凱旋
結局、ワイバーンは1匹だった様で、その後の襲撃は無かった。
ワイバーンが番なのかどうかは、襲撃してきたワイバーンの性別からは、判断出来ないとの事。
ちなみに、襲撃してきたワイバーンは。雄だったので繁殖のためではなく、単純に群から追われたワイバーンだった様だ。
俺達が村人達の作ってくれた昼食を取っていた頃、スベニの街から馬車に乗って、後発隊の冒険者や警備兵の討伐隊が到着する。
ここでも、俺が単独でワイバーンを撃破した事が彼らの驚愕の的となったのだが、冒険者ギルドのアルバートさんや、警備隊のアマンダさんから詳細を説明されたのに加え、ワイバーンの死体が全てを物語っていた。
大勢の冒険者達は、折角のワイバーン討伐クエストが無くなってしまった事を、嘆く者達もいる。
しかし、そこは急遽ワイバーンの解体と運搬に依頼を切り替えて、報酬を支払うという冒険者ギルドと商業ギルドの提案で、全員が納得してくれた。
特に喜んでいたのは、冒険者のゴライアスさんで、彼には俺が破壊してしまった鉄壁の盾の修理用に、ワイバーンの鱗を進呈するという事を提案したのだ。
テンダーのおっさんは「修繕費は別じゃぞ」と言って笑っていたが、ゴライアスさんは「ジョー、ありがてえ。一生忘れねえ」と、いたく感激していた。
ワイバーンの鱗は、鋼鉄並みに硬いが、軽さではアルミニウムよりもずっと軽い。
飛行するモンスターの素材ならでは、といったところだ。
これまでは、薄い鉄だけで、物理攻撃を防いでいた鉄壁の盾も、ワイバーンの鱗を用いる事で、従来よりも遙かに軽くなる上、物理防御力は、鋼の盾と同等以上になるのだ。
ゴライアスさんも喜ぶわけだ。
加えて、村で犠牲になってしまった6人の遺族の方々にも、ワイバーンの鱗を数枚進呈した。
村長にも、村の資金として同様に鱗を渡すことにしたのだが、最初は受け取ろうとしなかった。
しかし、最終的には、「ありがとうございます。ジョー殿」と受け取ってくれる。
ちなみに、破損していないワイバーンの鱗は、一枚で金貨と同等以上の価値があるのだとか。
この村まで危険を顧みずに、俺を案内してくれたアンさんにも、ワイバーンの鱗を渡す事にした。
「レザー・ランカーへ昇格の時に、これを使うといいんじゃない」と、一番小さな鱗を選んで二枚渡す。
彼女は破顔して大喜びだ。事前にテンダーのおっさんに、ワイバーンの鱗が身分証明票に使えるかは、確認してある。
硬いので加工が大変だが、使えるとういう。アルバートさんにも確認してみたら、問題なくワイバーンの鱗は、革として扱うとの事だ。
アンさんは、88式鉄帽と防弾チョッキ2型を、俺に返そうとして脱ぎ始たが、それを止めさせ言う。
「アンさんにあげるよ。これからも冒険者家業で危険な依頼を受けるでしょ。その装備はアンさんを守る助けになると思うから……」
「……ジョーさん……ジョー兄さん、ありがとう。アタイずっと大事にするよ……」
アンさんは、嬉しそうに脱いだ防弾チョッキ2型を抱きしめ、真っ赤になった顔を、88式鉄帽を深く被り直して顔を隠す。
両方ともアンさんには、ぶかぶかで大きいサイズだが、彼女にとって重要な防御装備になってくれるなら、俺にとっても本望だ。
知り合いが怪我をしたり、死んだりするのは、もうこりごりなのだ。
ワイバーンの解体に勤しむ冒険者達と、村長に事情聴取を行う警備兵、村人達はワイバーンに破壊された家屋の片付けなどを始めている。
ワイバーンの解体は、明日までかかりそうで、冒険者達は、この村に一泊するとの事。
警備兵もワイバーンの再襲来があるやもしれないため、警戒要員を暫くは駐在させるとか。
夕ご飯の支度も始まっており、簡単な祝賀会も行うという。
メイン食材は、なんとワイバーンの肉だそうだ。
人を食ったモンスターの肉を、俺は、食うことが出来ない。
しかし、この異世界では食われた人の魂が、倒したモンスターから解放されて、我が身に宿り守護霊となってくれるという言い伝えから、これが常識なのだそうだ。
元の世界でも食文化は国によって、そして宗教によって様々だったから、ここで嫌悪感をあらわにしても仕方がない。
俺も爬虫類を食した事は、もちろん有った。
鰐の肉は鶏肉と似ているので、決して不味くは無いし、蛇の肉は小骨が多いのを我慢すれば、やはり鶏肉に似ている。
多分ワイバーンの肉も、鶏肉に似た風味だろうと予想出来るが、人を食ったモンスターだという点で、俺の嫌悪感が、どうしても邪魔をする。
そんな中、ドワーフのおっさんが俺に近づいてきて言う。
「小僧……ジョーよ、儂らはお主の鉄の馬で、先にスベニへ戻るぞい」
「はあ、自分は構いませんが……」
「よし、ならばこれから直ぐに出発じゃ」
ドワーフのおっさん、やっぱり自分の好奇心に忠実だった。
要するに、偵察用オートバイへ乗ってみたかっただけなのだ。
時間的に今出発すれば、日が沈む前には、スベニに到着できるだろう。
俺は、テンダーのおっさんの好奇心を、満足させる事にする。
偵察用オートバイKLX250の後部荷物キャリアへ、俺の背嚢をしっかりと縛り付け、ちびっこいおっさん用の簡易シートに仕立てた。
偵察用オートバイのエンジンを始動し、テンダーさんを簡易シートへ乗るように指示して、俺にしっかりと捉まる様にお願いをする。
テンダーさんは、戦いのためだったのだろう、頭の先が尖った鉄製の兜を被っていたので、ヘルメットは不要だ。
おっさんがKLX250に跨ったのを確認し、俺は、ギアを入れて直ぐにエンジンを一気に吹かし、クラッチを繋いだ。
KLX250は急発進してウィリー状態となるが、流石に筋肉達磨ドワーフのおっさん、振り落とされる事もなく、「うお~、まるで暴れ馬のようじゃ」と、逆に喜んでしまう始末だ。
くそ、おっさんを振り落として驚かしてやろう、という俺の思惑が見事に外れてしまった。
俺は、テンダーさんを乗せ、街道を猛スピードで北の街道を南下し、一路スベニの街へと急いだ。
取り分け急ぐ必要性は無かったのだが、ちっこいおっさんが「小僧……ジョーよ、もっと速度をあげるのじゃい!」と叫ぶのでアクセルを回しきって、猛スピードで走らざるを得なかったのだ。
昨晩は、暗闇の中での走行だったため、街道と平行して流れる大河は視認できなかったが、今は左側にその姿を見せている。
川幅は、100m近くは有りそうで、流れる水量も多い。
水は、あまり濁っておらず、恐らく北の彼方に見えていた山からの雪解け水なのだろう。
スベニの街から更に南へと流れて、海に続いていると、後ろではしゃぐおっさんが教えてくれた。
スベニへの帰路は、昨晩の夜間走行に比べ、20分ほど短い時間で済んだ。
スベニの街へ到着すると、商業ギルドのアントニオさん、兎耳少女のベルさん、馬耳少年のラック君や、残っていた冒険者――主にレザー・ランカー――のガレル君やハンナさんに加え、残留していた警備兵の人々に迎え入れられる。
俺は、昨晩が徹夜の夜警だったので、正直なところ早く寝たかった。
そう言えば、この異世界に来てから、暖かいベッドで未だ寝ていない。
詳しいワイバーン討伐の顛末は、遠征隊が帰還してから行うという事にし、アントニオさんが用意してくれた食事を済ませ、貸してもらった彼の家の部屋で、着ていた戦闘服を脱ぎ、下着のまま倒れ込む様にしてベッドへ潜り込み、直ぐに深い眠りへと俺は落ちていった。




