食材市場
「たこ焼き?タコとは、海で捕れる気持ち悪い生き物か?小僧……ジョー?」
「そうです、蛸です。烏賊と似ていますが、どちらも美味しいですよテンダーさん」
「良くあんな物を食う気になるな。魔物になればクラーケンと呼ばれる化け物じゃぞ」
「小さいのは、美味しいのですよ。生でも食せますが、それは海沿いだけでしょうけど……」
「ジングージ様、どちらも乾物であれば、この街の食材市場にもございます」
「そうなんですか!さっそく食材市場を探してみますよ、アントニオさん」
「まあ良いぞ。お主が美味いというなら、美味いのじゃろうて……おい、弟子よ、他の弟子を使っても構わんから、大急ぎで作ってやれ」
「はい、親方。……厚手の鉄板だと加工に少し時間が入りますから、明日の夜まで時間を下さい」
「よかろう。と言う事だ、小僧……ジョー。試食には儂も呼べ」
「はい、試食会は二日後の昼ということで、お願いします」
それにしても、ドワーフ職人やっぱり半端無く凄いな。
たこ焼きの鉄板型を、僅か一日で作るのかよ。
一週間くらいは、作るのに要すると思っていたのに。
テンダーのおっさん、食欲に負けて弟子全員で作らせるとは、未知の物や食品に対する興味が相変わらずブレないおっさんだ。
これは、早々に市場へ出向いて、海産物の食材を探しに行かねばならない。
蛸の乾物をお湯で戻して使うか、或いは別の食感の似た食材を使うかを、吟味しないといけないだろう。
更に、お好み焼きの元と、たこ焼きの元では、同じ小麦粉ベースであっても微妙に違い、だし汁の存在が、たこ焼きには不可欠だ。
それらも探さねばならないから、早速に俺は食材市場へと向かう事にする。
スベニの街には、幾つかの市場があり殆どは東側にある。
これは、東に流れている大河から、南北の都市からの交易品が船便で運ばれてくるため、スベニの東側に市場も作られているのだそうだ。
ちなみに、城壁の東側の外には、大きな船着き場が港湾としても機能しており、大河を東へ渡る渡し船の発着港にもなっている。
食材市場までは、街の中心から遠いので、アントニオさんが馬車を貸してくれた。
もちろん俺は、馬車の扱いなどは出来ないので、御者の馬耳少年のラック君付きだ。
食材市場も広く大きいので俺が迷子にならない様、食材の買い出しに良く行く、兎耳メイドのベルさんも同行させてくれたのは有り難い。
ラック君の御者で、スベニの街の食材市場へ到着しする。
商業ギルドのある中央広場から東西の大通りを、ゆっくりと進んできたので所要時間は約30分程を要した。
大凡中央広場から東西南北の城門までが馬車で急いで20分、普通に走って30分というのが、この自由交易都市スベニの大きさだ。
市場には、大きな駐車場が併設されており、食材市場だけではなく他の市場へ行くにも、ここに馬車を止めて行くのだそうだ。
ラック君は、ここで馬車と馬の世話をしながら待つと言う。
俺は、ラック君へ、無限収納内のコンビニの袋から、スナック類を召喚し食べていてくれと言う。
ラック君は、「ジングージ様、有り難うございます」と、破顔して礼を言った。
既に何回か、ベルさんやラック君にもスナック類を食べてもらっていたので、かなり嬉しかったのだろう。
「ジングージ様、食材市場は人が多いので、私から離れないでくだしゃい」
「うん、よろしくねベルさん。海産物などの乾物売っている所、知っている?」
「はい、知っておりましゅ……。野菜などの乾燥品も同じ所で売っていましゅ」
「そうなんだ。生ものは別の場所なの?」
「はい、そうでしゅ」
俺は、ベルさんの後に引っ付いて、食材市場の人混みの中を進んでいく。
周りは、テント張りの小さな出店や露天店ばかりで色々な食材を売っている。
東南アジアのマーケットが、こんな感じだ。
よく似ているマーケットだと、タイ王国のバンコクの北にあるウィークエンド・マーケットこと、チャトゥチャック・マーケットを思い出す。
そして、チャトゥチャック・マーケットと此処も同じで兎に角人が多い。
それも女性ばかりが目に付くのは、町中と同じだ。
しかも、この異世界の男女比以上に、この市場には女性が多いのだ。
俺は、これまで疑問に思っていた事をベルさんに尋ねてみる。
「ベルさん、何故、若い女性達は髪を長くしていて、少しお歳をめした女性は短くしているの?」
「はい、ジングージ様。未婚の女性は髪を長くしていましゅ。既婚女性は髪を切る仕来りでしゅ。アズマ国では違うのでしゅか?」
「そうだったんだ……いや、俺の居た国では、未婚や既婚で女性の髪の長さが違う事は無かったよ」
「そうでしゅか。エルフ族は結婚しても髪を切らないそうでしゅ。髪が伸びるのが遅いとか……エルドラ様が言っておられましゅた」
「へぇ~、そうなんだ。エルドラさんって、結婚しているの?」
「いいえ、していましぇん……」
そう言うとベルさんは、長い兎耳をぴくぴくさせて、俺の方を一度振り返ってから、また人混みの中を前に進み始めた。
少しだけ、俺は不味い質問をしてしまった事に気がつく。
若い独身女性に、他の女性の既婚の有無を尋ねるのは、基本的に良くないよね。
この異世界では、15歳はもう立派な成人なのだから。
少し反省して、気持ち足早やになったベルさんの後を追う。
20分ほど食材市場の雑踏の中を二人で進むと、仄かに磯の香りが漂う区画に到着する。
売られている食材は、殆ど全てが乾物や乾燥食品ばかりだ。
ベルさんは、「こちらが乾燥食材の区画でしゅ」と、俺に教えてくれる。
機嫌は、既に直っているみたいで少し安心した。
俺は、並べられている乾物類を吟味していくが、蛸や烏賊は中々見つからない。
しかし、だし汁の元となる食材は、案外簡単に見つける事ができた。
先ずは、乾燥昆布の束だ。
それに、少し離れた場所では、乾燥茸も見つけた。
椎茸に似ており、香りも近いので少なくとも同じ仲間の茸だろう。
俺は、乾燥昆布と乾燥茸を迷わず購入する。
そして、暫く露天の店先に並べられている乾物を見ていくと、今回の主目的である蛸の乾物を発見した。
烏賊は、見あたらないが平べったく日干しにされた乾燥蛸の束が山積みで売られている。
俺は、その露天の店主らしき恰幅の良いおばさんへ声をかけた。
「すいません、この蛸の乾物が欲しいのですが、お幾らでしょうか?」




