女神の使徒
アンさんとベルさんが驚いている姿に、中央で傅く初老の女性が更に言う。
「アン……アンジェリカ、そしてイザベルも、女神様の使徒様の御前です。跪きなさい」
「はい、院長先生!」
「はい、判りましゅた!」
二人は、初老の修道尼風の女性に言われるががまま、その場に跪き頭を俺に下げる。
一番、驚いているのは、俺だったが、アンさん本当は、アンジェリカって名前なんだ。
それにベルさんも、イザベルが本名なんだね。
それにしても、この状況は、全く不可解で頭は混乱している。
「あの……自分は、ジョー・ジングージと申します者で、決して女神様の使徒などではありません。あっ、迷い人でして……過去の記憶は一部ありませんけど」
「ジョー・ジングージ様、私は、この孤児院の院長、そしてスベニの教会で、司教を努めておりますマーガレットと申します。以後、お見知りおき下さると大変に光栄でございます」
「はあ、マーガレットさんですね。こちらこそ、宜しくお願い致します。兎に角、その場をお立ちください。お話はそれから……」
「滅相もございません。女神様の使徒様の御前で、その様な失礼な事をすれば天罰が下りますゆえ、このままでお許し下さい」
「あっ、いや、自分は女神様の使徒などではありません。何か、マーガレットさんは勘違いをされているのだと思いますが……」
すると、マーガレット司教は、顔を少し上げて俺の方を見る。
その目は片方が金色をし、もう片方は灰色、いや銀色をしたオッド・アイだった。
そして、一瞬だけ金色の方の目が少し光った様に見えると、マーガレットさんは言葉を続ける。
「いいえ、ジングージ様、貴方様は間違いなく女神様の使徒様です。その証拠に、貴方様は女神様の加護と同時に祝福をお持ちです。過去に、女神様の加護と祝福を両方頂いたのは、80年前の勇者コジロー様以来、この世の中には現れて居ないと聞いております」
マーガレットさんが指摘する、女神様の加護。
確かに、俺は持っているし、同時に祝福も頂いた。この二つを女神様に授かった者、イコール女神様の使徒と呼ばれるのか。
それにしても、マーガレットさんの眼力、特に金色の目の力は凄い。
女神様に頂いた能力が見えるのか……これは、言い逃れが出来ないみたいだ。
「そうですか……マーガレットさんは、女神様の加護と祝福などが見えるのですか?」
「仰せの通りです、ジングージ様。私が女神様より頂いた祝福の力でございます。神眼あるいは真眼とも呼ばれており、真実を見極める目でございます」
「真実を見極める目をお持ちなのですか。それでは、自分が女神様の加護など持っていないと称しても無駄なのですね……」
マーガレット司教は、頷いて応える。やっぱり、嘘はバレてしまうのか。
こうなると、真実を話すしかないみたいだ。
腹を括って、この異世界へ、女神様によって連れてこられた事を言うしかないのか。
それにしては、アンさんとベルさんも同席している、この状態では話しづらい状況なのも困ったものだ。
「アンさん、ベルさん、お願いがあります。聞いてくれますか?」
「はい、ジョー兄さん。何でも言ってよ」
「ジングージ様、なんなりとお申し付けくだしゃい」
「俺に……自分が、女神様の加護と祝福を持っている事、誰にも言わないと約束してください」
「……女神様の加護を持っていたんだね、ジョー兄さん。ワイバーンを一人で片付けるんだものね。アタイは約束するよ!命にかけても言わないよ」
「いや、アンさん、命にはかけなくてもいい。いや、絶対に人の命の方が大事だから……自分や身近な人、大勢の命が助かるなら、こんな事は話したって構わない。それも約束して」
「……わかったよ、ジョー兄さん。約束するよ」
「私も約束しましゅ……ジングージ様」
「そちらのお二人も、よろしいでしょうか?」
「はい、使徒様。女神様に誓って……」
「もちろん、使徒様のお心のままに」
俺は、マーガレット司教を残し、アンさん、ベルさん、そして二人の修道尼風の女性には、申し訳無いが退室をお願いする。
マーガレット司教が頷き、4人が部屋の外へと出てゆくのを確認し、俺は、マーガレット司教にソファーへ座る様お願いをした。
彼女は、何度も拒否したが、俺も立ったままでは話しづらいと言い、なんとか席に座って貰う。
それから、元の世界での出来事や、女神様に会った事、この異世界へ女神様から招かれて来た事などを、マーガレット司教へ詳細に説明した。
彼女は、「女神様にお会いになられたのですか」と驚いていたが、名前を聞き忘れたと言うと絶句してしまう。
そして、女神様のお名前は、フノス様だと教えられ、やっと女神様のお名前を知る事が出来た。
更に、俺が元の世界で助けた眷属の狼は、フェンリルと呼ばれる神獣だった事なども教えて貰った。
また、俺が迷いの森の中にある女神様の神殿で、この異世界に出現した事には、「長きに渡り、宗教関係者が探し求めていた、幻の神殿です」と言った。
言い伝えでは、300年か400年かは不明だが、大きな神々を巻き込む戦いがあり、その際に場所が判らなくなってしまった神殿なのだという。
女神様が、俺に与えてくれた加護についても、概略は説明した。
元いた世界の武器が使えるが、それは自分や、民を守る武器であることも伝え、自らは先制攻撃を行うことも、元の世界では禁じられていたので、この異世界でも同様に武器を扱うと熱弁する。
軍隊と自衛隊の違いなんて、なかなか理解は出来ないとは思うが、侵略戦争には荷担しないという事だけは、理解して貰う。
一方的に、自分の事ばかりをマーガレットさんへ話し続けたので、俺の方からも幾つか質問をしてみた。
まずは、一番気になっていた勇者コジローさんの事だ。
なんでも良いから教えて欲しいというと、勇者コジローさんが戦いをしていた際の絵画が残されており、この教会にもそのレプリカが飾られているとの事。
是非、拝見させて欲しいとマーガレット司教へ頼むと、快く承諾を頂けた。
俺たちは、執務室を出て、教会の建物へと移動する。
廊下には、アンさんやベルさん、それとマーガレット司教さんの側近二人も、待っていたので、一緒に教会へと移動する。
そして、教会の中へはいり礼拝堂まで行くと、大きな絵画がそこにあった。
「これは……旧日本陸軍の八九式中戦車か……」




