向かいの住人
聖都トセンセーからCH-47JA チヌークに搭乗し帰還した俺達は、本当に久々に我が家の有る自由交易都市スベニへと戻ってきた。
俺達が留守の間は商業ギルドの依頼で、メイド・ギルドから俺達の自宅の掃除のためメイドさん達が来てくれていたようだ。
もっとも、殆ど住んでいない母屋に加えて、新築したパーティー"九ノ一"用の建物は一度も使ってない新築物件でもある。
取り敢えずはマーガレット司教を教会まで送って行く。
アリスとエリスの双子姉妹を筆頭に教会の関係者は、大喜びで俺達を迎える。
兎に角マーガレット司教が無事で良かった。
事の顛末はマーガレット司教自らとミラに説明を任せ、俺達はミラ置いてさっさと引き上げる。
パーティー"雛鳥の巣"の面々とも教会を出て直ぐに別れた。
彼らは冒険者ギルドへ出向いて詳細を報告すると言う。
同時に警備隊のウィリアム大隊長やアマンダ隊長への報告も行われるとの事。
テンダーのおっさんも生産ギルドへ帰ると言って一人で歩き出す。
自宅では無いのかと尋ねると、どうやら生産ギルド内に住まいが有るようだ。
ここで自然解散となったので、俺も商業ギルドへ行きアントニオ会長へ今回の顛末を報告する事にする。
商業ギルドではアントニオ会長とエルドラ副会長へ事の顛末を報告。
長寿のエルフ族でも魔物のスタンピードは伝承でしかないとエルドラさんは驚いていた。
ましてや神獣へ進化するという巨大亀の魔獣クールマの事は信じられない様子だった。
ここでは、実際に神獣フェンリルを目の前に見せる事で二人とも納得せざるを得なかったようだ。
小さな子犬のような姿になっているフェンリルからの念話。
それは二人も驚いてしまうだろう。
ちなみに神獣フェンリルは、すっかりコロニのお気に入りのペットと成っており、彼女に抱かれて幸せそうな様子だ。
漆黒の長い髪を持った狼少女コロニと純白の神獣狼フェンリルの取り合わせは、なかなか黒と白の対比が素晴らしい。
表を歩く際には、フェンリルが大きく変身し、その背中にコロニを乗せて歩く。
そしてコロニの頭の上には、これまた純白の妖精パサラが乗っている。
スベニの待ちの住人の視線を集めない方が間違っている。
商業ギルドでの報告を終え、俺達はやっと自宅へ向かう事になる。
サクラを除く"九ノ一"達を残してきたので、すでに家は問題なく綺麗にされているハズだ。
自宅の前に戻ってくると、道を挟んで反対側に新築の大きな屋敷が見えた。
そう言えば偵察者ゴーレムで偵察した際、建築していたのを思いだす。
かなり大きな屋敷で、貴族か大商人の屋敷のように思える。
すると、その屋敷の玄関の豪華な扉が開き中から俺の知る人が出てきた。
「ジングージ様、お帰りなさいませ。わたくし、ずっと無事のご帰還を願っておりましたわ」
「エ、エリザベスさん、ご無沙汰しております。このお屋敷はエリザベスさんがお住まいなのですか?」
「嫌ですわ、ジングージ様。リズとお呼び下さるようにお願いしたではありませんか。そして、この家はわたくしの住まいでございますわ。お向かいなのでよしなにお願いいたします」
「は、ははは……。そうですか、リズさんのお住まいだったのですか……。と言う事は、スベニにお引っ越しされてきたと?」
「そうでございます。父上からも、そして義兄様の大公様からの命にございますわ」
「はあ……バンカー公爵だけでなくフェアウェイ大公、いやエドワード大公の差し金でしたか……」
「はい。最も強く勧めてくれたのは姉ですわ」
「(黒幕は)ベアトリスさんでしたか……エドワード大公のお后様」
「はい。ジングージ様に宜しくとの事でしたわ」
「はい……。以後宜しくお願いします。騒がしいとは思いますが、お許し下さい」
「こちらこそ、末永くよしなにお願いしますわ。色々とお願い事もございますので……」
「そうですか。今日の所はご挨拶だけでお許し下さい。帰って来たばかりですので申し訳ありません」
「そうですわね。お疲れの所を失礼致しましたわ。それではまた改めて、ご挨拶にお伺い致しますわ」
「はい、それではまた……」
エリザベス姫は、優雅に気品高くカーテシーを行い、待機していたメイドが豪華な扉を開くと、豪華な屋敷の中へと姿を消した。
なんと、道を挟んだ向かい側の豪華な邸宅は、バンカー伯爵家の姫君エリザベス姫の自宅だったとは。
古代遺跡都市から飛ばした偵察者ゴーレムの映像で、新たな屋敷が向かい側で建築されていたのは知っていたが、それがまさかのエリザベス邸だったとは……。
それにしても、エリザベス姫の父親バンカー公爵や、義理の兄にあたるフェアウェイ大公、そして影の首謀者のベアトリス妃の策略は巧妙だ。
唯一の救いはエリザベス姫が露骨な行動を起こさない節度を持ち合わせていることか。
俺は大きな溜息を吐く。
そして俺の溜息で心労を察したのか、アンとベル、更にはナークやサクラまでも溜息を吐いた。
アンやベルは、貴族の姫君エリザベス嬢に対して苦手意識があるようだ。
彼女の前では、何時も元気なアンまでもが大人しくなってしまう。
ナークは元々口数が少ないのだが、彼女の前では全く喋らなくなる。
そしてベルも同様に無口になってしまう。
相性が悪いというのか、圧倒されてしまうのか、根底にあるだろう貴族へのコンプレックスなのかは不明だけど。
俺は決してエリザベス姫が嫌いな訳ではないのだけど、苦手なのは事実だ。
久々に彼女と会っても、それは変わっていなかった。
まあ、邪険にする訳にも行かないので、近所づきあいをして行くしかないのだろう。
取り敢えず気持ちを切り換えて久々の我が家へと入る。
既にプロのメイド部隊"九ノ一"達が、綺麗に部屋の内部を掃除してくれており、夕食の準備も開始し始めた。
もちろん、お風呂の準備も忘れていない。
ベルも夕食の準備に加わり厨房は忙しそうだ。
温泉は気持ちが良いけど、家の風呂で寛ぐのも好きだ。
これまでは、男女で入浴時間を分けていたのだが、増築した離れに女性専用風呂を作ったので、母屋の風呂は男性専用とした。
トイレも同様で、従来のは男性用として女性専用を新たに複数作ってもらう。
なにせ、男性は俺とロックしか住んで無いのだから、女性用を増やさなければ成らない。
ロックは食後に入るとの事なので、俺一人で長湯している。
時間制限無しの長湯は、ストレスがたまらず、のんびり出来るので大好きだ。
俺が風呂から上がると、ちょうど離れから母屋への通路を歩いてくるコロニ達と会う。
コロニは離れのウメやヒタキ達が面倒を見てくれる事になったのだ。
そしてコロニには神獣フェンリルが子犬化して足下でじゃれている。
なんだか、神獣フェンリルも完全に居候を決め込んで居るようだ。
まあ巨大化してなければペットと変わらないので別に構わないが……。
となる、名前を聞いておかねばと思い念話で尋ねてみた。
『名前もフェンリルです』
種族名も名前もフェンリルなんだそうだ。
どうやら北欧神話のフェンリルと同じで名前がそのまま伝承の種族となったのかもしれない。
と言うことは一匹しかこの世界に居ないのだろうか。
尋ねてみると、そのとおりだった。
唯一無二の存在だからフェンリルで良い訳だ。
『それじゃ、愛称はフェンで良いか?』
『構いません。女神様もそのように呼ばれておりました』
『そうなんだ。まあ、好きなだけ居てくれて構わないけど、女神様の元へ戻る時は声を掛けてから出て行ってくれよ』
『判りました。お邪魔で無ければ、ずっと居させて下さい』
『ああ、構わないよ。コロニが気に入ったみたいだから宜しく頼むよ』
『お任せ下さい。黒狼族のこの子に危害を加える者には容赦しません』
『そうしてくれ。フェンはコロニとも念話できるのかい?』
『出来ます。妖精ともできます』
『そうか』
これでコロニの専属ボディガードが出来た。
後で冒険者ギルドへ相談して、なんとかコロニも俺達のパーティー"自衛隊"か"九ノ一"へ加入させてもらおう。
そうすれば、俺のスマートフォンのG・P・Sで居所が地図上へ表示されるようになる。
あり得ないだろうが誘拐された場合でも容易に居場所を知ることが出来、直ぐさま追跡も可能だ。
俺達の冒険は、なにしろ危険と隣り合わせ。
幼いコロニに専用ボディガードとしてフェンリルが付いてくれれば、それは最高に安心出来る。
さて、暫くぶりでの我が家での食卓へ、コロニやフェンリル、ケサラとパサラが加わっての賑やかな夕食だ。
笑い声が一杯の食卓は、何にも増して楽しい夕食だ。
特にコロニは終始笑顔で嬉しそうに黒い尻尾が激しく左右に揺れている。
その尻尾に同期するかのように、神獣フェンリルの白い尻尾も左右に振られる。
そして、彼女らの周りを妖精のパサラとケサラが飛び回って喜ぶ姿。
俺も心の底から嬉しくなり、自然と笑みが零れてしまう。
そんな楽しいジングージ家の夕餉は、何時までも何時までも夜遅くまで続くのだった。




