呼び出し
スベニへ帰ってきてから数日が経過したが、特に変わった事は無い。
お向かいさんのエリザベス姫が、頻繁に我が家を訪れてくる以外は……。
とは言え、お向かいのエリザベス邸は大きなお屋敷なので、多くのメイドが必要との事で、パーティー"九ノ一"のメンバーが交代で働きに出る事になった。
これは商業ギルド経由で、"九ノ一"達もメイド・ギルドへ登録してあるので、正式な商業ギルドからの依頼だ。
リーダーのサクラ以外のメンバーが交代で24時間勤務を行っている。
これにより、スベニのエリザベス邸はスベニで一番安全な屋敷になったと言っても過言では無い。
それまでは、タースから出張していた護衛の騎士が交代で警護していたのだ。
その結果、数人の騎士を残して半数くらいの騎士達はタースへ戻ることになる。
そしてその表情は全く心配が無いと言った笑みさえ浮かべ、さっさとタースへと帰って行く。
まあ、あの騎士達は俺達パーティー"自衛隊"や"九ノ一"の戦力を良く知っているので、それが理由だろう。
何れにしても護衛とメイドが同時に行える"九ノ一"達は大人気なのだ。
俺達が何処かへ行くような場合には、予め休む事を了承してくれた顧客とだけ契約を結んだ。
なので長期に渡って不在の場合は、迷惑を掛ける事になるかもしれないのを了承してくれた顧客のみだ。
その事をエリザベス姫に話すと、必要最低限の警護の騎士は残してあるそうなので心配は無いとか。
事前に、何処かへ出かけるのが判る場合には知らせる事を約束した。
しかし、聖都へマーガレット司教を救出に向かったように、突然全員で出かける事も多いので、それは勘弁してもらう事にする。
するとエリザベス姫は笑顔でこう言った。
「ジングージ様、今度何処かに行かれる際は、是非とも私も一緒にお連れ下さいさまし」
「はあ……。しかし、自分達が行く場所は、なにしろ危険が伴うので……危ないですよ」
「大丈夫です。私も公爵家に生まれた娘でございますので、戦いの覚悟は教え込まれております。それに……」
「それに?」
「ジングージ様がおられれば、危ない事などあっても、私を守っていただけるでしょう?」
「もちろんです。ですが、敢えて危険な場所へ行く事も無いですから。自分の生まれた国には、君子危うきに近寄らずという言葉があります」
「どんな意味ですの?」
「頭の良い人は危険な事はしないし、近づかないという意味です」
「そですわね……でもタースにはこんな言葉がございます。竜の巣穴に挑まぬ者は決して竜の卵を手にする事は出来ないと申しますわ」
「……なるほど。同じ意味の言葉が自分の国にもありました」
「それは、どんなお言葉でしょう?」
「虎穴に入らずんば虎児を獲ずです。意味はリズさんが仰られた言葉と全く同じです……」
「では、ジングージ様。その際には、よしなに願いますわ」
「決して確約は出来ませんが……危険が無い場合には考慮します」
「はい、お待ちしておりますわ」
成る程。
俺達の家の向かい側へ屋敷を構えた理由の一つが見えた。
何時も突然の事態で何処かへ出かけてしまうので、それを監視するためか。
しかも"九ノ一"達を雇っておけば、俺達が何処かへ出かけるのも直ぐに把握可能で一石二鳥。
これだけ用意周到に事を運ぶとは策士、いや軍師の存在は間違いない。
少なくともエリザベス姫の一存では無いだろう。
背後には、やはりフェアウェイ大公家が見え隠れする。
そんなエリザベス姫との会話が済むと、見慣れた赤毛の少女が息を切らせて走ってくる。
パーティー"雛鳥の巣"のメンバー、ハンナさんだ。
「ジョー兄さん、おはよ~……はぁはぁ。流石に冒険者ギルドから走ってくると息が切れちゃう~」
「おはようございます、ハンナさん。急用ですか、走ってくるなんて?」
「そんなに急用でもないよ~。アンやベル達にも会いたかったからね~。へへへ……」
「それは、それは、お疲れ様。それじゃ家の中で伺いますよ。先ずはお茶でも飲んでください」
「うん、流石に喉もからからさ~。朝っぱらからギルマスに呼び出されて、本当に人使いが荒いんだよねぇ~」
「へえ。って事はアルバートさんからの伝言ですか?」
「うん、それとリーダーからもねぇ~」
「ギルさんからも……」
息を切らしていたハンナさんは、大きく深呼吸をして呼吸を整える。
真っ赤な髪のポニーテールを手で背中へ回してから背筋を伸ばして俺の方を向く。
彼女を家の中へと俺の先導で案内する。
後ろを振り向くと、お向かいさんの玄関扉を開けて、こちらを凝視しているエリザベス姫の姿が見えた。
どうやら、我が家の来客までも逐一チェックする態勢か。
こりゃ好意とは言えストーカー行為ですよ、エリザベス姫。
応接の部屋へハンナさんを案内する。
するとすかさずベルがお茶を持って来た。
「ハンナ様、おはようございましゅ」
「ベルちゃん、おはよう~」
「どうぞ、蜜入りのお茶でしゅ」
「ありがとう~。大好きなんだよねぇ~。う~ん、美味しい~。生き返る心地~」
「それで、ハンナさん。アルバートさんの用事ってのは?」
「うん、ちょこっとしか聞かなかったんだけど、どうもランキングの事みただいだよ~」
「ランキングって、自分のランキングですか?」
「うん、ジョー兄さんだけじゃなくて、"ジエータイ"と"九ノ一"全員だって言ってたよ~。あと、リーダーから言われたのは"雛鳥の巣"もだってさ~」
「って事は、聖都へ行った全員って事?」
「生産者ギルドのギルマスは別格だって言ってたけどねぇ~」
「テンダーさんは別ですか。って事は、ミラも別かな?」
「違うよ、ミラちゃんは"ジエータイ"の仲間でしょ~」
「そうだね。臨時がそのまま恒久的になっちゃっているけど……」
「教会にはガレルが伝言しに行ったよ~」
「判りました。何時までに行けばよいのかな?」
「昼前には来て欲しいってさぁ~」
「それじゃ、昼前までに冒険者ギルドへ全員で行きますけど、働きに出ている"九ノ一"の方も居るんだけど……」
「仕事じゃ仕方ないよねぇ~。詳しくは言われなかったけど……」
「そうだよね。兎に角、行ける者は全員行くと伝えて欲しいかな」
「判った~。ベルちゃん、アンちゃんは居ないの?」
「はい。裏庭でコロニちゃんに弓を教えていましゅ」
「へ~。コロニちゃんに弓をねぇ~。ちょっと挨拶して行くよ~」
「どうぞ、どうぞ。ハンナさんも弓が得意だったもんね」
「アンちゃん程は上手に当たらない無いよぉ~。アンちゃんは天才さぁ~」
そう言って、残りのお茶を飲み干して応接室から出て行くハンナさん。
裏庭へはベルが案内して行く。
裏庭では非番の"九ノ一"達やアンがコロニに弓を教えている。
弓は身を守る武器としても狩りに使う飛び道具としても広く使用されている。
パーティー"自衛隊"では弓を使う事は全く無いが、裏庭でも行える訓練としては弓や短剣の扱い方を教えるのは遊びの一環だとアンは言う。
彼女達の様子を少し離れた場所から見物。
ハンナさんがベルに連れられアン達へ挨拶している。
なにやら離しているのだが内容までは聞こえて来ない。
時たま大きな笑い声は聞こえてくるのだが。
コロニの後ろ姿から、尻尾が大きく振られている事から喜んでいるのは間違いない。
その傍らでは、伏せた状態のフェンリルがいるけど、どうやら寝ているようだ。
まあ弓の訓練やらガールズ・トークには興味もないのだろう。
パサラはコロニの頭の上で通訳中みたいだし。
暫くすると、アンが自分の弓を構えて城壁に取り付けられた的へ矢を射る。
言わずもがな、屋は標的のど真ん中を射貫く。
次にハンナさんが弓を借りて弦を引き絞る。
ハンナさんは直ぐに弦を離し矢を放つ。
ハンナさんはスナイパータイプでは無く連射タイプなのだと以前、本人が言っていたのを思い出す。
弓から離れた矢はアンがど真ん中に命中させた矢から、少し離れた場所に命中。
さらに次の矢も射られており、それもど真ん中ではないが的に命中している。
ハンナさんも凄いな。
次にコロニが小さな弓を与えられる。
どうやらアンの手作りの弓のようだ。
コロニは既に基礎は教えられているようで、これまた短い矢を弓につがえる。
的を狙っている姿は、なんとも勇ましいけれど尻尾の揺れが可愛さを倍加させてしまう。
しかし、その尻尾の揺れがピタッと止まった。
と同時にコロニが矢を放つ。
コロニの小さな弓から放たれた短い矢は、見事に的へと命中する。
あんな小さな弓では、的まで届かないので無いかと思われたが、考えすぎのようだった。
的のど真ん中では無かったが、的まで届いただけでも凄い。
アンやハンナさん、そして"九ノ一"達に頭を撫でられ喜ぶコロニ。
再び尻尾が激しく左右に振られている。
すると、傍らで横たわっていたフェンリルが俺の方を向く。
直ぐにフェンリルからの念話が俺の頭に響く。
『貴方もコロニを褒めてやってください』
『判った。そうするよ』
フェンリルから言われてしまった。
俺はコロニの側まで行ってから「凄いな」と言いながら頭を撫でてやる。
コロニは満面の笑みを浮かべ喜ぶ。
そして彼女の尻尾は、殆ど見えない程に激しく振られたのだった。




