黒い闘牛 vs. 鉄の蟹
俺は、漆黒のゴーレムを目前にし、攻撃法を全く思い浮かべられなかった。
対する漆黒のゴーレムは、3台の荷馬車から全ての馬達を切り離してから、今度は乗用の箱形馬車へと身体を向けて進み始める。
馬車の御者席に座っていた傭兵の軍曹は、近づく漆黒のゴーレムに気がつくと、直ぐさま御者席から飛び降り、周囲に居た冒険者3人とその場から脱兎の如く逃げ去って行く。
漆黒のゴーレムは、俺の方は一切気にしている様子も無く、そのまま箱形馬車に近づいて行った。
何とか、こちらに注意を引きつけないと、箱形馬車に乗っている乗客が危険だ。
俺は、無駄と知りつつ背中に回して背負っていた89式小銃で、漆黒のゴーレムの背中目掛けスリーショット・バースト・モードで弾丸を発射した。
ダダダッ!と、89式小銃の発射音に続いて、カンッ、カンッ、カンッと金属がNATO弾を跳ね返す音がする。
やはり、漆黒のゴーレムは、岩石では無く金属製の身体だった。
しかも、跳ね返す音からは、胴体が中空構造と思われる甲高い残響音も聞こえた。
すると、漆黒のゴーレムは、箱型馬車への向かうのを止め俺の方を振り返る。
漆黒のゴーレムが、こちらへ向いたのを確認したところで、もう一度、胴体の胸部へ89式小銃で狙いを定めて引き金を引く。
先ほどと同じように、全く89式小銃のNATO弾では歯が立たず、全ての弾丸は弾き返されてしまう。
しかし、漆黒のゴーレムの注意を俺に引きつける事には成功した様で、今度は俺に向かって進んできた。
よし、こちらに注意を引きつけた。
俺は、直ぐさま偵察用オートバイを無限収納へ収納すると、防塵用に装着していた透明のゴーグルを顔から外し、88式鉄帽へと装着先を付け替える。
すると、俺の顔が露わになると同時に、漆黒のゴーレムが歩みを止めた。
そして、俺をじっと見据えているかの様に、その場に佇むのだった。
何故か理由は不明だが、漆黒のゴーレムが停止している今のチャンスを逃す手は無い。
俺は、一か八か無限収納の災害救助支援装備から、新たに追加された重機フォルダー内の装備を召喚することにする。
武器ではないが、迷いの森で操作の練習に励んでいた災害救助用重機を召喚した。
そして、俺の目の前には、濃い緑色に塗装された巨大な双腕作業機のASTACOが現れる。
「鉄の蟹……ジングージ様が、鉄の蟹を召喚したのですか?」
俺がASTACOに搭乗しようとした時、俺の後方にはアマンダさん率いる警備隊が集結していた。
しまった、ASTACOを召喚する際、後方を全く気にしなかった。
しかし、見られてしまった物は仕方がない。
俺は、ASTACOに搭乗する前に、アマンダさんに向かって叫んだ。
「そうです!アマンダさん、危険なので少し距離を取ってください!あと、教会や孤児院から市民や孤児たちの避難誘導もお願いします!」
「はい!承りました!」
アマンダさんの応えを受け俺は、直ぐ様ASTACOのコクピットへ飛び込みエンジンを始動し、停止している漆黒のゴーレムへと向かって行く。
エンジンの回転音が上昇し、ASTACOの履帯が石畳の道路を踏みしめ、轟音と共に前進して行くと漆黒のゴーレムは、やはり驚いたのか少しづつ後方へと下がり始める。
俺は、ASTACOの右腕――大型の爪――で、漆黒のゴーレムの胴体を掴もうとすると、捕まれまいと身をかわそうとするが左腕――小型の爪――で、その動きを封じる。
漆黒のゴーレムの動きは、決して素早くは無いが、重量はかなり有るのだろう。
左腕が押され気味になるので、履帯を回転させて車体ごと押し返す。
ASTACOの右腕で漆黒のゴーレムの下半身を掴み、しっかりと爪を閉じ固定する。
それでも尚、大きな爪から逃れようとするので、ASTACOの履帯を逆回転させ、その場から引き離す事にした。
後進するASTACOによって、漆黒のゴーレムの足を引き摺りながら、その場から離すことに成功する。
漆黒のゴーレムは、両腕でASTACOの右腕に装備されている大型の爪を引き剥がそうとしているので、それを左腕の爪――鉄を切り裂く鋼鉄製カッターだ――で牽制し、右の大型爪が剥がされるのを防ぐ。
まるで巨大ロボット同士の格闘の様だが、ASTACOは戦闘用のロボットでは無く、あくまでも災害救助用の重機である。
教会から少しだけでも、漆黒のゴーレムを引き離す事に成功し、道路の中央まで移動できた。
何処まで破壊が出来るかは不明だが、鉄骨を切り裂く事さえもできる、左腕の鋼鉄製カッターで攻撃を仕掛けてみる事にする。
やはり、この漆黒のゴーレムもガーディアン・ゴーレム同様の球体関節なので、そこを狙って左腕のカッターで切断を試みた。
先ずは、動き回る事を封じる為に、漆黒のゴーレムの右足付け根の球体関節を、鋼鉄製カッターで鋏込んで切断を試みる。
しかし、球体関節を切断する事はできず、これ以上に油圧のパワーを上げれば、ASTACOの油圧ポンプが停止してしまうレベルとなってしまう。
何という堅さだろうか。これは鉄や鋼鉄ではなく、全く別のもっと硬い金属か合金なのだろう。
守護者ゴーレムの岩石製とは、比べものにならない程、硬く頑丈な球形間接だった。
球形間接を鋏込んでいたASTACOの左腕のカッターを開くと、驚いた事にカッターの刃が毀れていた。
駄目だ、漆黒のゴーレムを破壊する事は勿論、行動を止めることすら難しい。
俺は苦し紛れに刃毀れしてしまった左腕の鋼鉄製カッターで、漆黒のゴーレムの胸部を激しく何度も突いた。
ガーン、ガーン、ガーンと激しい打撃音がし、その音はまるで元居た世界の寺の鐘が鳴るような激しく大きな音だった。
すると、どうした事だろうか。それまで激しくASTACOの右腕から逃れようとして、自らの両腕で藻掻いていた漆黒のゴーレムが少し大人しくなったのだ。
俺の苦し紛れのASTACOの左腕による、パンチ攻撃に効果があったのだろうか。
既に、ASTACOの左腕の鋼鉄製カッターの先端は既に欠け落ちていたが、パンチ攻撃が有効なのであれば、そんな事は無関係だ。
俺は、更に漆黒のゴーレムに向けて、左腕の鋼鉄製カッターによるパンチ攻撃を続行する。
先ほどよりも、更にパワーを上げてのパンチ攻撃を何度も繰り返し行った。
ガーン!、ガーン!、ガーン!……と連続攻撃を続けていると、漆黒のゴーレムは完全に動作を停止して、頭部で黄色く輝いていた両眼も徐々に光を失っていったのだ。
すると、ASTACOでパンチ攻撃を繰り返していた漆黒のゴーレムの胸部が、なんと観音開き状態で、ゆっくりと開き始めたではないか。
俺は、パンチ攻撃を直ぐに停止する。
そして、完全に胸部が両側に開ききると、そこには、一人の青い髪の男性が、ぐったりとして項垂れた状態で座席に座っていたのだ。
そして俺は、その男性を見知っていた。
驚いた俺は、思わず口にしてしまう。
「ロックさん……どうして、貴方がそんな所に居るのですか……」




