使者
朝の清々しい風が、古の神殿に咲いた桜の古木の花びらを散らす。
昨夜遅くまで開かれた宴の後、結局は全員が古の神殿で宿泊をしたのだ。
俺はギルさん達に付き合って飲み続けていたが、何時しか寝落ちしてしまった。
しかしギルさんを始めとする酒豪達は、朝方まで飲み続けていたようだ。
既に桜の古木には萌葱色の若葉が芽吹き、花は殆ど残っていない。
まるで一晩の夢物語のような花見の宴だった。
神殿の広場の一角では、"九ノ一"達やベルが朝食の準備を既に始めている。
朝方まで飲み続けていたギルさんやデボネア司祭、聖騎士達も殆ど睡眠時間がない割には、皆が目をさまし始めた。
本当にみんな、酒には負けないみたいだ。
宴会を行った場所は、既に綺麗に片付けられており、花見後の塵などは微塵も残っていない。
地面に残っているのは、風に飛ばされ散った桜の花びらだけだ。
朝食の準備が整い、全員で集まって食べる事にする。
朝の挨拶はマーガレット司教が行う。
聖職者が多いので、それなりに難しい内容だ。
所謂、説経と言うのに近いのかもしれない。
若いミラは真剣に聞いているが、デボネア司祭を初めとする古株の聖職者は、目を閉じて要所要所で頷いている。
孤児院での朝食前の挨拶よりも長いようで、アンやベルもきょとんとしていた。
そして、長い説経が終わりやっと朝食にありつける。
「いただきます!」
「「「「「いただきます」」」」」
俺の「頂きます」に続いて各自が一斉に同じ言葉を同時に発して、やっと朝食が始まる。
災害救助用の炊き出し設備で作られた、炊きたてのご飯や具材たっぷりの味噌汁。
俺達はすっかり日本食の朝食に慣れてしまったが、聖都から来た人々にとっては珍しいのだろう。
特に味噌汁には今だに驚いている様子だ。
しかし、それは不味いと言う意味では無く、美味しいという意味でだ。
中にはパンと味噌汁が良いという味噌汁ファンも出来た。
ご飯は大量に炊いてあるのだが、持参したパンを味噌汁と一緒に食す聖騎士も多いのだ。
余ったご飯は、おにぎりにしておき昼食や間食に提供する。
皆、すっかり海苔の香ばしさと、ご飯の塩加減には慣れ親しんだようだ。
大人数での朝食も終わり、皆で片付けを始める。
"九ノ一"達やベルは片付けも自分達の仕事だと言うが、"自衛隊"のルールは違うと言って全員で行う。
それを見ていた聖職者も、俺達に倣い片付けを手伝った。
朝食の片付けも終わり午前中の作業を開始しようとしたその時。
『主様か、お頭様、聞こえますか? こちらはユキでございます。どうぞ……ザッ』
96式装輪装甲車に搭載してある無線機から、スベニに残っているユキから通信が入ったのだ。
特に緊急事態で無い場合でも通信を行って良いと伝えてはある。
特に"九ノ一"はメイドとして交代で働きに出ているので、そのシフトの連絡などにも通信は不可欠だ。
「ユキ、聞こえます。こちらはサクラ。どうぞ」
『お頭様、おはようございます。主様へ伝言をお願いします。どうぞ……ザッ』
「ユキ、こちらサクラ。了解です。主様も通信機の前に居られます。内容を送りなさい。どうぞ」
『了解いたしました。警備隊のアマンダ隊長からの伝言でございます。今朝方イサドイベからの使者を乗せた船が港へ到着したので、主様に至急スベニにお戻り頂きたいとの事でございます。どうぞ……ザッ』
「了解です。そのまま待機しなさい」
サクラは通信機のマイクを持ちながら俺の方を向く。
イサドイベからの使者を乗せた船とは、どんな用事なのだろうか。
何れにしても直ぐに戻って内容を確認する必要がある。
「判った。直ぐに戻るとアマンダ隊長に伝えてくれ。どうぞ」
『主様、了解いたしました。今こちらにアマンダ隊長もいらっしゃいます。「お待ちしております」との事でございます。どうぞ……ザッ』
「了解。アマンダ隊長、わざわざお知らせを有り難うございました。直ちに自分達はスベニへ帰還します。以上、通信終了」
『お帰りをお待ちしております。以上通信を終わります……ザッ』
幸いアマンダ隊長もユキの側で通信内容を聞いていたようだ。
自宅には、広帯域多目的無線機(車両用)と車載用バッテリーが大量に設置してある。
車載用広帯域アンテナは城壁の更に高い位置にある物見塔に設置してあるので、かなりの広範囲に渡って通信が可能になっているのだ。
苦労したのはアンテナケーブルの延長工事だけだったが、これも何とかハンダ付けを駆使して延長する事が出来た。
アマチュア無線の経験が、こういった工作にも役に立っている。
スベニからの通信が入った事を全員に知らせ、直ぐに撤収作業に取りかかる。
ギルさん達のパーティー"雛鳥の巣"は、このまま練習を兼ねて神官達の警護を行ってもらおうとしたら、聖騎士達から遠慮するとの意思表示が有り全員で帰還する事になった。
もちろん、マーガレット司教とアリス、エリスのシスター二人も一緒に帰還だ。
俺は無限収納へ96式装輪装甲車を収納し、そしてCH-47JA チヌークを召喚する。
直ぐにナークが操縦席へと乗り込みエンジンを始動。
キーンというジェットエンジンの回転音と共に、ゆっくりと前後二つのローターが回転を始める。
聖都から来ている職人達もCH-47JA チヌークの姿には驚いている。
聖都では何度か遠くから目撃はしていたのだろうが、こんな近くでは見ていない。
後部のハッチが下げられ、"九ノ一"達に先導されてマーガレット司教とアリス、エリスの双子シスターも内部へ乗り込んで行く。
アンやベル、そして"雛鳥の巣"のガレルとハンナもチヌークへと乗り込む。
最後にギルさんが周囲を確認して乗り込むと後部ハッチが閉じられる。
ミラは飛行装置へ搭乗し、ゆっくりと純白の翼が上昇して行く。
ロックは待機状態の指揮者ゴーレムへ搭乗し、指揮者ゴーレムを直立させる。
その状態を確認するとホバリングしていた飛行装置が急上昇した後、そのままの姿勢で降下。
一部の狂いも無く指揮者ゴーレムの背中へとドッキング。
そしてドッキングと同時に、指揮者ゴーレムは上空へと飛行を開始する。
全く見事な合体シーケンスだ。
「それでは、自分達は失礼します。また来ます」
「ジングージ様、何時も本当に有り難うございます。それではまた……」
「はい、デボネア司祭。何かあればスベニへ連絡してください。それでは失礼します」
デボネア司祭へ別れの挨拶をして、俺もCH-47JA チヌークの操縦席へと搭乗する。
俺が副操縦士席へ座り、シートベルトを締め終わると同時にナークがチヌークを離陸させた。
上空でホバリングして待機していた指揮者ゴーレムは、俺達が離陸したのを見届けると凄い速度でスベニへと飛行して行く。
亜音速で飛行が可能なので、あっと言う間にスベニまで飛んでいく。
俺達も最高速度でスベニへ向かうが、既に指揮者ゴーレムは視界には無い。
『こちらアイス、スベニ上空へ到着しました。大型の船が二隻、港へ停泊してぃます。送れ……ザッ』
「アイスマン了解、こちらマーベリック。二隻も来ていたのか。どちらもイサドイベの船かい? 送れ」
『高度を下げます。……一隻はイサドイベの旗ですね。ぁと一隻は……ぇっ?! ぁの旗は! ……ザッ』
「どうした、アイスマン? もう一隻は何処の旗だったんだ? 送れ!」
『済みませんでした。確認しました、もぅ一隻はガウシアン帝国の旗を掲げてぃます。ただし、黒ぃ船体ではなく純白の船体です。どぅやら軍艦では無いよぅです。送れ……ザッ』
「ガウシアン帝国の船……。どうしてガウシアン帝国の船がイサドイベの船と一緒にスベニへ来たのだろうか……。まさか脅されているとか? アイスマン、ガウシアン帝国の船に大砲は搭載されているのか確認できるか? 送れ」
『マーベリック、こちらアイス。ぃぃぇ大砲は見えてません。搭載されてぃるのかも不明です。甲板にいる船員もマスケットらしき銃は持っておりません。送れ……ザッ』
「了解。そうか……取り敢えず、アイスマンはそのまま上空から船を監視していてくれ。送れ」
『了解。もう少し降下して監視態勢に入ります。送れ……ザッ』
「頼んだ。必要ならば搭載している偵察者ゴーレムを飛ばしてガウシアン帝国艦を調べてくれ。以上、マーベリック通信終了」
『マーベリック、こちらアイス。了解しました。偵察者ゴーレムを一体、ガウシアン帝国艦へ飛ばします。何かぁれば連絡します。以上アイス通信終了……ザッ』
突如現れた純白のガウシアン帝国艦と、イサドイベからの使者を乗せた船。
一体、何が始まろうとしているのだろうか。
色々な考えが交錯する中、俺達はスベニへとCH-47JA チヌークの速度を限界まで上げ飛行するのだった。




