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稲子

「あいよ、タコの乾物かい。一枚、銅貨二枚だよ。10枚なら銅貨15枚にしてやるよ」

「そうですか。では十枚ください」

「おや、兄さん、気前がいいね。毎度ありがとうね」

「いや、十分に安いですよ。こちらこそ、ありがとうございます」


 恰幅の良いおばさんは、笑顔で蛸の燻製10枚一纏めをひょいと持ち上げて、そのまま俺に渡してくる。

 俺は、財布から銅貨15枚を取り出して、おばさんに渡すと「はいよ、確かに」と、おばさんが受け取った。

 俺は、続けて、おばさんへ尋ねる。


「烏賊の乾物はないですか?」

「イカかい?悪いねぇ~、売り切れちまっているんだよ。酒の(さかな)には、あっちの方が人気あるからねぇ」

「そうですか、それは残念です。また入荷しますか?」

「ああ、来月の船便で届くはずさね。また来ておくれよ」

「判りました。それじゃ、また来ますね」

「あいよ、毎度あり」


 目的の食材である蛸の乾物は、手に入った。

 目的では無かったが、烏賊の乾物、即ちスルメもある事が判明したので、これは楽しみだ。

 出汁の素となる乾燥昆布と乾燥茸もゲットできたし、これで、たこ焼きの材料は揃ったことになる。

 時間は、まだたっぷりとあるので、俺は他の食材も見て回る事にし、兎耳少女のベルさんへ調味料と穀物のある場所へ案内を頼む。


「穀物類は、こちらになりましゅ」


 ベルさんに案内してもらい、穀物類の販売露天が集まっている場所へとやって来る。

 殆どは麦関係で、大麦、小麦などがメインで売られていたが、流石に交易の中心地となるスベニの市場、俺の探していた穀物もあった。

 それは、俺は勿論の事、日本人だけではなくアジア民族の主食、米だ。

 精米された米ではなく、籾に包まれた状態の米や、玄米の状態の米などが並んでいる。


 実は、アントニオさんや、エルドラさんが、戦闘糧食Ⅰ型の白米を食した際、米の存在を教えてくれたのだ。

 スベニでは、主食ではないが南方系の人々が好んで食べているので、食材市場でも少数だが取り扱っていると教えてくれた。


 同じ米でも、日本で主に食されているジャポニカ米ではなく、東南アジアで主に食されているインディカ米が多い様だ。

 また、見た目では判別できないのだが、餅米とか、うるち米らしき品種もあるようだ。

 取り敢えず、唯一精米されていたインディカ米らしき品種を、一袋だけ購入してみることにする。


 一袋は、10Kgが基準の様で、麻袋に詰められた状態で販売されている。

 日本だと半分の5Kg袋が標準だが、この価格で貨幣価値の基準が判るかもしれない。

 価格を尋ねると、銀貨5枚だと言う。

 高いのか安いのか判断に困って、ベルさんに小麦一袋で幾らくらいかを尋ねてみると、「銀貨三枚前後でしゅ」と言う。

 どうやら小麦よりも、米は圧倒的に高価らしいことが判った。


 蛸の乾物は、ベルさんに持ってもらい、俺は精米済みの米10Kgの袋を肩に担ぎ、最後の捜し物、調味料の露天販売地域へとやって来る。

 多種多様の調味料が販売されているが、メインは塩と砂糖などの基本的な調味料で、香辛料のたぐいは非常に少なく、有っても、かなり高価な値付けがされていた。

 この異世界でも金と同等の価値が胡椒にあるのかどうかは不明だが、貴重品であることは、アントニオさんから既に聞いている。


 俺が探しているのは、日本食には欠かせない味噌と醤油だが、残念ながら探し出すことは叶わなかった。

 ただ、醤油の代わりにはなるだろう、魚醤(ナンプラー)に似た調味料を見つけた。

 タイ王国では、普通に醤油の代わりに庶民はナンプラーを用いていたし、俺も試してみたことが有るが似てはいるが非なる調味料だ。


 ナンプラーに似た調味料は、陶器による小瓶で販売されており、小瓶一つで銅貨5枚だったので、これも試しに購入してから指に垂らして舐めてみた。

 ちょっと癖はあるが、十分に美味しい。

 焼き魚などには、最適かなと思うが麺類などにも合いそうだ。

 出汁が作れる様になれば、このナンプラー・モドキで麺つゆを作り小麦粉で、うどんも作れそうだ。


 食材の買い物も終わったので、ラック君の待つ馬車の駐車場へと向かう。

 食材市場から出た所には、無数の屋台が出ており、美味しそうな臭いが食欲を刺激する。

 ふとベルさんが、きょろきょろと回りを見始め、「ジングージ様、ちょっと宜しいでしゅか?」と尋ねてくるので、「何?いいよ」と応えるとベルさんは、小走りで一つの屋台目掛けて走って行った。


 その場で少し立ち止まってベルさんが走って行った屋台を眺めていると、珍しくベルさんが屋台で買い物をしている。

 何を買っているのだろうかと思いながら待っていると、ベルさんが何かの葉っぱで作られた袋状の包みを持って戻ってきた。


「ジングージ様、お待たせしましゅた。私の大好物なのでしゅ……」

「その葉っぱの包みの中のもの?何だか、凄く香ばしい香りだね」

「はい、ジングージ様もどうぞ、お食べになってみてくだしゃい……」


 ベルさんが葉っぱの包みをそっと開くと、中には素揚げされた稲子(イナゴ)が沢山入っていた。

 ベルさんが「どうぞ……」と言うので俺は、躊躇することなく、ひとつまみ指で掴んで口に放り込んだ。

 油での素揚げに、塩をまぶしただけのシンプルな料理だが香ばしくて美味い。


「美味しいね。ベルさんの好物なの?」

「はい……小さい頃に、母がよく作ってくれましゅた……」


 そう言って、ベルさんは、イナゴの素揚げを美味しそうに口に運んだ。

 俺は、ベルさんの持っている葉っぱの包みから、もうひとつかみイナゴの素揚げを貰い自分の口に放り込む。

 パリパリとした食感の塩味は、スナック感覚で食べ始めると止められなくなる。


 イナゴの素揚げを、ポリポリと美味しそうに口へ運ぶ兎耳の美少女メイド。

 恐らく、異文化耐性の無い日本人が、この姿を見たら恐ろしくシュールな光景に見えるだろう。

 カルチャー・ショックは、嫌悪感を伴う場合があるのだが俺にはその耐性があった。

 過去にタイ王国の首都バンコクで、兎耳は無かったが可愛い少女が美味しそうにイナゴを頬張る姿を見た経験もあるし、それを貰って食べた事もあるのだ。


 イナゴは、漢字で稲子(・・)と書き稲の害虫だ。

 日本でも昔は、佃煮などにして普通に食されていたが、現在は珍味としてゲテモノ扱いだ。

 しかし、それは日本だけの事でタイ王国などでも普通に屋台で売られている、オーガニック・スナックだ。

 日本で食されなくなったのは、米に農薬を使う様になり、イナゴが減少してしまった事や、西洋化が進んでしまった事などが原因なのだろう。


 しかし、東南アジアの米生産国では、農薬などの使用も少なく、未だにイナゴも大量発生し、それを捕獲して食用にしているのだ。

 なにせ、米を主食にしているイナゴ、不味いはずもない。

 異文化への接触は、なにも異世界に来なくても、日本以外の他の国、特に東南アジアへ行けば元の世界でも体験できる。


 そんな事を考えつつ、イナゴの素揚げを食べながら歩いていると、ベルさんが突然に横の方を指さして言う。


「ジングージ様、あの方は昼間、傭兵に虐められていた方でしゅ」






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連載中:『異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~』

作者X(旧ツイッター):Twitter_logo_blue.png?nrkioy) @heesokai

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 日本ではイナゴをもう食べない様な事が書いて有りましたが、東北の私の住む県庁所在地では、季節になると普通にスーパーで売ってます。
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