天才スナイパー
全員での昼食も、和気藹々とした雰囲気で終わり、午後の訓練を始める事にする。
しかし、銃の発射訓練で的を定めないで行うのは、弾丸を命中させる訓練にはならない。
全員が、89式小銃と89式多用途銃剣を取り付けた際の、槍としての扱いや長刀風に扱う手際も良くなった。
加えて、9mm拳銃の取り扱いも、マガジンの脱着や、手動でのハンマーの引き起こしなども行える様になったので、次なる訓練の段階へと進む事にする。
「実際に、的を定めての射撃訓練をしてみようか。もっと迷いの森に近づくと、標的になる物とか小さな魔物もいるかもしれないしね」
「この西の平原から迷いの森に近づけば、小型の魔物は沢山いるよ」
「そうなの?以前、俺が一人で訓練してた時は、森に入らないと居なかったけど」
「平原には、弱くて小さな魔物しか居ないよ。希に大型のが出てくるけど」
「小さな魔物ってのは、どんなのが居るの?」
「例えば……スライムとかかな」
「スライム?それって、ブヨブヨした奴?」
「うん、そうだよ。魔物の中じゃ、最弱だよ」
「そうか……あれ、魔物だったんだね。じゃあ、もっと西へ移動しよう」
アンさんの助言によって、俺たちは、再び軽装甲機動車LAVに乗車し、迷いの森へ近づく様、西へと移動した。
迷いの森が、目と鼻の先100メトル手前まで移動し、LAVから降車する。
この迷いの森との境界は、見事に平原と森が別れている。
迷いの森の中から出てきた俺は、森の中の様子も鮮明に覚えているが、なにか人為的に作られた気がしてならない森だ。
全員がLAVから降りてから、周りを見回すと森から少し平原になっている場所に、大きな樹木が一本だけ生えていた。
これを目標にしてやれば、射撃訓練には丁度良いだろう。
俺は、樹木まで走って行き、樹木に的となるロープを巻き付ける。
巻き付けたロープにポケットから、赤いバンダナを取り出して括り付けた。
これなら目立つので、スコープが装備されていない89式小銃や9mm拳銃の目標には、丁度良いだろう。
「それじゃ、あの樹木に巻き付けた赤い布きれを狙って、小銃を射撃してみよう。狙いの定め方は、午前中に教えた様にしてね。じゃ、アンさんから撃ってみて」
「うん、アタイから撃つよ」
アンさんは、片膝を地面に付け89式小銃のコッキングレバーを引いて安全装置を|"タ"《・》にし、しっかりとストックを肩に宛がい、照準の狙いを定めて50メトル先の標的へ向けて、引き金を引いた。
ダッ!と、89式小銃が火を噴き、弾丸が発射される。
「あ~、外れた……的の上に当たったよ」
「……初めて的を狙っての射撃で、樹木に当たっただけでも凄いよ、アンさん。引き金を引いた時に反動で銃身が上に上がったのかな。もう少し反動の動きを考えて打ってみて」
「うん。じゃあ、もう一度、撃つよ」
アンさんが、2射目を発射する。
89式小銃が、ダッ!と発射音を轟かせる。
アンさんは、撃ち終わった後、暫く的の赤いバンダナを凝視してから、ニヤっと笑って言った。
「当たったよ!ジョー兄さん。アタイの爆裂魔法が、的に当たったよ!」
俺は、双眼鏡で的にした赤いバンダナを確認し、そして俄に信じられなかった。
なんと、この栗毛の15歳の少女は、人生二度目の射撃で正確に射貫いたのだ。
しかも、視力の良い彼女は、裸眼で50メトル先の的へ、自身が発射した弾丸が命中した事を視認したのだ。
「凄いな……アンさん……」
「えへへへ。アタイ、ジョー兄さんに褒められたよ」
その後アンさんは、マガジンが空になるまで、89式小銃を単発で打ち続けたが、その命中率は驚異的だった。
2射目で命中したのは、偶然のまぐれ当たりでは無く、命中率は90%以上だ。
希に外す事があったが、光学サイト無しでの命中率としては破格と言うか規格外だ。
この娘、スナイパーになったら無敵かもしれない。
アンさんの後、ロックさんが的を狙って射撃をするが、こちらは普通に外しまくった。
俺は、異世界人全てがアンさんの様に、天才的な射撃才能を持っているのでは無いかと思ったが、そうでは無かったので内心ほっとした。
ナークさんも同様にアンさん程は、上手く命中はしなかったが、それでもロックさんよりは命中率が良い。
やはり、個人の能力差があり、視力や天性の才能が影響するのが射撃だと思う。
最後にベルさんが、9mm拳銃での的へ向けての射撃訓練を行う。
暫定的な防音と言うことで、耳が隠れる88式鉄帽を被ってもらう。
ベルさんは、「声が聞こえにくくなりましゅた」と言いながら、目標へ向かって前進する。
護身目的の9mm拳銃なので、89式小銃の発射距離の半分程度の距離での射撃とした。
ベルさんは、片腕で、しっかりと9mm拳銃を握りしめてからスライドを手前に引き、薬室へ弾丸を装填し、それから安全装置を外し両腕でグリップを握る。
引き金へ右手の人差し指を押し当て、そして徐にトリガーを引いた。
バンッ!と9mm拳銃が火を噴き、弾丸は的のバンダナの下へ命中する。
「外れましゅた……」と、ベルさんは残念そうに言ったが、それでも左右のブレは全くない。
普通ならば、射撃時の反動もあるので、そうは当たらない。
俺は、ベルさんに「次を撃って」と言うと、ベルさんは「はい」と言って再びトリガーを引く。
バンッ!、9mm弾丸が的のバンダナ目掛けて飛び出す。
更に俺は、「続けて撃って」と言い、ベルさんに射撃を続けさせた。
ベルさんは、マガジンの弾丸を撃ち尽くし、カシーンとスライドが後部へホールド・アップした。
マガジンの弾丸9発の内、約半数の4発がバンダナへと命中だ。
これでも拳銃の命中率としては、驚異的な数字である。
しかも、初めて拳銃の射撃をした兎耳の15歳の少女なのだ。
やはり、獣人族特有の身体能力や、五感が優れているためだろう。
これが、至近距離の4~5メトルであれば、恐らく全弾命中しているはずだ。
全員の射撃訓練は、その後も続けられた。
既に、的にしていた赤いバンダナはボロボロになってしまい、的としての機能を果たさなくなっている。
その殆どは、アンさんとベルさんによる射撃の結果だ。
特アンさんの射撃は、短時間であるにも関わらず、一発撃つごとに命中率が上がって行く。
これは、新たに装備リストに加わった銃器は、アンさん専用にした方が良さそうだ。
その時、草原に腰を下ろして休んで居たアンさんが、大きな声で俺に向かって叫んだ。
「ジョー兄さん、スライムだよ!」
「えっ、何処?」
「此処だよ、此処!」
俺は、アンさんの指さす方へ走って行く。
すると、草むらの中に、半透明の緑色をしたブヨブヨとしたゼリーの塊が、うごめいて居た。
これがスライムか……。目や口も無く、気持ち悪いな。
周りを見ると、半透明の水色をした奴とか、赤い奴とかも、うごめいている。
大きさは様々で、ソフトボール位の奴からバスケットボール程度、一番大きな奴でも両腕で抱えられる程度だ。
と、アンさんが俺に提案してきた。