ワイバーン来襲
やがて、日が昇り空は青く澄み、北の方角には遠くに山並みも見えている。
白い雲が山並みの上空に幾つか浮かんでいるが、今日もこの異世界は快晴だ。
俺は、背嚢から装備の双眼鏡を散り出して、そのストラップを首にかけた。
村長さんの話しでは、ワイバーンは北の方角から飛来して来るという情報も得ていたので、特に北方面を重点的に警戒する。
丁度、俺が双眼鏡を覗き込んでいる時、アンさんが目を覚ました。
「……ジョーさん、ゴメンよ、寝ちまったよ」
「気にしないで、いいから。それじゃ、アンさんも空の警戒をお願いするね」
「うん、判ったよ」
アンさんは、ぶかぶかの88式鉄帽を、頭の後ろへと位置を直してから、俺と並んで空を警戒を開始する。
ワイバーンの飛行速度が、どれ程なのかを知らないのだが、翼竜の飛行速度は、主に滑空だったとの説が有力なので、それ程高速で飛ぶことは出来ないのだろうと考えた。
だとすれば、最高飛行速度は時速250km/h前後で、飛行高度は500mから高くても1000m程だろう。
しかし、此処はファンタジーな異世界だ。
モンスターの飛行速度や能力に関しては、実際に遭遇するまで未知数。
オーガとの戦闘で、それは嫌という程経験した。
先入観を捨てて対処すべきだろう。と、その時、アンさんが叫んだ。
「ジョーさん、あれ!」
俺は、直ぐさま彼女の指さす方向を見る。
黒い点の様な小さな染みが、白い雲を背景にして目に入って来た。
直ぐに双眼鏡を目に当てると、その黒い飛行物体を双眼鏡のレンズが捉える。
黒い染みに見えた飛行物体は、大きな翼を広げて、羽ばたいている様に見えた。
ワイバーンだ。迷うことなく直ちに89式小銃の安全装置を、フルーオート・モードへ切り替える。
既に89式小銃の弾倉は、全て無限収納から召喚してある。
加えて、未だ使用した事がない装備として、06式小銃擲弾も5個全てを召喚しておいた。
俺の持つ攻撃用装備は、これで全部だ。
89式小銃の銃撃でワイバーンを撃退出来れば良いのだが、それは攻撃してみないと判らない。
対オーガ戦の経験から、この異世界のモンスターの皮膚は、元の世界の獣とは比較できない程に強固だ。
ワイバーンも、鱗が鋼並みと教えられていたので、遠距離からの攻撃よりは、十分に引きつけてからの攻撃が有効だろう。
俺は、双眼鏡を凝視し、ワイバーンが近づいてくるのを待ち受ける。
飛行してくるワイバーンまでの距離が300m程に近づいたので、俺は小屋から走り出す。
と同時に、「アンさんは、此処で身を隠していろ!」と叫ぶ。
アンさんは、「うん」と応えて、テーブルの下へと潜り込んだ。
打ち合わせどおりだ。広場中央の井戸から、少し離れた場所まで走っていき、ワイバーンが俺を認識し易い様に立つ。
そう、自らを囮にしてワイバーンを引きつける作戦だ。
ワイバーンが、仮に賢い頭脳を持っていたとしても、所詮は異世界のモンスターだ。
89式小銃が遠距離攻撃が可能な、この異世界には、存在しない飛び道具である事を知るはずは無い。
案の定、ワイバーンは高度を下げてつつ俺を標的――餌――として認識し、一直線に急降下を開始した。
急降下してくるワイバーンの速度は、途轍もなく速いが、全く俺に対して警戒する様子は無い。
俺は、89式小銃を連射モードにセットし、ワイバーンへ狙いを絞りトリガーを引いた。
ダダダダダダダッ!……と、5.56mmNATO弾が連続してワイバーンへ命中する。
ワイバーンは、始めて「クェー!」と叫び声を発した。
鱗に覆われている身体からは、鱗が飛び散って行くのが見え、薄い皮膜状の翼には、銃弾が貫通した穴が開く。
俺は、攻撃の手を緩める事なく、ワイバーンへの射撃を続ける。
ワイバーンは、体勢を立て直してから、翼を大きく羽ばたく。
凄い風圧が俺の身体を吹き飛ばしそうになるが、俺はそれに耐えた。
高度を再び上げようとするワイバーンに対し、2個目のマガジンに交換して更に89式小銃を連射し続ける。
標的が大きいので殆ど全弾がワイバーンへの命中しているのだが、翼以外は鱗に防御されているのか、致命傷にはなっていない様だ。
しかし、攻撃が効いていないのかというと、明らかにワイバーンは怯んでいる。
ワイバーンが高々度へ離脱する前に、更なる攻撃を行う。
オーガ戦から学んだ、頭や顔への集中攻撃だ。
翼や身体に比べると標的としては小さいが、距離は短い。
3個目のマガジンに改装し、サイトの狙いを定めて89式小銃のトリガーを引く。ダダダダダダダッ!……とNATO弾が連射され、ワイバーンの右目にNATO弾が命中すると、目から血飛沫が飛び散った。
ワイバーンは、「グギャー!」と叫ぶと、地上に向かって落下を開始する。
俺は、攻撃の手を緩めることなく、06式小銃擲弾を89式小銃の銃身へセットして、ワイバーンが落下するのを待ち構える。
ワイバーンは、広場の地面へ激突する様な勢いで落下してきた。
しかし、未だ絶命をしている訳ではなく、翼をばさばさと羽ばたく動作を止めない。
身体に比べると、凄く細身の足で地面の上に立ち、俺の方へ残った左目を俺に向け「ギャアー!」と威嚇する様に吠えた。
ワイバーンは、鎌首の様な長い首を、俺に向けて威嚇しながら近づいて来た。
俺は、冷静にターゲットが近づくのを待ち、そして、89式小銃の安全装置を、単発のタへ切り替え、トリガーを引き絞る。
ダンッ!と発射音がすると同時に、06式小銃擲弾はワイバーンへと向かって発射された。
06式小銃擲弾の爆発音がドォッカーン!と聞こえ、続いて「グゥエ~……」という叫び声も聞こえてからワイバーンは、爆煙に包まれる。
直ぐさま俺は、二発目の06式小銃擲弾を89式小銃の銃身へ装着し、爆煙の晴れるのを待った。
ワイバーンの叫び声は聞こえて来ないが、まだ生きているかどうかは判断できない。
一瞬の間を開け、俺の後方の小屋からアンさんの声が聞こえた。




