教会と孤児院
自由交易都市スベニの街では、朝6時、昼12時、夜6時の一日三回、教会の鐘が鳴らされる。
日の出などには、無関係で鳴らされるので、恐らく教会でもドワーフ製の時計を用いているのだろう。
俺は、毎朝の起床を朝の鐘の音で目覚める習慣が既に身につき始めていた。
鐘の音は少なくとも、起床ラッパよりは心地良いと思っている。
今日は冒険者の少女アンさんが、ウッド・ランカーからレザー・ランカーへ昇格できたので、その報告のために、教会に併設された孤児院へ報告に行くというので、それに付き合う約束だ。
教会の場所が、街の何処なのか不明だったので、兎耳少女のベルさんへ尋ねたら、彼女が孤児院まで案内してくれるというので案内をお願いする。
「ジングージ様、私もアンちゃんと同じ孤児院の出身なのでしゅ」
「そうだったんですか。では、ベルさんとアンさんは、お友達?」
「そうでしゅ。アンちゃんとはずっと孤児院で一緒でしゅた」
「ひょっとして、二人は同じ歳?」
「はい、今年で15歳になりましゅた」
「ふ~ん、それじゃ、ラック君も同じ?」
「いいえ、ラックは孤児院の出身ではなく、東の遊牧民の出でしゅ」
「へー、遊牧民だったのか。馬人族って、遊牧民が多いの?」
「はい、馬人族は馬と共に暮らしており、東の草原が遊牧の場所でしゅ」
「そうなんだ、だから馬の扱いが上手なんだね」
そんな世間話をベルさんとしながら、俺たちはスベニの街の教会へとたどり着く。
教会の前には、88式鉄帽を背中に回して、ぶかぶかの防弾チョッキ2型を着込んだアンさんが既に待っていた。
随分と装備を気に入ってくれた様で、ちょっと嬉しくなる。
対する俺はと言えば、いつもの戦闘服ではなく今日は私服だ。
お気に入りの私物スニーカーとジーンズに加えて、ラフなシャツの上にMA-1フライト・ジャケットを羽織っている。
武装無しの丸腰は、避けたかったので、ベルトに9mm拳銃を下げ89式多用途銃剣も装着していた。
「ジョー兄さん、おはよう。なんだ、ベルちゃんも一緒だったのかよ」
「アンさん、おはよう。ベルさんに此処まで案内してもらったんだ」
「アンちゃん、おはようございましゅ……」
アンさんは、ベルさんが一緒だった事に、少し不満げな表情をする。
しかし、直ぐにいつもの元気娘に戻り胸元へ手を突っ込むと、嬉しそうにワイバーンの鱗で作られた身分証明票を、俺に見せた。
「見て、見てよ。レザー・ランカーに昇格できたよ。しかも、ワイバーンの鱗で出来た身分証明票だよ。冒険者ギルドでも初めてだって、ギルマスが褒めてくれたよ!」
「やっと出来たんだね。テンダーさんが硬くて加工が大変だって、ぼやいてたけど」
「うん、生産ギルド長には、出世払いだって言われたよ……」
「はははは……、それは冗談だと思う。加工費は冒険者ギルドが支払うって聞いたけど」
「え~、そうなの……アタイ、騙されたのかよ……」
「アンちゃん、いいなぁ~私も欲しいでしゅ~」
しまった、同じ孤児院の出身で同い歳だもんな。
こりゃ不味いと思ったが、既にワイバーンの鱗や素材は、全て商業ギルドへ渡してしまっているので手元には一枚も残っていない。
毎日身の回りの世話をしてくれているベルさんに、何もお礼をしていない事に気がつく。
「ベルさん、ごめんね。今度、何かモンスターを討伐したら、ベルさんにも素材を上げるから」
「ジングージ様、ありがとうございましゅ。私、楽しみに待っていましゅ」
「うん、楽しみにしていてね」
ベルさんは、笑顔でキラキラした眼差しを俺に向けてくる。
すると再び、アンさんの不機嫌な顔が戻り、少し横目でベルさんを睨んでいた。
う~ん、どうも同い歳の女の子って扱いが難しい。
15歳って言えば、元の世界だと中学生くらいだ。
俺の妹が中学生くらいの頃、何気に扱いづらかった事を思い出す。
アンさんは、「じゃ、院長先生のとこ行くよ」と言って、教会の入り口から少し離れた脇の細い路地へと向かう。
「孤児院は、教会の裏にありましゅ」と、ベルさんが教えてくれる。
少し路地を進むと、広めの畑の様な場所へ出て、その畑の奥に三階建ての建物が見えた。
アンさんが建物を指さし、「あそこが孤児院だよ」と言って小走りに向かって行く。
孤児院の建物に入ると、小さな子供達や西洋風の修道尼風の出で立ちをした女性達が居た。
その一人に向かって、アンさんが元気一杯に告げる。
「アンです。ベルも一緒です。院長先生に会いに来ました」
「おやおや、アン、それにベル、元気そうですね。院長先生は、執務室におられますよ」
「はい、では執務室に行きます」
「お久しぶりでしゅ……私も一緒に行きましゅ」
「はい。アン、お待ちかねですよ。ベルも一緒に行きなさい」
そう言うと修道尼風の女性は、俺の方を見ると頭を少し下げた。
俺も、それに応える様に頭を下げて「私も失礼します」と言ってから、アンさんとベルさんの後に続く。
二人は、嘗て住んで居た孤児院なので、迷うことなく廊下の奥へ進んでいき、一番奥の部屋まで行くとアンさんがドアをノックした。
「院長先生、アンです。ベルも一緒です」
「……二人とも入りなさい」
ドアの奥から、優しげな女性の声で入室を許可する言葉が聞こえた。
アンさんがその声に応じて、静かにドアを開け淑やかに部屋の中に入る。
ベルさんが、それに続いてゆっくりと入室しようとしたので、俺は少し躊躇いベルさんに言う。
「ベルさん、俺は廊下で待つから、院長先生に同席して良いか聞いてくれる?」
「はい、ジングージ様。ちょっとお待ち下しゃい」
二人が入室して、ドアが閉められる。
俺が、その場で待つことを選んだのは、多分アンさんは俺が一緒だという事は伝えてい無いはずだ。
そもそも、俺が同席する意味があるのかどうかも、教会側からすれば疑問なのだが、宗教関係者であれば、勇者コジローさんの情報なども持っているのではないかという事で、事前のアポ無しで一緒に来たのだ。
それから、何よりも迷いの森にあった、女神様の神殿に関する情報を知りたかった。
商業ギルドや冒険者ギルド、更には物知りドワーフのおっさんでさえ、迷いの森の中にある女神の神殿に関して、どうも全く知らない様子だったので、教会関係者に尋ねてみるのが一番だと判断したのだ。
なにしろ、女神様のお名前すら愚かにも聞き損じてしまっていたので、女神様の事も詳しく、お聞きしたかった。
「ジングージ様、院長先生がお会いしゅるそうでしゅ、どうぞお入り下しゃい」
「はい、ありがとう。ベルさん……失礼します」
俺は、ベルさんが開けてくれたドアから執務室へと入った。
執務室は、広くドアの脇にベルさんが立っており、その奥にアンさんが立っている。
更にその奥の窓際に、三人の修道尼風の女性が立っていた。
両端の女性は若かったが、真ん中に立っていたのは初老の女性だ。
皆、優しそうな顔立ちをしていた。
しかし、真ん中の女性は俺の顔を見るなり驚きの表情をして、その場に跪いてしまう。
それを見た両脇の若い女性二人も、それにならい直ぐに跪く。
アンさんとベルさんも、三人の女性が跪いたのに驚き慌てふためいて、おろおろとしている。
そして、真ん中に傅く、初老の女性が徐に口を開く。
「女神様の使徒様、ようこそ下界へお越し下さいました」




