引っ越し
「……ジョー兄さん……厚かましいんだけどさ……アタイも一緒に住んじゃ駄目かな?」
「えっ、そう言えばアンさんは今、何処に住んでいるの?」
「アタイが今住んでいる所は、ウッド・ランカー専用の冒険者ギルドの寮だよ」
すると、ギルマスのアルバートさんが口を挟んできた。
事情を判った様に頷いて、アンさんへ同情する様に言う。
「そうか、アンはレザー・ランカーに昇格したから、寮を追い出されるのか」
「そうなんだよ。未だ猶予期間は有るんだけど、安い下宿が見つからないんだよ……」
「そうだろうな。レザー・ランカーへ上がったばかりじゃな。一番キツイ時だぜ」
なるほど、そういう事か。
ウッド・ランカーまでは、冒険者ギルド直轄の寮へ優先的に入居できるので、依頼の報酬が少なくても、なんとか生活が出来るのだが、レザー・ランカーに昇格したばかりだと、報酬はまだまだウッド・ランカーと大差がないので、下宿などを借りるにしても、友人とのシェア・ハウスでもしない限り、一人では下宿代を払いきれないのだという。
「うん、いいよ。部屋は未だ空いているから大丈夫。同じパーティーのメンバーは一緒に暮らして居た方が、何かと便利だしね」
「えっ、ジョー兄さん、アタイも一緒に住んで良いのかい?」
「大丈夫。その代わり、家事は当番制にする予定だから、覚悟しておいてね」
「大丈夫だよ。アタイだって家事位はできるよ。これでも女なんだからね。……ベルちゃんには負けるけど……」
「あははは……ベルさんは、家事の専門家だからね。誰も勝てないよ」
「嬉しいよ、アタイ……最悪、路上生活に戻らなきゃと思ってたんだよ……」
アンさんは、破顔して喜んでいる。
そう言えば、ワイバーン討伐の際に、身の上話を延々と語っていたのを思い出した。
孤児になってスベニの街に流れてきた際、孤児院に引き取られるまでの間、暫く路上生活を余儀なくされたのだとか。
何はともあれ、アンさんが路頭に迷わなくて良かった。
丁度、俺が家を持てたのがグッド・タイミングだったといえる。
俺は、アンさんに引っ越しは三日後に行うので、それまでに荷物を纏めて置くように言うと、「荷物なんて殆ど無いよ」とのこと。
今、住んでいる冒険者ギルドの寮は、一部屋で4人のウッド・ランカーが寝起きしており、荷物などは鞄一つなので、何時でも引っ越しや旅支度が出来るとの事。
うん、パーティー"自衛隊"のメンバーは皆、着の身着のままで身軽だ。
パーティーの申請や、引っ越しの話しも終わったので、俺達は、街へ買い物に出かける事にした。
まずは、ナークさんの服や靴の調達だ。
奴隷として拉致されていたので、一切の私物は無くしており、服といえば、ボロ布で出来た粗末な貫頭衣を着せられていたのだ。
今は教会の修道女に、私服と靴を借りているという状態だ。
アンさんの案内で衣料店を訪れ、似合いそうな服を選んで貰う。
ナークさんは、「……古着で十分」と言っていたが、古着を買うには市場の方まで行かねばならない為、此処で無理矢理に選んで貰う。
彼女は、質素なワンピースと革製のサンダルを選び、加えて下着なども数点ほど選んで購入した。
無論、ナークさんは、無一文なので支払いは俺が済ます。
ロックさんは、指揮者ゴーレムの中に、着替えなどが積んであるとの事で、特に服などの購入は、不要だった。
引っ越し後には、生活必需品を購入しなければならないので、必要な物は後日また購入しようということで、この日の買い物は、終了となる。
この日は、これで解散となり俺は商業ギルドへ向かい、アントニオさんへ家の件で礼を言う。
「アルバート殿は口が軽いですな」と苦笑いしていたが、俺がアントニオさんの元自宅を選ぶかどうか実は、不安だったので思惑道理に俺が選んだ時は、心の中で「やった」と笑ったそうだ。
俺は、アントニオさんへ服の修復や調整が出来る店と、靴のサイズ調整が出来る店を紹介してもらう。
アントニオさんへは、理由を話すと快く紹介状を書いてくれた。
それと、俺がパーティーを申請して、メンバーにアンさん、ロックさん、ナークさんが加わった事も話しておいた。
「おお、それは宜しいですな」と、アントニオさんも喜んでくれる。
翌日、俺は再びロックさん、ナークさん、アンさんを誘い、アントニオさんが紹介状を書いてくれた服飾店へと向かい、3人のサイズを測ってもらい、服を3着渡してサイズ調整を依頼する。
同様に靴屋へも訪れ、サイズの計測をしてもらい、靴を3足預ける。
どちらの店も「アントニオ会長のご紹介の上、爆裂のジョー様の依頼ですので、3日後までに必ず仕上げます」と、有り難い言葉を貰った。
■ ■ ■ ■ ■
引っ越し当日、俺はロックさん、ナークさん、アンさん達と一緒に、引っ越し先の元アントニオ邸へと集合した。
俺は、背中に背嚢を背負い、ロックさんとアンさんは、比較的大きな鞄を持ち、ナークさんは手ぶらだ。
俺も手ぶらで良かったのだが、一応は荷物を持ってこないと、背嚢無しでも無限収納が使える事がバレてしまうので、敢えて背嚢を背負って来た。
もっとも、指揮者ゴーレムとの戦いや、傭兵との戦いの際には、背嚢無しで無限収納から召喚を色々としていたのだが、恐らくは気がつかれていないはずだし、既に軍曹や冒険者達は居ないので、俺の情報が漏洩する事も無いだろうと思いたい。
ロックさんは、指揮者ゴーレムを警備隊の修練場へ置いて来ている。
引っ越し後に、夜になってから此処へロックさんが自走させてくる手はずだ。
初めて物件を見に来た際には、草ぼうぼうだった庭も綺麗に雑草が刈り込まれていた。
屋敷の方も、外壁が新築と見間違える程に張り替えられており、屋根も綺麗に修繕されている。
屋敷の扉を潜ると、内装も見事にリフォームされており、まるで新築同然だった。
俺たちが屋敷の中へと入ると、見知った兎耳のメイドさんが俺に頭を下げて言う。
「ジングージ様、お帰りなしゃいましぇ」
「ベルさん、おはよう。引っ越しの手伝いに来てくれたの?」
「はい。もちろんでございましゅ」
「それは有り難う。助かるよ」
「はい。これからも毎日、宜しくお願い致しましゅ」
「はあ?!」




