アーティファクト
生産ギルドから自宅へ帰ってきた俺たちは、晩ご飯の当番を決めることにした。
ベルさんは、「一人で大丈夫でしゅ」と言っていたが、一人よりは二人でやった方が早いし、後片付けも楽だ。
俺も含めて全員のローテーションとし、くじ引きで決めた。
番号を書いた札を、ベルさん以外の全員で引く簡単なものだ。
結果、アンさん、ロックさん、ナークさん、俺の順番と決定。
アンさん曰く、孤児院に居た頃は、よくアンさんと食事の支度や片付け、掃除などを二人でやっていたそうだ。
「なつかしいよ」と言いながら、ベルさんと二人でキッチンへと向かう。
晩ご飯も済み、お茶を皆で楽しんだ後、風呂へ入る事にした。
お湯は、キッチンの竈で大鍋に沸かした湯を風呂まで運ぶという重労働だ。
これは、全員でやることにした。
本当は毎日、風呂には入りたかったのだが、やってみると本当に大変だったので、毎日の入浴は諦める事にする。
最初は、女性陣が入り、その後をロックさんと俺が入るという順番だ。
既に夜も更けてきており風呂から上がってから、本日最後の仕事へ俺とロックさんは、取りかかる事にし外出をする。
警備隊の修練場へ置いてあるロックさんの指揮者ゴーレムを、此処まで移動させる作業だ。
警備隊の修練所まで行くと、アマンダさんが「ジングージ様、ロックさん、こんばんは」と出迎えてくれた。
アマンダさん曰く、今日は夜間警備の当番なので自ら待っていてくれたのだそうで、恐縮してしまう。
ロックさんも「ぁりがとぅござぃます」と、頭を下げて恐縮していた。
修練所の広場までアマンダさんに連れて行ってもらうと、闇に紛れて漆黒のゴーレムこと指揮者ゴーレムの巨体が見えてくる。
闇夜の烏ならぬ、闇夜の漆黒のゴーレムで、殆ど闇に紛れて目立たない。
指揮者ゴーレムは、片膝を地面に折り曲げており、安定した状態で傅いている。
ロックさんが指揮者ゴーレムの足に手を触れると、頭部の目が黄色く輝きだし動作を開始した。
自らの掌を地面へ広げ、そこへロックさんが乗る。
俺もロックさんに続いて、指揮者ゴーレムの巨大な掌に乗った。
すると、指揮者ゴーレムの胸部分が音もなく両側へ開く。
そして、その開いた胸部へと俺たちを乗せた手が上昇した。
ロックさんに尋ねてみると、特に指示を与えている訳ではなく、自動的に指揮者ゴーレムが動作しているのだと言う。
古代遺物、凄いなと改めて感心していると、掌からロックさんが胸部の中へと降り立つ。
俺もロックさんに続いて、指揮者ゴーレムの内部へと入った。
俺たちが胸部の中へ入ると、胸部の観音開きの扉が音もなく閉まる。
すると、閉じた胸部の部分が明るく輝きだすと同時に、なんと外部の映像が、くっきりと表示されたではないか。
それは、まるで空間投影の様に見えるが、何処にも投影機らしき物は無い。
しかも、外は真っ暗だったのに、表示では、赤外線映像の様にモノクロだが、はっきりと情景を映し出しているのだ。
「凄い……」俺は、思わず感嘆の声を発してしまう。
「全ての動作原理は僕にも分かりませんけど、古代遺物って凄ぃですよね」と、ロックさんが応える。
ロックさんは、既に操縦席らしき椅子へ腰を下ろしているが、他に椅子は無いので、俺は座席の横に立っている。
しかし、操縦装置らしき装置は、何処にも見あたらないので、俺はロックさんに尋ねてみた。
「指揮者ゴーレムの操縦って、どうやるのですか?」
「頭の中で念じるだけで動きます」
「思考制御……凄い!」
「考ぇるだけでなく、言葉で命令しても動きます」
「音声認識までも……」
「では、動かしますね」
ロックさんが、そう言うと指揮者ゴーレムが静かに立ち上がった。
動作音は、全くと言って良い程なく、僅かに関節が軋む様な音が聞こえるだけだ。
そして、静かに指揮者ゴーレムが歩き始める。
歩いた際の振動も、この制御部分の床には、全く伝わって来ない。
どうやって歩行の振動を殺しているのか、全くもって判らないが、古代遺物は凄いという事だけは判った。
「配下の守護者ゴーレムがぁれば、ここに見てぃる情景が映ります」
そうロックさんが言うと、大きな空間映像の横に小さな空間映像が2個づつ、計4個表示された。
4個の映像は、白く輝いているだけで、何も表示されていない。
俺が守護者ゴーレム4体全てを破壊してしまったので、この指揮者ゴーレムに従属している守護者ゴーレムが無いからだろう。
ロックさんが説明するには、守護者も思考制御や音声制御で動くが、簡単な命令を下しておけば、それを自動的に実行してくれるのだそうだ。
半自律行動が可能となっているとは、もはや元居た世界のロボットも凌駕していると言っても過言では無いだろう。
こんな凄い巨大ロボットを作り上げたとは、この異世界の古代文明に驚くと共に凄く興味が湧く。
しかも、科学力では無く魔法の力を用いて動作しているのだから、それが少しでも解明出来れば、この異世界の文明は、飛躍的に進歩するのは間違いない。
それにしても、こんな凄い物を作り出した古代文明が、何故に消えてしまったのかも興味津々だ。
そんな事を考えていると、ロックさんが再び言葉を続けた。
「僕、この指揮者ゴーレムは無敵だと思ってぃました。ジョーさんの鉄の蟹に殴られるまでは……」
「あははは……あの時はゴメンね。苦し紛れに殴ったんだけど……音だよね?」
「はぃ、もの凄ぃ轟音でした。頭がくらくらして気を失ってしまぃました……ははは」
「指揮者ゴーレムには無駄な攻撃だけど、中の人には強烈過ぎるんだね。この弱点は他の人に言わない方が良いよ。完全じゃないけど対策方法はあるから、今度対策を講じようよ」
「ぇっ、出来るんですか?そんな事が……」
「完全に打撃音は消せないけど、弱める事は出来ると思うよ。今の状態だと、鐘の中に居るのと同じだもんね。そりゃ、きつくて意識も失うよ」
「意識が戻った後も耳鳴りが暫く止まりませんでした」
「これって、魔法攻撃に耐久性って有るの?」
「炎の中へ入っても燃ぇませんし、熱も伝わってきません。水の中へも入れました」
「そうなんだ。だとすれば、強力な物理攻撃の音だけを防げば万全だね」
「多分……」
ロックさんと俺は、そんな会話を指揮者ゴーレムの内部でしながら、深夜の街中を自宅へと向かって歩いた。
もちろん、歩き続けたのは、指揮者ゴーレムだが。
途中、何人かの酔っぱらいらしき人に目撃されたが、飲み過ぎで見た幻だと言われるだけだろう。
酔っぱらいを踏みつぶさない様に、ゆっくりと慎重に歩行を続け自宅まで何事も無く到着した。
自宅の庭へ入り、北側の城壁へ指揮者ゴーレムの背を向けた状態にし、ゆっくりと片膝を地面に付けて傅かせた状態にし、ロックさんは「外へ出ましょう」と言い胸の扉を開く。
すると、入った時と同じ様に、指揮者ゴーレムが手のひらを広げた状態で、胸元まで手を持ってくる。
俺たちが指揮者ゴーレムの掌へ乗ると、ゆっくりと掌を地面を就けてくれた。
それは、まるでエレベーターの様な動作だ。
同時に、指揮者ゴーレムの胸部の扉がゆっくりと閉じる。
俺たちが掌から地面へ降りると、手の拳を握り直して地面へと付け身体を安定させた。
同時に、頭部の黄色く光っていた両眼の光がゆっくりと弱まって消えて行く。
俺たちは、庭から既に灯りが消えている屋敷の中へ入り、各々の部屋がある二階へと上がる。
女性陣には、先に寝ていてくれと伝えてあるので、もう皆は夢の中だろう。
俺は、ロックさんへ「お疲れ様。じゃあ又、明日。お休み」と挨拶すると、ロックさんも「ぁりがとぅジョーさん、ぉやすみなさぃ」と言い自室へと入った。
俺も自室へ入り、服を寝間着に着替えベッドへと潜り込む。
さぁ、明日は皆で訓練だ。
懸案事項も試せるし、楽しみでならない。
目が冴えて眠れないかと思ったが、瞼は直ぐに重くなり、俺は夢の中へと飛び込んで行った。




