行き倒れ
俺がベルさんの指さす方に目を向けてみると、中央広場に出店しているアルさんの屋台でベルさん、アンさんと共に昼食をとっている時、軍曹と呼ばれる傭兵の男と三人の冒険者風の男達に囲まれて、因縁をつけられていた小柄で細身の若い青い髪をした男性が見えた。
彼は、馬車の駐車場の端に座り込んでおり、とても疲れ切った顔で虚ろな目をして、ぼう~としている。
俺は、ベルさんに「行ってみよう」と声をかけてから、彼の元へと歩み寄っていく。
俺たちが彼の直ぐ側まで行くと、彼は座り込んだまま俺の顔を見上げた。
「ぁぁぁ、昼間、助けてぃただぃた方……」
「また、お会いしましたね。とてもお疲れの様ですが、どうしたのですか?
「……ぉ恥ずかしぃながら……お腹が空いて倒れそぅなのです……ぐぅ~~」
そう彼が応えると同時に彼のお腹から、大きな腹の鳴く音が聞こえた。
どうやら、空腹で此処へ座り込んでいた様だ。
彼の力ない声が更に小さくなっていて、同時に腹の虫が大きく鳴いた事による恥ずかしさからか、顔が赤くなってしまう。
俺は、食材広場に入場する前に、ラック君へ無限収納内のコンビニの袋から、スナック類を召喚して渡した残り、即ちカツ丼弁当とカレー弁当を召喚し、座り込んでいる彼に「どうぞ、お食べ下さい」と渡す。
小柄で細身の若い男性は、俺の顔をまじまじと大きな目で見つめて言う。
「よろしぃのですか?」
「構いませんよ。自分たちは帰宅すれば夕食ですから、遠慮せずに食べてください。こちらの黄色いソースのは少し辛いので、こちらの卵のかかった方からどうぞ」
「……ぁりがとぅござぃます……頂きます」
彼は、俺の差し出すカツ丼弁当を手にとり、カレー弁当用のプラスティック製スプーンで、がつがつと食べ始める。
途中、喉に詰まらせて「げほっ、げほっ」と咳き込んだので、追加でペットボトルのお茶を召喚し、彼に渡してから告げる。
「ゆっくり食べてください。これを飲みながら、どうぞ。弁当は逃げませんから……」
「げほっ……ごくごく……ぁりがとぅござぃます。美味しぃです、これ」
「それは良かった。辛い方も美味しいと思いますので遠慮せずにどうぞ」
「はぃ、ぃただきます」
彼は、瞬く間にカツ丼弁当を平らげ、次いでカレー弁当に手をつける。
「辛ぃ……でも、おぃしぃですね。この辛ぃソース」と言って、カレー弁当も凄い速度で食べ続けた。
そして、辛かったからかペットボトルのお茶も、ごくごくと飲み干して「ふ~っ」と息をつく。
コンビニの袋には、後一本コーラもあるのだが、これは炭酸入りなので初めての人には刺激的すぎるため渡すのを止めておく。
「よろしかったら、これも如何でしゅか?」
ベルさんが、葉っぱの袋に入ったイナゴの素揚げを小柄で細身の若い男性へ差し出すと、彼は「ぃただきます。大好物です」と言いイナゴの素揚げも、ぼりぼりと口に放り込んでかみ砕いていく。
この男、相当に空腹だった模様で、ベルさんが差し出したイナゴの素揚げも瞬く間に全て食い尽くした。
まるで、イナゴが稲の穂を食い尽くす様で、これでは、どちらがイナゴか判らない程だ。
「落ち着きましたか?どの位、食事をしていなかったのですか?」
「はぃ……スベニに来てからですので、二日間ほど経ちます……」
「それは……大変でしたね。所持金をお持ちで無かった……まさか、あの傭兵達に取られたのですか?」
「ぃぇ、違ぃます。スベニへ入る前に落としてしまぃました……僕の不注意です」
「そうですか、それはお困りでしょう。少額でよろしければご用立てしましょうか?」
「ぇぇっ……見ず知らずの僕に、そんなご親切を……何故ですか?」
「いや、困っている人を見過ごすなと親から言われて育ったもので他意はありません」
「……何時ぉ返しできるか分かりませんが、それでも構ぃませんか?」
「構いませんよ。自分の国にある言葉で、ある時払いの催促無し、です。返済可能になったら、商業ギルドへ届けてください。あっ、申し遅れました。自分はジョー、ジョー・ジングージと言います。よろしく」
そう言って、俺は彼に向けて右手を差し出すと、彼も立ち上がり俺の手を取り自己紹介をしてくれる。
「僕は、ロックです。南の開拓村の出身です」
「こちらの女性はベルさんと言います」
「ロック様、私はベルと申しましゅ……」
ベルさんが、長い兎耳をぴくぴくさせながらお辞儀をすると、ロックさんもベルさんへ「よろしくです」と頭を下げた。
俺は、彼に当面必要と思われる金額を渡すと、彼は「こんなに……」と驚いていたが「気にしないで」と言って彼に渡す。
そして、彼の食べた弁当の空容器とペットボトルを回収し、無限収納へ格納した。
彼は、何度も俺達に礼を言い、そして何度も頭を下げた。
俺とベルさんは、「それじゃ、またお会いしましょう」とロックさんへ言い、その場を離れてラック君の待つ馬車へと向かう。
少し歩いてから振り返ると、彼はまだ俺たちを見続けており、俺が振り返るのを見ると再び頭を大きく下げるのだった。
「ジングージ様……よろしかったのでしゅか?」
「うん、困っていたのは間違いなかったからね。自分が彼の立場だったらと思えば、いいんじゃないかな」
「ジングージ様は、お優しいのでしゅね……」
「困っている人を助けるのが自分の仕事……なんだって気がするんだよ」
「はい……素敵でしゅ……」
一日に二回もピンチに遭遇していたロックさんと、再び偶然遭遇したのも何かの縁だろう。
そう考えると、俺は、二回も彼の力になれた事が本当に嬉しかった。
馬車の駐車場を、精米済みの米10Kgの袋を肩に担いで暫く歩き、ラック君の待つ馬車へと戻ると、馬耳のラック君が笑顔で御者席から出迎えてくれた。
「ジングージ様、お帰りなさいませ」
「お待たせ、ラック君。それじゃ商業ギルドまで戻りましょう」
「はい、ジングージ様」




