聖夜の鐘の音
本日二話目です。
俺は、家族一緒での食事を済ませてから、「外出する」と両親に言う。父親は、「遅くなるなよ」と言うが、止めはしない。
母親は、「寒いから、ちゃんと着ていくのよ」と、玄関で手袋を渡してくれた。
妹は、ニヤニヤしながら、何も言わずに俺に向かってウインクをする。
家の外へ出ると、少し小雨が降っているが、歌の様に雪に変わる様子は無い。
多分、もう少しすれば、雨も止むだろう。
星空が見えないのが残念な、雲で覆われた夜更け。
俺は、自転車で目的地へと急ぐ。
住宅地から商店街に入ると、人々で賑わっている。
赤い服を着て、白い着け髭に赤い帽子の出で立ちで、呼び込みをしているアルバイトの姿も多い。
赤いミニスカートと赤い上着で、ティッシュ配りをしている女子アルバイトの姿も見える。
こんな寒い中でミニスカートなんて、さぞかし寒いだろうなあと思うが楽なアルバイトなんて、そんなうまい話は、早々無い。
時給1000円もらえれば良い方なのが、今の世知辛い世の中だ。
商店街を抜けると、駅から白い箱を下げて帰宅するサラリーマンの姿も多くなる。
駅前のケーキ屋が、この日だけは改札口を出たところに出店を構えて、呼び込みに必死だ。
今晩中に売り切らないと、明日には半値セールとなってしまうだろうから。
同じ様に、出店を構えているのが、某チキン専門チェーン店。
こちらも、駅前に店を構えているのだが、何時も白い背広を着た恰幅の良い髭のおじさん人形も、今日ばかりは、赤い上下の服を着せられ、頭には赤い帽子を被せられていた。
アメリカでは、七面鳥を食べるのが慣例だが、何故か日本では鶏になっている。
それに便乗して、チキン・チェーンも商売しているのだろうけど。
商魂たくましいのは良いことだが、文化のルーツを知ることも大事だ。
もっとも、短期の日米交換留学でアメリカにホームステイしていた経験から言えば、アメリカ人は七面鳥が好きだ。
普通にコンビニでもターキー・サンドを売っているし、某地下鉄サンドイッチ専門チェーン店でも、標準メニューでターキー肉がある。
正直、七面鳥が美味いとは思わない。
俺は、少なくともチキンの方が美味いと思う。
それにも増して、アメリカのコンビニで売られていたホットドッグは美味かった。
暫く自転車を走らせると、人影もまばらとなってくる。
公園の裏手にある教会も見えてきた。
俺は、自転車を公園手前の駐車場へ止め、しっかりとチェーンロックをする。
つい先日、同級生が自転車を盗難にあったばかりだ。
先月、やっと俺も自動二輪の免許も取得できたので、自転車を卒業してオートバイを買うために、アルバイトをしている最中だが、まだまだ予定金額までは、ほど遠いのが現状だ。
公園に入り、周りを見回す。
明るい街灯の下には、いくつものベンチが設置されているが、全て先客に占有されてしまっている。
四人掛けのベンチを、二人で占有しているカップルが多い。
そんなカップルが座るベンチから少し離れた場所に、ラバーズ・ベンチ――二人掛け用――へ一人でポツンと座っている女子高校生を見つける。
俺は、足早に彼女の座っているベンチへ近づき、息を切らせて言う。
「随分早いな。待った?」
「丈くん、メリー・クリスマス。だって、早く来ないとベンチ座れなくなっちゃうんだもん」
「確かに、もう満席だな……どの位前から場所取りしてたん?」
「う~ん、1時間半くらいかな?」
彼女は、腕時計に目をやると、続けて言った。
「あはは……もう、2時間以上経っちゃった」
「バカだなぁ、寒かったろう風邪ひくぞ」
「バカって酷~い。折角ラバーズ・ベンチとれたんだから感謝してよ」
「そうだったな。ありがとう」
俺は、彼女が脇にずれてくれて、開いたベンチのスペースへと座る。
手袋を外してから彼女の手を握ると、氷の様に冷たくなっていた。
外した手袋を彼女に付けるように言うと、そのままで良いと言い、俺の手を逆に強く握りしめる。
此処は、俺たちの住む街にある公園で、別名を"恋人達の公園"という、市営のごく普通の市民公園だ。
何時もの夜であれば、こんなにベンチが埋まる訳でも無い。
クリスマス・イヴの今夜だけは、壮絶な場所取りが繰り広げられるだけだ。
この公園でクリスマス・イヴを過ごす恋人達は、幸せに結ばれるという噂がある。
まあ、女子が喜びそうな都市伝説だろうけど。
裏手にある教会からは、聖歌隊による賛美歌が聞こえてくる。
荘厳で綺麗な歌声、しかも無料のBGMとしては最高だ。
難点は寒いという点だが、身を寄せ合う口実にもなる。
彼女は、首に巻いていた長く白いマフラーを少し解き、解いたマフラーを俺の首に巻き付けた。
「丈くんも、寒かったでしょ?」
「お前ほどじゃないよ。チャリンコ、全速力で漕いで来たから身体は温かいし」
俺は、彼女の身体へ、自分の身体をより近づける。
彼女の甘い香りと、長い黒髪からのシャンプーの香りが、俺の鼻をくすぐった。
俺は、握っていた手を解き、彼女の身体を後ろから包むように抱く。
彼女は、俺の肩へ顔を深く傾けて言う。
「うん、丈くん、暖かいね。身体も……気持ちも……」
「ああ、瞳もな……」
「今年も、此処でイブを迎えられて幸せ」
「そうだな。去年は雪でホワイト・クリスマスだったけど、今年は小雨……止んで良かったな」
「うん、さっきまでは、傘さしてたんだ」
「……雨の中を待たしてゴメンな」
「いいよ。丈くん待っている時間、あたしとっても好きなんだ」
「俺は瞳と二人でいる時の方が好きだけどな」
「うん、あたしもだよ。もちろん……ずっと、二人一緒だといいね」
「ああ、俺も同じ気持ちだよ。来年も絶対、此処に二人で座ろう」
「うん!」
丁度その時、後ろの教会からキ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン……と鐘の音が聞こえてくる。
俺たち二人は、互いに見つめ合う。
「メリー・クリスマス。瞳……」
「はい、メリー・クリスマス。丈くん……」
キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン……。
俺は、遠くから聞こえてくる鐘の音で目を覚ます。
目を開くと、窓からは朝日が入って来て、既に室内も明るかった。
此処は何処だ?
一瞬、自分が何処に居るのか判らなくなった。
「瞳……」思わず口にしてしまってから、今まで夢――過去の記憶――を見ていた事を認識する。
もう瞳には、二度と会うことは出来ないんだ。
俺は、目から零れた涙を手で拭い、思わず溜息をはき出すのだった。
読者の皆様、メリー・クリスマス。




