黒髪の少女
「ふん、甘ちょろい野郎だな。何が爆裂のジョーだ。魔法さえ使えなければ怖くも何ともねぇぜ。さあて、人質は二人もいらねぇな。ガキだけ残して、この半端物魔族の女は此処で血祭りにしてやるか」
傭兵の軍曹は、そう言って長剣を長い黒髪の少女へ向けてから大きく振りかぶる。
その時、長い黒髪の少女が俺の方を振り向いた。
俺は、その少女の顔を見た瞬間、両目を大きく開き思わず叫んでしまった。
「瞳!……何故お前が此処に居るんだ!」
俺の叫び声など完全に無視し、傭兵の軍曹が黒髪の少女へ長剣を振り下ろした。
長剣が少女の頭を直撃しようとする寸前、黒髪の少女の黒い瞳が青白く輝く。
同時に、少女と狐耳の幼女の周辺を、半円形の青白い光が覆い尽くす。
振り下ろされた長剣は、その青白い光に阻まれガッキーン!と激しい破壊音と共に、根本からポッキリと折れてしまった。
黒髪の少女の瞳は、尚も青白く輝き続け、彼女らの周囲を青白い光が覆っている。
あの光、何処かで見た光と似ている。
それは、ゴライアスさんの操る鉄壁の盾が、魔法攻撃を跳ね返す際に輝いていた光と酷似していたのだ。
(防御結界……しかも物理攻撃からのシールドか)
このチャンスを逃す手は無い。
俺は、頭を踏んづけていた冒険者の足を払い除け、直ぐさま立ち上がると同時に、俺を踏んづけていた冒険者の顔目掛け回し蹴りを放った。
回し蹴りは、冒険者の顔面を直撃し歯が何本か欠けて飛び散ると共に、口から流血しながら冒険者は、その場に倒れ込む。
(召喚、89式5.56mm小銃!)
新たに無限収納より召喚した89式小銃のストック部分で、未だに俺の脇へ立って居た、もう一人の冒険者の顔面を思いっきり殴る。
冒険者の鼻がひしゃげ、口へめり込んだ89式小銃のストックが歯を砕いていく。
冒険者は、顔面から血飛沫を撒き散らせながら、白目をむいて地面へと倒れ込んだ。
残った冒険者は、直ぐさま俺から逃げるように、傭兵の軍曹の元へと走り寄って行く。
俺は、直ぐに89式小銃のコッキングレバーを引き、チェンバーへ弾丸を装填し安全装置を|"レ"《・》にして、未だに防御結界を張り続けている長い黒髪の少女へ向かって叫んだ。
「そのまま防御結界を張り続けて!」
こちらを向いていた長い黒髪の少女は、青白く輝く瞳のままで頷く。
既に、傭兵の軍曹の後方に居た警備兵は脇の方へ待避しており、流れ弾に当たる心配も無い。
俺は、人に向けて銃を発射した経験は皆無だったが、それも怒りが忘れさせている。
奴は、許さん……。
俺は、逃げる冒険者の足に狙いを定め、89式小銃をフルオート・モードで連射する。
ダダダダダッ!、冒険者は、「ギャウー、痛え!」と喚き、その場へ崩れ込みながら転げ回る。
俺の攻撃に、傭兵の軍曹は恐怖に強ばった顔で、「よせっ!、助けてくれ!」と、俺に哀願してきた。
「貴様は絶対に許さない!無抵抗の少女を血祭りに殺すだと。巫山戯るんじゃねえ!」
そう俺は言い切り、傭兵の軍曹の両足を狙い、俺は89式小銃をフルオート・モードで連射した。
ダダダダダッ!、軍曹は「ウギャー!」と、その場に倒れ込み、後方へと倒れ込む。
ゆっくりと倒れた軍曹へ向かい歩いて行き、俺は、89式小銃の銃身を軍曹の口へと突っ込んだ。
「あぢぃ~!」と軍曹は叫びながら、尚も「助けてくれ……俺が悪かった……」と、助けを俺に願う。
その時、後方の警備兵達により捕縛されていた奴隷商人達が、乗客馬車へと向かって逃げ出した。
警備兵達は、「待て!」と叫んでいるが、逃げる方は待つはずがない。
俺は、軍曹の口へ突っ込んでいた89式小銃の銃身を、奴隷商人達が向かう馬車の後輪へと狙いを定め、引き金を引いた。
ダダダダダダダッ!……、89式小銃のフルート連射によって発射された5.56mmNATO弾丸は、馬車の後輪を完全に破壊する。
馬車は傾き、もはや走行する事は出来ないだろう。
それを見た奴隷商人達は、その場に立ちすくみ俺の方を振り返る。
俺は、大きな声で奴隷商人達に向かって叫ぶ。
「逃げるなら逃げても良いが、逃げれば、この傭兵の様になるぞ!」
俺が再び、89式小銃の銃身を軍曹の口へと突っ込むと、軍曹の口からジュッと音がし、そして軍曹は白目を剥き意識を失う。
股間からは、湯気が昇り始め、ズボンの股間が湿った状態になって行く。
両足の膝関節からは、激しい出血もしているが、手当をしてやる気持ちなど皆無だった。
とはいえ、身体を狙わずに両足を狙ったのは、やはり俺の甘さなのだろうか。
立ち竦んでいた奴隷商人達は、その場に座り込んでしまい、直ぐさま警備兵達に再び捕縛される。
俺は、傍らにしゃがみ込んで狐耳の幼女を守っている、長い黒髪の少女を見下ろす。
彼女は、俺の方を見上げているが、既に青白く輝いていた瞳は、元の黒い瞳へと戻っている。
傭兵の軍曹が倒れた事で、防御結界を解除した様だ。
「もう大丈夫。結界を張り続けてくれて、有り難う」
長い黒髪の少女は、頷きながら「……助けてくれてありがとう」と応えてくれる。
この声……。それは、俺の記憶に鮮明に残っている瞳の声だった。
俺は、彼女に手を差し出すと、彼女は俺の手を掴み立ち上がる。
そして、俺の手を離すと狐耳の幼女を抱き抱え、奴隷少女達の居る方へと去って行く。
俺は、彼女が掴んだ右手を、じっと見つめる。
この手の暖かさも、記憶に刻まれている瞳の暖かさと同じだった。
俺は、去りゆく少女の後ろ姿を暫く見つめながら、ふと我に返り首を横に激しく振った。
瞳が居るはずが無いのだ。それは元の世界にも、この異世界にもだ。
何故ならば、瞳は5年前、既に亡くなっていたのだから……。
俺は、「ふ~っ」と溜息をつき、冒険者達に奪われた89式小銃、9mm拳銃、89式多用途銃剣を回収して行く。
瞳が、この異世界へ転生した可能性は、直ぐに否定せざるを得なかった。
何故ならば、5年前に亡くなった彼女が、この異世界に転生したのであれば、今は5歳の幼女のはずだ。
しかし、先ほどの長い黒髪の少女は、どう見ても17歳前後に見えた。
それは、瞳が亡くなった歳と同じだ。
仮に、死なずに転移したのだとすれば、俺と同じ歳の21歳、いや22歳のはずだ。
矛盾点が多すぎる……。
他人のそら似か……。
「ジングージ様、傭兵と冒険者達を捕縛しました。一応、止血して手当をし延命させます」
「……お願いします」
アマンダさんが、そう伝えてくれるので一応は返事をしておく。
別に死んでも構わないのだが、この自由交易都市では、裁判制度が存在しているので、そこで裁きを受ける事になるのだろう。
無論、極刑は死刑となる。俺は、未だ怒りや悲しみの思い出で、正直なところ精神的に疲労困憊だ。
冒険者に殴られた所の痛みも、僅かに残っている。
とその時、遠くから元気な声が聞こえてきた。




