スベニの商人
リーダーと呼ばれていた大柄の男性が、そう言いながら右手を俺に差し出してきた。
この異世界でも握手の風習があったのかと思いながら、俺も右手を差し出して彼と握手をする。
ぎゅっと握られた彼の握力は強く、握ったままの手を激しく上下させた。
「俺の名は、ギルバートだ。ギルと呼んでくれ」
「俺……自分の名前は、神宮司……神宮司 丈です。」
「ジングージ? ジングージ ジョー? 変わった名だな」
「丈が名で、神宮司が苗字……家名です」
「へぇー、家名持ちとは、あんた貴族様か?」
「いいえ、貴族ではありません……多分……」
「多分?」
「はい、記憶があやふやなんです」
俺は、咄嗟に記憶喪失者を装うことにした。
別の世界から、この異世界にやってきたなんて言ったら激しく怪しすぎる。
「そうか、迷い人だったか。そりゃ大変だな」
「はい、気がついた時には、その森の中に居たのです」
「なんだと!迷いの森の中にだと……よく生きて森から出られたな。いや、オーガ三匹を一人で瞬殺できる程の魔法使いなら、それもあるか……」
「迷いの森と呼ばれているのですか、この森?」
「あぁ、入り込んだら確実に迷ってしまう森だ。一度入り込んだら、森から抜け出せなくなっちまう上、オーガみたいな強力な魔物も多くいるんで、俺たち冒険者も滅多には入り込まねぇぜ」
女神様の神殿が森の中央に存在している事は、この場では黙っていた方が良さそうな雰囲気になったので、それは言わなかった。
「はい、森の中では小鬼共に襲われましたが、殲滅しました」
「そうか、まぁ、ゴブリン程度なら俺たちでも何とかなる。しかし、オーガとなると普通の冒険者なら迷わず逃げるぜ」
「そうなんですか……自分が助太刀できて幸いでした」
「そうだな。兎に角、俺たちを助けてくれた大恩人だ。俺たちの雇い主さんへ紹介するぜ」
そう言うと、ギルバートさんは俺の手を掴んで馬車の横まで引っ張って行き、馬車の扉をドン、ドン、ドンとノックしてから、大きな声で馬車に向かって叫んだ。
「アントニオさん、オーガ共は片付いたぜ。もう安全だ。出てきてくれ」
すると、その声に反応したように馬車の扉が開いて、中から恰幅のよい壮年の男性が外へ出てきた。
ギルバートさんがアントニオさんと呼んだ、この壮年の男性は、にっこりと笑いながら馬車から降りると、俺に向かって両手を差し出しながら言った。
「いやはや、馬車の中から戦いを見ておりましたが、凄い魔法使い様ですな。本当に危ないところを助けていただき、感謝の言葉もありません。月並みですが、本当に有り難うございました」
ギルバートさんに、アントニオさんと呼ばれた恰幅のよい壮年の男性は、俺の手を両手で握ると続けて自己紹介を始めるのだった。
「私めは、自由交易都市スベニで商人を営んでおります、アントニオと申します。以後、お見知りおきをお願い致します」
「はい、自分は、神宮司 丈です。丈が名前で、神宮司が家名です……あっ、自分は貴族ではないと思います。多分ですが……」
「ジングージ様、先ほどのギルバート殿との会話、馬車の中から聞かせて頂いておりました。迷い人との事、さぞかしお困りでしょう。我が命を救って頂いた大恩人へ恩返しと言えば、誠におこがましいですが、このアントニオで、お力になれる事があるならば、何なりと申し付け下さい」
アントニオさんは、そう言いながら両手で握った俺の右手を、より強く握りながら上下に振るわせた。
俺は、「ありがとうございます」と答えてから、頭を下げる。
すると、俺の側面に居たギルバートさんが、言葉を挟んできた。
「おい、ガレルとハンナ、お前達も此処へ来てジョーへ礼を言え」
すると、馬車の上から弓を射っていた女性が飛び降りてきた。
赤毛の長い髪をポーニーテールにしている細身の女性で、18歳前後位だろうか。
まだ幼さが残っているので、少女から大人の女性への成長段階というところか。
「わたしは、ハンナ。いや~、凄い爆裂魔法だったねぇ~、思わずちびっちまう所だったよ~。でも、ありがとうね~」
それを聞いていたギルバートさんが、ハンナさんに向かって突っ込みを入れる。
「ハンナ、お前本当は、ちびっただろう」
「ちびってないよ! 驚いて座り込んじまっただけだよ~」
「はははっ、そうか、そうか、そりゃ良かったな」
「ふんっ……」
ハンナさんは、そう言うと顔を赤くしてしまった。
89式小銃の連続発射音を、初めて間近で聞いては、驚くのも仕方がない。
本当にちびったのか、どうかを更に突っ込んで聞くほど俺も場の空気を読めない訳ではないので、何も言わなかったのは言うまでも無い。
続いて、馬車の御者台から降りてきた小柄の男性が、俺に右手を差し出してきて口を開いた。
「俺は、ガレル。助けてもらった。ありがとうな」
「怪我が無くてよかった。馬を鎮めてくれて、こちらこそ有り難うガレル君」
ガレル君の差し出してきた右手を、俺も右手で握手しながら彼に礼を言った。
あのまま、馬が暴れ出して暴走していたら、大変な事になっていただろう。
防衛大学校時代の軍事教練でも、流石に馬の扱いまでは教えてくれなかったのだ。
ガレル君は照れた様に微笑んで、「いやぁ」と言いながら頭を掻いた。
彼もまた、ハンナさんと同じ位の歳で、元の世界でいうならば高校生の様な歳格好に見える。
「さあ、お前達も出ておいで。ジングージ様に、ご挨拶を」