暁の静寂
「少しこの村の現状を教えて下さい。住民の方は総勢で何人でしょうか?」
「はい、ジョー殿、村人は128人でした……。ワイバーンに襲われてしまい、今は122人になってしまいましたが……」
「6名の方々が犠牲になられたのですね。お悔やみ申し上げます。それでワイバーンは何匹でしょうか?」
「恐らく1匹だと思われますが、番だとすれば交互に襲ってく可能性が多いので二匹かもしれませぬ」
「番ですか……それは、過去にも似たような事があったという事でしょうか?」
「そうです。この時期……春先には、ワイバーンの群から独立する番が現れます。それを、はぐれワイバーンと呼んでいます」
「ワイバーンの繁殖期と言うことでしょうか?」
「そのとおりでございます。既に卵を産んでおるのであれば、雄と雌で交互に巣から飛来します」
「なるほど……もう一点、過去にワイバーンによる夜襲はありましたか?」
「それは、この開拓村では有りませんでした。他の地域では腹を空かしたワイバーンが、夜も襲ってくると言われておりますが……」
「わかりました。念の為に夜襲に備えて、自分とアンさんで夜間の見張りをしましょう。村人の方々、家の外に灯りの光が漏れないようにして、お休みください」
「ありがとうございます、ジョー殿。昨夜も村人達は恐怖で殆ど寝ておりませんでした。大変に助かります」
「それで、いいよね?アンさんも……」
「もちろんだよ、ジョーさん。アタイもウッド・ランカーだけど冒険者の端くれだよ。任せてよ」
「村長さん、明日の朝はワイバーンが襲来して来るという前提で、村人の方々全員に絶対に家から出ない様に指示してください」
「はい、承りました」
北の開拓村の村長は、囲炉裏端へ集まっていた他の村人へ目配せする。
すると、村長を除く全員が扉から足早に飛び出し、漆黒の闇夜に紛れて行く。
村長が一人残っていたのでワイバーンの襲撃は、村の何処で起こったかを尋ねた。
村長は、村の広場の中央に井戸があり、その井戸への水くみ作業や、井戸の側での洗濯や食器洗いをする女衆が襲われたのだと言う。
広場中央の井戸の脇には、作業場として屋根だけの小屋があり、今夜の見張りは、その小屋を借りることにした。
村長は、既に村人の夕食は済んでいるが、俺とアンさんは未だだろうから、これから用意してくれると言ってくれたが、俺の手持ちの食料があるからと遠慮しておく。
既に今日の分の戦闘Ⅰ型は、全て使い尽くしてしまったが、元の世界のコンビニで買った弁当がある。
俺とアンさんの夕食ならば、これで十分だ。
俺とアンさんは、村長の家を出て広場の中央に有るという井戸へ歩いて行く。
暗闇なので井戸の場所が不明だったが、アンさんは、気にせずに歩いて行ったので、それに俺も続いた。
アンさんは、迷うことなく広場中央の井戸までたどり着く。
井戸の側には作業用の小屋があり、小屋の中には、木製のテーブルと椅子が備えてあった。
小屋は、壁が無く周囲を遮る物も無いため、見張りをするには問題なく、屋根があるので雨が降っても凌げるのは有り難い。
しかし、真っ暗だったので灯りとしてインベントリーより、野営用のLEDランタンを召喚して点灯した。
俺は、椅子に座り無限収納から、収納してあったコンビニのポリ袋を召喚して取り出す。
不思議な事に、女神様の神殿で残りものや空の弁当容器、ペットボトルなどを収納したのだが、それらはフォルダー内には、表示されていなかった。
どうやら、召喚して取り出した後、それを再び無限収納へ入れると、名称が同じ品物なので消えてしまうらしい。
取り出したコンビニのポリ袋の中身を、テーブルの上に並べる。
カツ丼弁当をアンさんに食べるよう勧め、俺はカレー弁当を食べる事にした。
ペットボトルのお茶もアンさんへ勧め、俺はコーラを飲むことにする。
アンさんは、「食べていいの?」と遠慮していたが、「良いよ、遠慮しないで」と応えると嬉しそうに、がつがつと凄い勢いで食べ始めた。
「美味しいよ!ジョーさん、こんな美味しい食事、アタイ生まれて初めてだよ!」
「それは、良かったね。喉に詰まらせない様に良く噛んで食べて。お茶も飲んでね」
「うん!有り難う……ごくごく」
瞬く間にアンさんは、カツ丼弁当を食べきり、容器を舐めたかの様に、ご飯粒一つ残さずに完食する。
お腹がすいていたのだろうと思い、コンビニ袋の中にあったスナック菓子――ポテトチップス、煎餅、チョコレート――を出してあげると、それも「美味いよ~。こんな美味しいお菓子が食べられるなんて、アタイ生きてて良かったよ~」と、涙を流しそうな程に喜んでくれた。
それから準備として、無限収納より防弾チョッキ2型を召喚し、アンさんへ装着する様に言う。
アンさんが装備している革製の胸当てだけよりは、少しでも防御力が上がり怪我をしない様にだ。
小柄なアンさんには、サイズは大分大きいし、加えて重量も重いけど体裁よりも安全性重視だ。
88式鉄帽も、そのまま被っておくように念を押した。
アンさんは、「ありがとう……ジョーさん」と言って、装備を装着する。
それから暫くは、アンさんが一方的に身の上話を始めてしまう。
彼女は、この村で生まれ育ったが事故と病で両親を亡くしてから、スベニの街の教会が営む孤児院で育てられ、孤児院を出てから冒険者となり、今に至ったとの事。
あと少しで、レザー・ランカーに昇格出来そうなので、今も頑張っていると嬉しそうに話し続ける。
喋り疲れたのだろうか、何時しかアンさんは、「す~す~」と可愛い寝息を発していた。
俺は、そんなアンさんを見て、この子も苦労しているんだな、それでも健気に頑張っている彼女は偉いなと思う。
元の世界では、国民を守るという思いは叶えられなかった自分だが、この異世界での人々を守る事が叶うならば、それで良いのだとも思った。
そんな思いを、アンさんの寝顔を見て感じていると、東の空が明るくなり始めてくる。
間もなく夜明けだ。
俺は、夜明け前の静寂の中、空に目を配り警戒を続けた。




