独立
「ねえ君、自分と一緒に冒険者をやらないかい?」
此処は、教会裏手の孤児院。保護された奴隷少女達は、一時的に、孤児院へ全員が収容されていた。
既に何名かの少女達は、事情聴取が済んだりして親元へと帰されたりしているので、此処に収容されているのは未だに親元が不明だったり、最初から孤児だったりする少女が殆どだ。
そんな中、長い黒髪の少女は、収容された奴隷少女達の中では最年長だった上、人族と魔族の混血という事もあって、身の振り方を自身でも測りかねている様だった。
「……冒険者?」
「そう、冒険者。無理にとは言わないけど、君さえよければね」
「……あたしには、魔族の血が流れている……そんなあたしに何故、貴方は親切に?」
「自分の居た国では、種族とか混血とかは、差別しちゃいけないってのが掟だったんだよ。だから、自分も、そんな事は気にならないし、気にしちゃいけない」
「……貴方は、何処の国出身なの?」
「多分だけど、アズマ国?……自分、迷い人だから、本当は判らない。でも、差別はいけないって事だけは教え込まれているので、それは間違ってないよ」
「……迷い人。宜しいの?記憶が戻った時に後悔しますよ……」
「しないよ、絶対にね。それは今、約束するよ」
「……あたしは、母が亡くなり、集落を追われた身で戻る場所もない。貴方さえ良いのであれば……」
「よし!決定だ。それじゃ、これから宜しくね。おっと、自分の名前はジョー、ジョー・ジングージ。家名有るけど、貴族じゃない……多分ね。君の名は?」
『……นักเรียน』
「ナークリエンさんか、美しい名前だ」
「えっ!貴方は魔族の言葉が判るの!?」
「魔族の言葉?いや、普通に聞こえたけど……」
「……あたしの名前は、母が名付けた魔族の名前。人族には聞き取れないの……普通の人には」
「はははは……自分は普通じゃ無かったみたいだね。でも人族の言葉だとナークリエンって聞こえたよ」
「……ナークリエン……人族では、そう呼ぶのですか。では、これからは、そう呼んで」
「そうだね。愛称はナークさんで良いかな?」
「……はい」
ナークリエンさんは頷いて、俺の方をじっと見つめる。
俺は、その黒い瞳に見つめられて、自分の頬が熱くなってきたのを感じた。
やばい、やばいぞ。
この娘、本当に亡くなった瞳と瓜二つだ。
高校生時代の甘く切ない思い出が、走馬燈の如く頭の中を駆け巡る。
「それじゃ、自分の方の受け入れ準備が完了したら迎えに来るよ。それまでは院長先生にお願いして、孤児院に滞在出来る様にしてもらうから」
「……ありがとう。ジョーさん」
「うん、準備が調うまでの間に冒険者登録もしてしまおう。また誘いにくるね」
「……はい、待っている」
俺は、彼女と別れマーガレットさんの部屋へ行き経緯を話して、ナークリエンさんが孤児院へ暫くの間、滞在をさせてもらえる様に頼む。
マーガレットさんは、「やはり、お判りになったのですね」と言い、その理由を述べてくれた。
「流石に使徒様。彼女を、お仲間に選ばれるとは……彼女……ナークリエンと言う名だったのですね。彼女には、女神様以外の加護があるのです。神の名は不明ですが……」
「加護を持っていたのですか!?しかも女神様以外の神とは?」
「私にも判りかねます。今まで、その様な事は聞いたこともありませんし、記録にも残っておりません。しかし、加護を持っているのは間違いありません」
「そうですか……。自分には、加護を持っていたなんて判りませんでした。ただ単純に凄い結界を張る能力を持っていたので、一緒に冒険者をやってくれないかなと言う、下心で誘いました」
「いいえ、下心などと、とんでもございません。本来であれば、加護を持っているという事だけで、教会で引き取りたい人材なのですが、如何せん魔族の血が入っているとなると、本部では拒否されてしまいますゆえ……申し訳ありません」
「はい、自分が身元引受人になりますので、お気になさらずに」
「ありがとうございます。使徒様……ジングージ様にお任せできるのであれば、こちらも安心でございます。どうか宜しくお願いします」
「はい」
俺は、マーガレット司教とロックさんや、その妹ミランダさんの事なども相談し、そちらの方も快諾を得られたので、孤児院を後にして商業ギルドへと向かう。
商業ギルドでは、アントニオさんと相談したのだが、こちらは相談が難航したが結局は、アントニオさんが承諾してくれ協力を得られる事になった。
アントニオさんに相談したのは、アントニオさん宅に居候している俺だが、これを機会に独立して家を持ち、そこへナークリエンさんやロックさん達と住み、スベニを拠点にして冒険者として生活をしたいと願ったのだ。
ナークリエンさんが魔族との混血で無ければ、ロックさんの同居も吝かでは無かったのだが、如何せん魔族との同居は家族に猛反対された様だ。
アントニオさんは、早々にスベニの街で住み易そうな家を斡旋してくれた。
こちらの条件としては、比較的大きな家で部屋数も多く必要となるし、ロックさんが操る指揮者ゴーレムを待機させても、問題とならない程の空き地か庭がある物件だ。
出来れば、アントニオさん宅にある風呂も欲しいと伝えた。
資金は有るので、買い取りでも賃貸しでも構わないのだが、「お気になさらず、お任せ下さい」とアントニオさんは、笑顔で物件を探す様に、商業ギルドの不動産担当の女性に指示をしていた。
まあ、アントニオさんへ任せておけば問題は無いので物件はお任せして、俺は次に冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドでは、ギルマスのアルバートさんに相談し、魔族の血が流れるナークリエンさんでも、冒険者として登録出来るのかを確認した。
結果は、全く問題なく混血どころか、純粋な魔族であっても冒険者の登録は可能で、既に魔族のメタル・ランカーも少数だが居るとの事だ。
しかし、ナークリエンさんの場合は、身分証明書を持っていないので、俺が身元引受人になることで登録が可能になるそうだ。
また、ロックさんは、全く問題なく登録が可能であり、しかもロックさんは南の開拓村出身で、既に生産ギルドの下部組織である、農民ギルドの身分証明書を持っているので、階級は下がるが冒険者登録への移行が可能なのだとか。
実は、警備隊からもロックさんの件で相談が有ったそうだ。
スベニの街を防衛する警備隊としては、指揮者ゴーレムや、守護者ゴーレムが敵では無く味方ならば、こんなに嬉しい事はないだろう。
もっとも、守護者ゴーレムは、4体全てを俺が破壊してしまったので、新たな守護者ゴーレムをロックさんと一緒に、古代遺跡へ発掘に行かねばならないが。
さあ、準備は調った。
後は物件が決まれば、俺たちの独立生活を開始できる。




