特典
「あっ、ご挨拶が遅れましゅた。アントニオ様より本日からジングージ様へ、お仕えしゅる様にと命じられましゅた」
「……そうなのですか。アントニオさんから……」
俺が、そう戸惑った表情をすると、ベルさんは少し困った様な、そして悲しそうな顔をして俯いてしまい、俺を上目遣いに見上げる。
「いや、ベルさん。とっても助かるよ。有り難うね、アントニオさんへは、俺からお礼を言っておくね。今日から改めて、よろしくね」
「はいっ。ジングージ様」
嬉しそうな顔をして、悲しそうな顔から一転、微笑む兎耳少女のベルさんが、そこに居た。
うん、アントニオさん、俺へのサプライズは確かにびっくりしました。
お礼は、後ほど倍にしてお返し致しますよ、何時かきっと。
しかしこれで、この新居の部屋は、全て埋まってしまった事になる。
まあ、空き部屋にして置いても仕方ないので、良しとしよう。
タイ王国のバンコクなどでは、高級アパートを借りると特典でメイド――タイの日本人社会では"アヤさん"と呼ばれる――が付いてくるケースもあるのだが、まさか、この異世界の物件でもメイドさんが標準装備の特典付きだったとは驚きだ。
しかし、よくよく考えてみると、物件選びの段階でベルさんは、自分一人で仕事がこなせる屋敷かどうかを判断していたので、あの時からアントニオさんには言われていたのだろう。
それから俺たちは、各自の部屋割りを行い、少ない荷物を自分の部屋へと運び込む。
一応、俺がこの屋敷の主なので2階の一番大きな部屋を使うべきと、ベルさんとアンさんが強く主張し、2階奥の大きな部屋を使うことになった。
隣の部屋は、ロックさんが使い、廊下を挟んで反対側の部屋を女性陣で使うことに決める。
俺の直ぐ向かい側の部屋をナークさんが使い、その隣をアンさん、そして階段を上がった直ぐの部屋をベルさんが使う事に決まった。
各部屋には、既にベッドや机、椅子に加えて衣類を収納するタンスとクローゼットなども搬入されている。
それも全てが新品で、ベルさん曰く「アントニオ様が手配しましゅた」との事。
いやはや、アントニオさんには、今後も頭が上がらないな。
居間には、ソファーとテーブル、ダイニングには大型のテーブルと椅子が6席揃っていたし、キッチンには、調理道具や食器類も全て揃っていた。
書斎兼執務室にも広い机と椅子、そして来客用のソファーとテーブルも配置されていたので、ここを応接室としても使えるだろう。
本当に、何から何まで揃っていて、新たに購入する備品は全く不要だった。
また、既に5日間位は賄える食材も、ベルさんが手配を済ませており、買い出しも不要なのだと言う。
そういえば、此処からは、食材市場までの距離も決して近くは無いが遠くもない。
ただ、歩いて行くには、少し距離があるので、生産ギルドのテンダーおっさんに渡した図面で試作品が完了すれば、ベルさんも楽に市場まで行けるだろう。
後で、生産ギルドへ顔を出してみよう。
何せ、パーティー"自衛隊"の面々は、荷物が少ないので片付けも殆ど不要だ。
俺だけは、本来の引っ越し――神奈川県横須賀から福岡県久留米――で荷造りしてあったダンボール箱が6箱あり、それを開封して部屋の中へ出す。
これまでは、衣類と靴などを梱包してあったダンボール箱のみ開封したのだが、今回は私物のパソコンやプリンター、趣味の品なども全て出した。
パソコンは、ラップトップ――日本ではノートPCと呼ばれるが――なので、内蔵バッテリーで動作する。
しかし、プリンターは、バッテリーを内蔵しておらず、AC100Vが必要なので、この部屋動作しない。
私物の車載用DC-ACインバーターを用いる事で、車輌に搭載すれば動くかもしれない。
或いは、災害救助支援装備に商用電源の小型発電機があったはずなので、これを使ってみても良いだろう。
とはいえ、インターネットへ接続できる訳でもなく、文章作成とか表計算とか位しか使い道も無いのだが。
スマートフォンも、電池が切れる度に無限収納へ格納し、新たに召喚していたのだが、私物の太陽電池付きモバイル・バッテリーを荷物から出したので、これからは充電して使おう。
俺は、スマートフォンの電源を入れ、ゴッド・ポジショニング・システムとマップ表示を起動してみる。
マップと言っても、元の世界でいう所の衛星写真や航空写真そのもので、天界からの女神様の目で見えたままだ。
と、これまでは、自分の位置だけが"◎"印で表示されていただけだったのだが、新たに"○"印が複数重なって表示されていた。
マップ表示をズームで拡大してみると、俺たちの居る屋敷がくっきりと表示され、その屋敷に俺を示す"◎"印と、他に3個の"○"印が表示されている。
直ぐに、それらの"○"が、パーティー"自衛隊"の仲間である、ロックさん、ナークさん、アンさんを示すマーカーだと気がつく。
なるほど、パーティーを組むと、パーティー・メンバーの位置も表示してくれるのか、流石に女神様特製のゴッド・ポジショニング・システムとマップ表示だ。
パーティー・メンバーの移動体管理まで可能となると、これはベルさんもパーティー・メンバーのに加えておいた方が良いだろう。
なにかのトラブルに巻き込まれた場合でも、居所が瞬時に判明する。
午後にでも、商業ギルドへ赴きアントニオさんへのお礼も兼ねて、ベルさんのパーティー"自衛隊"への加入承諾を得ねばなるまい。
パーティーを組むことで、こんな恩恵を享受できるとは思わなかった。
その時、俺は、冒険者ギルドで、ギルマスのアルバートさんの言葉を思い出す。
確かに、「色々と依頼を受ける際にも特典があるぜ」そうアルバートさんは言ったのだ。
もしかしたら、特典で……俺は、疑問に思っていた解答へたどり着いた気がした。
これは、早々に試してみる必要がある。
今回のゴーレム事件と奴隷商人事件の後、新たに俺の無限収納へ装備リストが追加されていたので、それのテストも行わねばならない。
明日には、服飾店と靴屋に依頼してある服と靴も仕上がっているはずなので、明後日にでも早速、パーティー"自衛隊"の初訓練を実施しようと、俺は一人で意気込むのだった。




