結晶に浴びせ掛ける。
特に水は、蒸発するでもなく、そのまま魔結晶を伝わり地面へと流れ落ちた。
次に、恐る恐る空になった水筒を、魔結晶に押し当ててみる。
水筒は、腐食することもなく異常は無い。
そして、最後に、グローブをはめた自らの手で、巨大な魔結晶を触ってみるが、グローブは腐食される事もなく、熱が手に伝わってくる事も無かった。
「やった様だな……」
俺は、思わず声を出してしまうと、大きな溜息を「ふ~っ」と続けて吐いてしまう。
すると、後方から大きな歓声が聞こえて来る。
「やったよ!ジョー兄さん、化け物スライムを仕留めたよ!」
「……凄い。鉄の蟹は強い……」
巨大スライムから逃げていた、アンさんとナークさんだ。
そして、更に離れた場所に居た軽装甲機動車LAVからも、ロックさんとベルさんが歓声を発してきた。
「凄いでしゅ。ジョー様!」
「鉄の蟹はやっぱり強ぃですね。指揮者ゴーレムじゃ歯が立たなぃハズです」
いや、ロックさん、それは違うぞ。
指揮者ゴーレムが全力で攻撃してきたら、戦闘用では無いこのASTACOでは簡単に壊されてしまうよ。
あの時は、ロックさんが攻撃して来なかったから何とかなっただけなんだから。
俺は、両手で巨大な真珠の様な魔結晶を掴み上げ、軽装甲機動車へと向かう。
その巨大な魔結晶を、間近で見たアンさんは「凄いよ。初めて見たよ、こんな大きな魔結晶」と驚嘆し、ナークさんは「……白い魔結晶ですか。あたしも……私も初めてです」と驚いている。
LAVまで戻ると、後部のスペースへ巨大で白い魔結晶を転がす。
そして、両腕を解かされたASTACOを無限収納へ格納し、巨大スライムの攻撃に用いた重機関銃M2も無限収納へ格納する。
すると、アンさんが「いつもの金色の、回収してくるよ」と言って、重機関銃M2を使った場所へ走って行こうとした。
俺は、「地面の体液に気をつけてね」と注意を促す。
巨大スライムからは、かなりの体液が流れ出していたので、それに触れると危険だ。
アンさんには、89式多用途銃剣を装着した89式小銃を持たせてから、空薬莢の回収に向かってもらう。
LAVでは、ベルさんとロックさんが後部スペースに転がした、巨大な魔結晶を触りながら「綺麗でしゅ」、「白ぃ魔結晶ですか……」と、感心している真っ最中だ。
そして、ロックさんが思い出した様に、しゃべり出す。
「白ぃ魔結晶は、確か光魔法の結晶です。もの凄く貴重な魔結晶で、小さな魔結晶でも回復魔法に不可欠なので、教会に献上されると聞ぃてぃます」
「光魔法?回復魔法ですか……」
「はぃ。僕も詳しくは知りませんが、赤スライム、緑スライム、そして青スライムが希に合体して生まれる白スライムが落とす魔結晶だとか」
「火と風と水の魔法が合わさると光の魔法になるんですか?」
「ぃぃぇ、魔法は合体できません。合体するのはスライムだけです」
「と言うと、赤スライムと緑スライムが合体して黄スライムになる?」
「そのとぉりです。火魔法と風魔法を同時に使っても土魔法にはなりませんが」
「なるほど……」
どうやら、R・G・B、光の三原色と同じ理屈で、スライムの色が合成されて、その結果、生じる魔結晶の属性も色で決定されるらしい。
しかし、魔結晶になってしまうと合成する事は出来ずに、魔法も合成することは、出来ないという理屈か。
以前に討伐したRGB三色のオーガも、きっとスライムと同じ理由で何らかの魔法属性によって、身体の色が違っていたのだろう。
しかし、体内に魔結晶が存在していたかどうかは、興味もなかったので確認すら俺はしていないのだが。
「それと、これだけ大きな魔結晶は、所謂"宝珠"と呼ばれる国宝です」
「"宝珠"ですか?」
「はぃ、普通は10サンチを超えれば"宝珠"と呼ばれます。しかも殆どは赤、緑、青ばかりで、白ぃ"宝珠"など古代遺跡からも発掘された事は無ぃと僕は聞ぃてぃます」
「ははは……高く売れそうですね」
「ぃぇ、ジョーさん。戦争が起こりますよ……」
「面倒事は御免なので、やっぱり教会に寄付しましょう」
「マーガレット先生が喜びましゅ、ジョー様」
「そうだね、ベルさん」
ロックさんの解説を聞いていると、ベルさんが嬉しそうに光の"宝珠"を撫でながら言った。
回復魔法の発動媒体になるのであれば、教会に管理してもらいながら使って貰うのが一番良い。
ただし、盗難には十分注意しなければならないので、警備隊にも相談しないと教会が危険だ。
流石に、ロックさんが言う戦争は大げさなのだろうが、闇ギルドにでも知られたら狙われるかもしれない。
と、その時ダダダッ!、ダダダッ!と89式小銃のスリー・ショット・バースト・モードの発射音が2回響き、アンさんの叫び声が聞こえて来る。




