兄妹
マーガレット司教に連れられてきた修道尼風少女は、ロックさんへ駆け寄り、泣きながらロックさんの身体をしっかりと抱きしめた。
ロックさんも、彼女を両腕で強く抱きしめて涙声で言う。
「……ミラ……ミランダ、無事で良かった……」
「お兄ちゃんにが行方不明になって、私は凄く悲しかったけどね……司教様が、必ず再会出来るからと今日まで励ましてくれたのよ」
「そぅか……司教様、有り難ぅござぃました。感謝します……」
「ロックさん、ミラは、ミランダは貴方を忘れた日は一日もありませんでした。再会できたのも、女神様の御心です。私では無く、女神様に感謝するが良いでしょう」
「はぃ、司教様。女神様、ミランダをぉ助け下さぃまして、本当に有り難ぅござぃました」
「女神様、ミラも今日の兄との再会を心より感謝いたします」
二人の兄妹は、その場に跪き手を合わせて天に――女神様に――感謝の祈りを捧げた。
俺は、二人の姿を見て、元の世界に残してきた妹の事を思い出す。
元気かな……俺が死んじまって、やっぱり毎日泣いてたのだろうか。
目の前の兄妹の姿をみて、己と妹の姿に重ね合わせてしまい思わず、もらい泣きをしてしまう。
俺は、涙を手のグローブで拭い、マーガレット司教を見つめて深々と頭を下げる。
司教も、にっこりと微笑み俺に頭を下げてくれる。
司教の両脇に控えていた二人の修道尼風従者も司教に習い、頭を深々と下げていた。
良かった、ロックさんの3年間にも及ぶ執念の捜索は、これで終わったのだ。
今回のゴーレムによるスベニ襲撃も、人的な被害は皆無だったので、罪は罪として償わねばならないだろうが、闇ギルドの奴隷商人を捕縛出来た上、大勢の奴隷少女達を救出できた功績は大きい。
ロックさんの罪も情状酌量されて、軽くて済むだろう。
出来れば、ロックさんの罪が帳消しになる様、俺が弁護を買って出ても良い。
そんな事を思っていると、いつの間にかマーガレット司教が俺の直ぐ側まで近づいてきて、俺の耳元へ顔を近づけ、誰にも聞かれない様な小さな声で告げた。
「使徒様……ジングージ様、あの兄妹は二人とも女神様の祝福を持っております。ミランダの力は未だ不明ですが、兄のロックさんは、あの黒いゴーレムを操る事が出来る力でしょう」
「女神様の祝福を持っていたのですか……なるほど納得できます」
「はい。ミランダは私の元で修行中ですので、その秘めた力に覚醒する日も近いことでしょう」
「そうですか。人々に役立つ力であれば嬉しいですね。ロックさんの力も使い方さえ誤らなければ、多くの人々を助ける事ができますし……」
「そうでございますね。使徒様……ジングージ様が、彼らの師となって導いて下されば私も安心です」
「自分が師ととして相応しいかは判りませんが、少なくともロックさんの友人として自分は付き合って行きたいと思います。もちろん、妹のミランダさんも……」
「よろしく、ご指導をお願い申し上げます」
マーガレット司教は、そう言って俺に再び頭を下げる。
俺も抱き合ったまま、お互いの無事を喜び合う兄妹を見つめて女神様に心の中で、女神様ありがとうございましたと、感謝の言葉を捧げる。
と、その時、「待て!」と言う大きな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、4人の男達を追う警備兵達の姿が見える。
追われていたのは、軍曹と呼ばれる傭兵の男と、冒険者が3人。
彼らは、警備兵から逃げながら、こちらへと向かってきている。
俺は、危険を感じて司教さんや、二人の修道尼風従者へ言う。
「マーガレットさん、此処は危ないので教会へ待避して下さい。ミランダさんとロックさんも一緒に教会へ!」
「はい。直ちに!ミラ、ロックさんと一緒に教会へ!」
「はい、司教様」
「はぃ……」
「アマンダさん、ロックさんの保護とマーガレットさん達の警護をお願いします」
「はい、ジングージ様!」
「あと、救出した少女達も一緒に連れて行ってください!」
「承りました!」
俺は、89式小銃を構えたが、この角度から89式小銃を打てば、流れ弾が追跡している警備兵に当たってしまう。
仕方がないので威嚇射撃として、上空へ向かって89式小銃をスリーショット・バースト・モードで発射する。
ダダダッ!と、89式小銃の発射音が轟くと、こちらへ向かっていた男達は、俺の方を見て立ち止まった。
「動くな!大人しく警備隊に捉まれば、怪我はさせない。武器を捨てろ」
俺は、立ち止まった男達に、そう言い放つ。
男達は、立ち止まったまま俺の方を睨んでいる。
その時だった、教会へ待避していた奴隷少女達の集団から、小さな少女――犬人か狼人の獣人の幼女だった――が男達の方へと駆け出した。
そして、その獣人の幼女を追う様に、黒く長い髪をした少女が「……そっちへ行っちゃ駄目!」と叫んで、奴隷少女達の集団から抜け出した。
と同時に、軍曹と呼ばれる傭兵が、獣人の幼女へと走って近づくや否や、腰の長剣を抜いて獣人の幼女の首筋へ突きつけて、俺に向かって叫んだ。
「おい、てめぇ、その魔法の杖を捨てろ!腰に下げてる小せえ方もだ。捨てなきゃ、このガキの命はねえぜ!」
くそっ、なんて卑怯な奴だ。
しかも、9mm拳銃までも捨てろと言う。
以前、奴を拳銃で威嚇したのを覚えていたのだ。
彼らを追っていた警備兵達も、この状況を即座に理解し追うのを止めて、その場に立ち止まっている。 そして更に、軍曹は俺に言い放つ。
「早くしろ!おっと、腰の短剣も捨てろ!早くしねえとガキが死ぬぞ」
俺は、仕方なく89式小銃の安全装置をロックし、地面へ投げた。
同様に、9mm拳銃も撃鉄開放でトリガーを重くしてあるのを確認して、ホルスターから抜き地面を捨てる。
更に、89式多用途銃剣をホルダーから抜き地面へ放り投げた。
「おい、てめぇら。あの魔法の杖と短剣を回収してこい!」
「へい、軍曹」
冒険者風の男達3人は、こちらへ近づいてきて89式小銃や9mm拳銃、そして89式多用途銃剣を拾い上げ、ニタニタと俺の方を見ると一人の男が俺に向かってパンチを繰り出した。
俺は、避ける事もしなかったので、もろに顔面へパンチがヒットし、その場へ倒れ込む。
すると、別の男が倒れた俺の腹を目掛けて蹴りを入れてきた。
更に、残りの男がブーツで俺の顔を踏みつけてくる。
痛い……、口の中に血が流れるのを感じる。
久々に味わう血の味は、高校生時代に喧嘩をした時以来だ。
それでも俺は、痛みに耐えて軍曹が剣を突きつけている獣人の幼女へと目を向けると、先ほど幼女を追いかけていた長い黒髪の少女が獣人の幼女を庇うようにして、しゃがみ込み幼女を守っている。
「ふん、甘ちょろい野郎だな。何が爆裂のジョーだ。魔法さえ使えなければ怖くも何ともねぇぜ。さあて、人質は二人もいらねえな。ガキだけ残して、この半端物魔族の女は此処で血祭りにしてやるか」
傭兵の軍曹は、そう言って長剣を長い黒髪の少女へ向けてから、大きく振りかぶる。
その時、長い黒髪の少女が俺の方を振り向いた。
俺は、その少女の顔を見た瞬間、両目を大きく開き思わず叫んでしまった。
「瞳!……何故お前が此処に居るんだ!」
第一章 了
第一章は、本話にて終わりです。クリフ・ハンガーにして申し訳ありませんが、次話は第二章となります。
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