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自転車

 新居で初めての昼食を全員で食べる事になったのだが、ベルさんは「私はメイドでしゅので、後で食べましゅ」と、一緒に食べる事を拒んでしまう。

 俺は、この家のルールとして、全員で食卓を共にする事として、ベルさんも渋々だったが納得したので全員でテーブルを囲んだ。


「では、いただきます」

「……えっと、ジョー兄さん、その挨拶ってなんなのよ?」

「えっ、あぁ、食べる前に、ご飯を作ってくれた人や、食材を作ってくれた人、そして食べられる幸せを女神様に感謝してから食べるんだよ。俺の国の風習かな」

「ジングージ様は、アントニオ様の家でも、その食事の前の挨拶をなさっておりましゅた。アントニオ様や商業ギルドでも、良い風習なので広まっておりましゅ」

「へー、そうなんだ。じゃあアタイも。いただきます!」

「ぃただきます」

「いただきましゅ」

「……いただきます」


 昼食は、ベルさんが一人で作ってくれたスベニ風スープとサラダ、それに焼きたてのパンだ。

 この屋敷のキッチンには、パンを焼くための窯が設置されていた。

 この窯を使えばピザも焼けるので、今度チーズやトマトを食材市場で買って来て焼いてみようと思っている。

 やはり、焼きたてのパンは美味しいし、スベニ風のスープも美味い。


「ナークさんは、スベニの料理は教会で食べただろうけど、どう?」

「……美味しい。特に、このスープは美味い」

「そりゃ良かった。ベルさんのスベニ風スープは、俺も大好きなんだ」

「ありがとうございましゅ。ジングージ様、ナーク様」

「……ベルさん。ナーク様は止めて欲しい」

「そうでしゅか?メイドは、ご主人様とそのお仲間は、"(さま)"と呼ぶ様に教えられましゅた」

「ベルちゃん、それじゃアタイは?」

「アンちゃんでしゅ……そうでしゅねアン様とお呼びしないと……」

「ベルさん、俺の事もジングージ様って呼ばなくていいよ。他の人が居る前では、ベルさんも困るだろうから、それでも良いけど屋敷の中ではジョーって呼んでよ」

「僕も、ロックでぉねがぃします」

「はい、それではナークさん、ロックさん、ジョー様とお呼びしましゅ」

「ジョーさんでも良いけどね」

「駄目でしゅ。ジョー様でしゅ!」

「ははは……まあ、いいか。俺も、これからは仲間内だけ敬語無しで行くね」

「うん、それでいいよ。ジョー兄さんはリーダーなんだから」


 パーティー"自衛隊"の昼食は、和気藹々と会話を楽しみながら進み、食後のお茶をベルさんが入れてくれたので、それを全員で楽しみながら、午後は商業ギルドと生産ギルドへ行くことを全員へ告げる。


 食後のお茶の後、全員で商業ギルドへと向かい、アントニオさんと面会する。

アントニオさんへは、屋敷の調度品やベルさんの件でお礼を言うと、「ジングージ様のお陰で、当ギルドだけでは無く、スベニの街が潤っておりますので、お気になさらず」と言って笑う。


 屋敷の代金は、驚くほどの低額で、これは絶対にアントニオさんが大部分を負担しているに違い無いと思い、それを指摘したのだがアントニオさんは、「これは私めだけではなく、全ギルドと警備隊などの総意ですので」と、示された額しか受け取ってもらえなかった。


 しかたなく、俺は、提示された額を支払うだけとなった。

 加えて、ベルさんのパーティー加入も快く承諾をいただき、その場でアントニオさんが手続きを行ってくれると言う。

 俺とベルさんは、認識票と身分証明票をアントニオさんへ渡し、その場で手続きを済ませてもらった。


 アントニオさんへ重ねて礼を言って、俺たちは生産ギルドへと向かう。

 生産ギルドでは、受付嬢が「テンダー会長が工房でお待ちです」と言い、俺が来るのを待ちかねていた様子だ。

 俺たちは、生産ギルドの裏手にあるギルドの専用工房へと向かう。


「おお小僧……ジョー、待ちかねたぞ。例の試作品、今日やっと完成したんじゃ」

「テンダーさん、出来たのですか?」

「当たり前じゃ、儂を誰だと思っておるんじゃ。さあ、見ろ」


 ドワーフのテンダーおっさんが、俺たちの目の前に持って来たのは、自転車(・・・)だった。

 俺が、テンダーおっさんへ自転車の構造を書いた図面を渡して、それを見事にテンダーおっさんは再現して見せてくれた。

 ただし、今回のはプロトタイプで、今後の量産へ向けての試験を兼ねての試作品だ。


 車体のフレームと車輪部分は、殆どを木製で制作してあり、ペダル部分と歯車、そしてチェーンの部分が鉄製というハイブリッド構造だ。

 タイヤ部分は、中空のタイヤ・チューブの作成が未だ難しいので、今回は厚手のゴムを木製の車輪へ巻いてあるだけである。

 タイヤのゴムは、生ゴムに硫黄と亜鉛、炭粉末を混ぜて硬化させ強度を増した。


「この歯車と(チェーン)の組み合わせは画期的じゃな、ジョー。歯車は、勇者のトケーで使われていたので知っておったが、こんな大型な歯車の使い方があるとはな」

「歯車と鎖は、回転を伝えるのに損失が無いのと滑らないので、効率が良いのですよ」

「うむ、儂も作ってみて、その構造に驚いたわい」

「それじゃ、試乗してみましょうか」

「良いぞ、あの鉄の馬と同じで、儂には未だ乗りこなせなんだ」


 俺は、皆の前で生産ギルドの裏手にある馬車用の駐車場広場まで、出来たばかりの自転車を転がして行き、その自転車へ跨った。

 木製のサドルは、サスペンションの無い自転車なので、コイル状のバネで衝撃を和らげる様に取り付けられ、革製のクッションも厚手となっている。


 図面を書いた時、特に苦労したのフリー・ホイールの構造で、逆回転や慣性走行時にクランク・ペダルへ後輪の回転が伝わらない構造だ。

 ブレーキも、ちゃんと装備されているが、今回は後輪のみの装備とした。

 変速機は無く、図面のベースは女性でも乗れる元の世界のママチャリだ。

 チェーンも、オリジナルのローラー・チェーンでは無く、簡素化して制作の容易なラダー・チェーンとした。


 自転車のペダルを漕ぐと、後輪が回転して前へ進む。

 地面が平坦な土なので、振動もそれ程には感じられないが、スベニの大通りは石畳が施されているので、それなりに振動が伝わってくるかもしれないが、ある程度はサドルのシートが振動を吸収してくれるだろう。

 俺は、ハンドルを左右に切ってみて、運転性能も試してみたが問題は無さそうだ。


「お~!走った」と、試験走行を見ていた仲間達と、生産ギルドの職員達から歓声があがる。一人、テンダーのおっさんだけは、「うぬぬ……小僧め、儂より先に乗りこなすとは……」と恨むような声を発していた。おっさん、仕方ないよ。日本人なら、殆どの人間が自転車は乗れるんだから。


 その後、「アタイも乗せてよ」とアンさんが挑戦するが、思いっきり転んだ。

 ロックさんもトライしたが、こちらもアンさんより激しく転ぶ。

 「私も乗ってみましゅ」と、ベルさんが挑戦する。

 なんと、転ぶ事無くベルさんは、上手に乗りこなすではないか。

 異世界初の自転車を、黒いメイド服の兎耳少女が華麗に乗りこなしているのだ。

 自転車を乗りこなすベルさんを見ていた全員が「おぉ~凄い!」と賞賛している。

 何という天性のバランス感覚を持っているだろうか、獣人恐るべし。


 プロトタイプの自転車は、3台制作されたとの事なので、1台を我々がテストすると言う名目で、自宅へ持ち帰ることにした。

 帰り際、余りにもテンダーさんが可哀想なので、俺は後輪を横二輪にして三輪車にする案を提示すると、「おお!そうすれば転ばぬな!早速に作るぞ」と破顔して工房へと向かった。


 本来なら後輪駆動の三輪車には、後輪部分の差動機構が必要なのだが、それは複雑になるので今回は無視した。

 きっと、テンダーおっさんの事だから、徹夜してでも三輪車を完成させて、明日にはスベニの街中を走っている事だろう。

 なにせ、自分の興味に対しては、歯止めを知らないテンダーのおっさんだから。






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連載中:『異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~』

作者X(旧ツイッター):Twitter_logo_blue.png?nrkioy) @heesokai

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