北の開拓村
「おぉ、ジョーも気をつけてなぁ、アンも無茶するんじゃねぇぞ」
「小僧……ジョー、ワイバーンを始末したら、鉄の馬を調べさせるんじゃぞ」
「ジングージ様、お気をつけて。吉報をお待ちしております」
「ジョー、明日一番で駆けつけるぜ、それまで頼んだぜ」
ギルド長達や、ギルバートさんの言葉を受け、俺は偵察用オートバイ、KLX250を発進させる。
しかし、テンダーさん、ぶれないな。鉄の馬が気になって仕方がないみたいだ。
KLX250が発進すると、俺の身体を後ろから抱いているアンさんの腕の力が強まり、「きゃっ」と小さな叫び声が聞こえた。
スベニの街の北城門を、北に延びる街道を直進する。
東側には、大きな河川があるはずだが、暗闇で周りの景色は、殆ど窺い知る事はできない。
後方をバックミラーで確認すると、スベニの街は、既に暗闇の中に紛れていた。
天空には、元居た世界では、中々見ることの出来ない、星々が燦めいている。
そう言えば、昨晩の野営の時も、満天の星空に感銘を受けたばかりだった。
しかし、元の世界では大きな月が見えていたが、この異世界では未だ月を見ていない。
もしかすると、この異世界には月が――衛星が――存在して無いのかもしれないが……。
そんな事を考えながら俺は、漆黒の闇の中を、偵察用オートバイで街道を北へ向かって驀進した。
「ジョー……さん、この魔法の鉄の馬、凄く早いね」
「はい、アンさん。馬の全速力の3倍の早さで走ります。今は、約2倍です」
「凄いね。アタイこんな早く走ったのは生まれて初めてだよ。つぅ、痛!」
「あまり喋らないで。舌を噛みます……って、噛んじゃいましたね。気をつけて」
「うん……判ったよ」
「お尻は痛くないですか?」
「大丈夫だよ」
「良かった。じゃあ、もう少し早く走ります。街道から外れる場所が判ったら教えてください」
「大丈夫だよ。前が光魔法で凄く明るいから間違えないよ」
俺は、偵察用オートバイ、KLX250のアクセルを回し、更に増速する。
街道は、ほぼ直線だったのと大きな轍もないため、速度を上げても問題無さそうだった。
とはいえ、未舗装の道路を100Km以上で走行した事など、元の世界では無かった。
公道であれば、一般道の場合は完全にスピード違反だ。
防衛大学校生、速度超過で逮捕、なんて見出しでニュースになったら退学だったからな。
元々がオフロード・バイクのKLX250なので、舗装路向きなサスペンションではなく悪路向きにチューニングされているため、この異世界の未舗装街道には、丁度良いセッティングなのかもしれない。
俺は高校生時代に、自動二輪の免許を取得してバイクの運転には慣れていたけど、防衛大学生時代でバイクに乗ったのは、実家へ戻った休日にしか乗っていない。
ちなみに、俺の愛車は、ホンダだったけど。
1時間程、北上した頃だったか、前方の街道の幅が広がり広場の様な場所へとたどり着く。
すると、アンさんが「あの広場にある西側の道へ入ってよ」と言う。
どうやら、ここが街道と北の開拓村との分岐点らしい。
俺は、「判りました」と応えて、速度を落とし広場西側の道へ進んだ。
街道に比べると、道は狭いが轍は少ない。
しかし、平坦さはというと、かなり凹凸が激しい道路だ。
偵察用オートバイKLX250は、道路の凹凸に車体を大きく上下させるので、アンさんを振り落とさない様、速度を下げざるを得ない。
大きな凸凹で車体がジャンプしてしまった時には、アンさんはまたしても「きゃあ!」と叫び声を上げたので、仕方なく更に速度を落とした。
そんな悪路を暫く道なりに進むと、木で作られた柵に囲まれた集落へと着いた。
アンさんは、「此処が北の開拓村だよ。アタイが、村長の家まで行って知らせてくるよ」と言うが早いか、俺の後ろから飛び降りて集落の方へと走り去って行く。
集落を囲む柵には、一応、門らしき開閉式の柵があり道を阻んでいた。
アンさんは、その柵をよじ登って、中へと侵入して、そのまま集落の中へと走り去って行く。
俺は、KLX250のエンジンは切らず、ヘッドライトもハイビームのまま、集落の中を照らし続ける。
集落の全体は見渡せないが、広場を中心にして多数の家が広場を、取り囲む様にして建ち並んでいるのが見えた。
暫く待つと、ヘッドライトの灯りの中に、こちらへ走ってくるアンさんの姿が見える。
後ろには、中年の男性が、アンさんを追う様にして走ってくる。
アンさんは、扉の柵の向こう側から「ジョーさん、村長に話してきたよ」と言って、こちらへ向かって手を振った。
中年の男性は、扉の柵を開いて、俺を招きいれてくれ言う。
「入ってください、冒険者の方。こんなに早く来てくれるなんて、有り難いことです」
「こんばんは、夜分に突然、申し訳ありませんでしたが、早いほうが良いと冒険者ギルドのアルバートさんから許諾は、もらっております」
「いえいえ、構いません。どうぞ、着いてきてください」
「はい」
俺は、偵察用オートバイKLX250から降り、エンジンを切らずに、そのまま男性の後を着いて行く。
集落の広場を横切ると大きな建物があり、その中へと案内されたので、そこでヘッドライトを消灯してエンジンを切った。
バイクを建物の前に止めて建物に入ると、中には数人の男女が囲炉裏の様な形の周りに陣取っている。
その中央に座っていた初老の男性が立ち上がり、俺の方へ進んできた。
「スベニの街の冒険者殿、私はこの村の村長をしております、ロウトと申します。この度は本当にご苦労をかけます」
「ロウト村長、自分は冒険者のジョーです。夜分に失礼いたします」
「ジョーさんは、凄い爆裂魔法の使い手だよ。ワイバーンが夜襲してきても大丈夫な様にって、ギルマスが寄越してくれたんだよ」
「おお、魔法使い様でしたか、それは頼もしい」
「はい、明日の朝にはスベニの警備隊と冒険者が、こちらへ向かって出発します。夜が明けてからのワイバーンの襲来にも、自分がなんとか時間稼ぎをします」
「そうですか、そうですか、それは助かります。是非、宜しくお願いします」
そう言って、北の開拓村の村長、ロウトさんは、俺に深々と頭を下げる。
囲炉裏場の周りに陣取っていた人々も、立ち上がってから俺に向かって同様に頭を下げた。




