一攫千金
本日二話目です。
アントニオさんが馬車の中へ向かって声をかけると、馬車の中から少年と少女が姿を現す。
その姿を見て、「えっ」と思わず声を漏らして俺は驚愕した。
少年の方は、短い茶色の頭髪をしていたが、その頭の上には明らかに獣の耳が二つ並んでいる。
また、少女の方はと見れば、白く長い髪に加えて、頭の上には長くピンク色をした兎の長い耳が生えていたのだ。
「ジングージ様、私めの使用人達です。ささ、二人ともジングージ様に、お礼を申し上げなさい」
最初に獣耳――馬の耳かな――の少年が、上目遣いで俺を見ながら、おどおどとした表情で口を開いた。
「ジ、ジングージ様、この度は、お助け頂いて、ありがとうございました。私は、アントニオ様の元で馬の世話と御者をしおります。名はラックと申します」
そう馬耳の少年は言うと、俺に深く頭を下る。
そして、直ぐに赤い目をした兎耳の少女が、やはり、おどおどとした感じで少年の言葉に続いた。
「ジングージ様、私はベルと申しましゅ……。アントニオ様の、身の回りのお世話をしゃせて頂いておりましゅ……。お助け頂きましゅて、ありがとうございましゅた」
兎耳の少女ベルさんは、噛み噛みだったが、頭を下げてからの赤い目の上目遣いは超可愛いぞ。
兎耳少女のメイドなんて反則だよ、この異世界は……。
俺は、秋葉原のメイド喫茶にも行った事は無かったが、同級生や先輩が行った話しを羨ましく思いながら聞いていたのは、否定ができない。
「ジングージ様は、獣人族は初めてですかな?」
「はい、いや、記憶にありませんので何とも言えませんが……」
(嘘だ。初めてですよ、アントニオさん)
「これは、失礼いたしました。迷い人となってしまったジングージ様に……大変、失礼を申し上げてしました」
アントニオさんは、頭を下げながら直ぐに謝罪をしてきた。
すると、俺の脇に居たギルバートさんが、アントニオさんに向かって急かす様に言う。
「アントニオさん、挨拶が終わったなら、急いで壊れた荷馬車を修理して、此処から離れようぜ」
「そうですな、ギルバート殿。オーガ共の血の臭いを嗅ぎつけて、他の魔物が襲って来るやもしれませんからな。ラック、直ぐに荷馬車の修理の続きと、木々に繋いである馬達の様子を見に行きなさい」
「はい、アントニオ様、直ちに」
「おい、ガレルとハンナ、お前達もラックを手伝え」
「はい、リーダー」、「は~い」
ラック君に続いてガレル君とハンナさんは、街道の脇に止めてあった荷馬車の方へ走って行く。
大鬼――オーガと言うのか――共との戦闘前には気がつかなかったが、街道脇には三台の荷馬車が止められていた。
その内の一台は傾いていて、車輪が外されており修理中の様だ。
また側の木々には馬が六頭繋がれており、この馬達を青いオーガが襲おうとしていたのを、俺が仕留めた訳だ。
「で、アントニオさん、オーガ共の死体は、もちろん街へ持って帰るよな?」
「無論ですとも。こんな状態の良いオーガを、みすみす捨てていくなど、商人ではありませんからな。宜しいですよね、ジングージ様?」
「えっ? オーガの死体なんかを、わざわざ回収して持ち帰るのですか?」
「そうか、ジョーは迷い人だから、判んねぇか。オーガの死体は超高級な素材でな、防具や武器の材料になるんだぜ。革や角、牙、骨がな……ただ肉は不味い上に硬くて食えねぇがな」
「はい、そうなのですよ、ジングージ様。私めも長く商いをしておりますが、焦げたり腐っていないオーガの革など、殆ど見たこともありません。間違いなく、今回のオーガ三匹の価格は、オークションでも高値での売却ができますぞ」
「そう言うこった。普通なら4~5人の強力な火炎魔法使いが揃って、やっとこさ一匹のオーガを焼き殺せるか、どうかなんだぜ」
「はあ、そうなんですか……」
「何を腑抜けいるんだ、ジョー。俺たち冒険者なら一匹のオーガで優に一年以上は、楽に遊んで暮らせる額だろうぜ」
「はい、そうですとも。今回は私めが買い取らせて頂きます。宜しいですね、ジングージ様?」
「はい、良くわかりませんので、宜しくお願いします……って、ギルバートさん達は?」
「馬鹿野郎め、オーガ共を仕留めたのはジョーだぜ。他人の獲物をかすめ取るなんて、そんなセコイ事を俺達が出来るかよ」
そう言うとギルバートさんは、俺の背中をバシバシと叩きながら、「でも街に戻ったら俺たちに一杯、奢れよ」と、俺の耳元で囁いた。
いやはや、この異世界では、魔物に一攫千金の価値があるらしい。
また普通の弱い魔物なら、討伐したその場で解体して必要な部位だけを持ち帰るのだが、オーガは皮膚や肉が凄く硬いために、専門の解体業者でないと解体できないとの事。
なので今回は、そのまま死体を運搬して帰るのだと、ギルバートさんが説明してくれた。
車輪の壊れた荷馬車は、予備の車輪に交換する作業を、ギルバートさん、ラック君、ガレル君で行い、繋いであった馬たちの世話をハンナさんが受け持ち、荷馬車の修理作業は程なく終わった。
アントニオさん曰く、走行中に荷馬車の車輪が壊れてしまい、修理中に三色オーガ共の襲撃を受けたのだとか。
荷馬車の修理が完了した後、俺を含む男性陣全員とハンナさんで、三色オーガの死体を、それぞれ三台の荷馬車に積み込んだ。
しかし、オーガの死体は半端ない重さで、積み込み作業には思いの外、時間を使ってしまったが、お宝素材に変貌したオーガ共の死体の積み込みは、なんとか完了した。
既に日は沈み始めており、空が薄暗くなり始めた頃、俺たちは出発する。
荷馬車の三台は、ギルバートさん、ガレル君、ハンナさんが手綱をそれぞれ操り、箱形の乗客用馬車の手綱をラック君が操っていた。
俺は、アントニオさん、ベルさんと共に、乗客用馬車に乗せてもらっている。
この異世界の冒険者って皆が馬車の手綱を操れるんだな。
きっと乗馬も出来るのだろうな……などと思いにふけっていると、アントニオさんが声をかけてきた。
「ジングージ様、間もなく日が落ちてしまいます。夜間の移動は最も危険なので、安全な場所まで急ぎ移動し、今夜は野営となりますが、宜しいですね?」