平穏なる日々
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ワイバーン討伐から10日が経過した。
この異世界では、一週間という概念による日数の単位は無く、1ヶ月を区切るのは、10日単位が普通だという。
1ヶ月が30日と一定なので、わざわざ7日間という区切りをしないのだろう。
もちろん、曜日という概念も無いので、一定した週末の休日という考えも無い。
殆どの商店は、年中無休が基本の様だ。
冒険者達はと言えば、依頼を達成して報酬が入ると、普通は休日を適当に入れる。
昔の江戸っ子の様に、宵越しの銭は持たないに近い考えなのかと思うと、そうでも無くちゃんと蓄えはしている様だ。
生産者ギルドに属する職人や農民なども、年中無休が基本で必要な時に休みを取る様だ。
俺はと言えば、アントニオさんの家で厄介になっており、文字どおりの居候生活である。
手持ちの金は、この異世界にきた時点では無一文だったが、オーガを三匹、ワイバーンを一匹、素材として買い取って頂いたので、冒険者のギルさんなどに言わせると、俺は大金持ちとの事。
アントニオさんには、「自分は宿へ行きますから」と言ったのだが、「気になさらずとも、ずっと滞在して頂きたいのです」と言って、引き留められている。
無理にでも出ようとすると「それはなりませぬ」と断固拒否されてしまうので、甘えてアントニオさん宅への滞在――居候――を鋭意続行中だ。
三食昼寝付きなんて生活、正直なところ希望していた訳でもないのだが現状はそれに近い。
朝起きると、兎耳少女のベルさんが「ジングージ様、朝食の準備が調いましゅた」と、わざわざ迎えに着てくれ、アントニオさん一家と一緒に朝食を頂く。
ちなみに、アントニオさん一家は、商会の後を継いだ長男が、既に独立して別の家に住んでいる。
アントニオさんの妻達は、三人おり話しを聞いてみると、三姉妹なのだそうだ。
一般的な結婚の場合、妻となる女性の姉妹を、希望があれば一緒に嫁として迎えるのが普通なのだそうだ。
やっぱり、一夫多妻が普通の異世界だったのには、正直ちょっと引いた。
長男夫婦にも紹介されたが、こちらは、二人の妻を娶っていた。
また、アントニオさんの長女も既に嫁いでおり、俺と会った時は、西の城塞都市タースへ長女の子が生まれたので会いに行った帰路だったとか。
アントニオさんのお孫さんは、元気な女の子で、もう可愛くて仕方がないのだとか。
うん、どこの世界でも、お爺ちゃんは、孫――特に女の子――が可愛いよね。
長女が嫁いだのも商家で、孫に会う次いでに、長男に頼まれた交易品を運んだのだそうだ。
西の城塞都市タースでは、特に産物も無いので帰路では、空荷の馬車だったが、それがオーガ3匹を満載で帰れたのだから、何が幸いするかは判らないと笑っていた。
生産者ギルドの方は、缶詰の試作製造が開始されている。
驚いた事に、テンダーおっさんの弟子トマスさんに頼んだ、缶の切断は見事に実行されたばかりでなく缶の接合部である、
二重巻締までも、完全に再現してしまっていたのだ。
ドワーフの技巧能力、恐るべし。
更に缶の筒部分の接合までも、この二重巻締工法により鉄板から筒への加工をしていた。
二重巻締を行うための圧着には、専用の治具までも開発してしまったのだから驚く他なかった。
元の世界でも、手動で缶詰を制作する専用治具が販売されていたが、缶詰の構造を調べて、それを再現してしまうのだからドワーフの技術力は侮れない。
というよりは、テンダーのおっさんと、弟子トマスさんが凄いのかもしれない。
後は、鉄板の錫メッキによるブリキ板を生産できれば、缶詰の缶は完成する。
この異世界でも、錫は大量に存在している様で、主に青銅の生産に利用されているのと、銅貨の下の通貨は錫貨が流通しているのだそうだ。
メッキの技術は、金や銀で確立しているので、その応用でなんとか目処は立っているとの事。
さて、一番厄介だったのは、ドワーフのテンダーおっさんだ。
偵察用オートバイに乗せた後「儂にも運転させるのじゃ」と言って、何度も運転にチャレンジして、その都度転けまくっている。
この異世界には、自転車すらないので、二輪車の運転には、かなりの練習量が必要になるだろう。
しかし、凄い転び方をしても全く身体は、無傷なのだから、頑丈なドワーフ族には驚かされる。
それにしても、テンダーのおっさんは無傷でも偵察用オートバイは、そうは行かない。
城壁に激突して、ハンドルが激しく変形してしまったりした。
まあ、壊れても翌日、新たに無限収納から召喚すれば良いのだが、テンダーおっさんには「修復には時間を要します」と言って、我慢してもらう口実になった。
今度、おっさんには、自転車の構造でも教えて、再現してみて貰うことにしようと考えている。
冒険者ギルド関係では、オーガ討伐とワイバーン討伐の祝勝会が行われた。
オーガ討伐では、アントニオさん関係やギルさん達の仲間だけで、比較的少人数の穏やかな飲み会というよりは、食事会に近かったので平穏無事に終わった。
しかし、ワイバーン討伐の祝勝会は、そうも行かなかった。
何しろ参加人数が、半端な数では無いからだ。
しかも、荒くれ冒険者に加えて、底抜けの酒豪であるドワーフのテンダーおっさんが加わり、とんでもない飲み会になった。
こんなに飲めるのかという程に、テンダーのおっさんは飲みまくって、しかも「儂の酒が飲めんのかい!」と言い、飲んべえを絵に描いた様に悪酔いした。
その餌食に真っ先になったのが、アンさんやハンナさん、そしてアマンダさん達の女性陣だ。
それに加えて、当然の如く男性陣も彼の餌食になった。
特に若いガレル君などは、床で痙攣するほど飲まされた。
最も可哀想だったというか、可愛かったのが兎耳少女のベルさんだ。
「おい、兎娘、お主も飲め!」
「いえ~、私は飲めましぇん……」
「何!、儂の酒が飲めんじゃと!」
「ひぃ……飲ませて頂きましゅ……」
「よし、ほれ注いでやるぞい」
「……ぐびっ……ひぁ~……」
ベルさんは、ピンク色の兎耳がみるみる真っ赤になり、その場に倒れ込んでしまい「ひゅ~」と目を回す。
俺やアントニオさんが、直ぐに介抱に走ったのだが、「むにゃぁ……」と撃沈したままで目を覚ます様子は無かった。
その後、アントニオさん宅へ帰る際に、俺がベルさんを背負い帰る事になったのは言うまでもない。




