カレー缶詰
「テンダー殿、お待ちしておりました。既に準備は調っておりますぞ。で、そちらの方がお弟子さんですかな?」
「はい、アントニオ会長、俺は親方の一番弟子でトマスと言います。皆さん、よろしく願います」
テンダーさんが連れてきた、若く見えるドワーフの男性トマスさんは、自己紹介をして頭を下げた。
トマスさんは、テンダーさんと違い、普通に挨拶をしてきたので少し安心する。
ドワーフ族って、皆が皆テンダーさんの様な、少し強面だと思っていたのだが違う様だ。
アントニオさんは、先ほどまで話題だった時計の話しは一切、テンダーさんには言わない。
恐らく、テンダーさんの興味が缶詰から時計に移ってしまい、この集まりの本来の目的から逸れてしまうのが、良く判っているのだろう。
俺もその考えには、大賛成なので、時計の話題は別の機会にテンダーさんと話す事にした。
新たに用意した戦闘糧食Ⅰ型に加え、アントニオさんは、野営時に回収した空き缶や、先ほどのレストランでも回収した空き缶も、厨房のテーブルの上に並べる。
それらを、テンダーさんとトマスさんが、詳細に調べ始めた。
用意した鍋の水も既に沸騰していたので、俺は、沢庵缶詰2個を除く残りの6個を沸騰している湯に投入する。
10分ほど缶詰を煮詰め、おかず缶が暖まった頃合いで、3個のおかず缶を取り出す。
厨房だったので大型のトングがあり、それを借用した。
更に20分ほど経過した後、残りのごはん缶も取り出し、ビクトリノックスのマルチツールで缶詰を開け始める。
トマスさんは、初めて見る缶詰と、マルチツールに驚きを隠せない様子だが、テンダーさんと違い、俺からマルチツールを奪い取る様な行動は起こさなかった。
缶詰を開けると、美味しそうな臭いが鼻をくすぐる。
特にカレー缶を開けた際には、全員が「何だ、その料理は?」とカレー缶に注目した。
カレーの放つ強力な香りが、全員の食欲を刺激したのだろうか。
ただ、エルフのエルドラさんだけは、眉間に皺を寄せて、嫌そうな表情をしていた。
美人は、嫌そうな顔をしていても、やっぱり美人で艶っぽいから得だよな。
「これは、カレーというソースです。多種類の香辛料と、野菜や肉を煮詰めて作られています」
「香辛料ですか……しかも多種類とは、ジングージ様の祖国、アズマ国では香辛料にも恵まれているのですな。いや、羨ましい」
「はい。そうなのでしょうね……このカレーは記憶にも鮮烈に残っております。自分の好物でもありますが、人気の家庭料理なのだと思います」
「刺激的な香りがするな。儂は嫌いではないぞ、いいや、この香りは寧ろ好きじゃ」
「では、カレーから試食してみましょう。こちらの白いご飯と共に食します」
俺は、厨房に備えてあった木製の皿を人数分揃えてもらい、白飯を取り分けてから、湯気をあげている白飯の上に、カレー缶からカレーをスプーンですくい白飯にかけてゆく。
カレーの盛り方は、ご飯の脇にカレーを別に添える方法もあるが、やはり飯の上にたっぷりとかけて食べるのが、俺は好きだ。
「どうぞ、召し上がってください」と言うと、エルドラさん以外は直ぐにカレーを、ほおばり始める。
「辛いですが、これは美味しいですな、ジングージ様」
「辛くて美味いぞ、小僧……ジョーよ。香りといい、味といい刺激的で最高じゃ!」
「美味いです。こんな辛いのに美味い料理を食したのは初めてですね、師匠」
男性陣三人の評価を聞いたからか、エルフ美女のエルドラさんも、意を決したのかカレーをスプーンで自らの美し口へ運ぶ。
カレーを口に入れる寸前までは、やはり刺激的な香りが苦手なのか、眉間の皺は消えておらず表情は硬かった。
「辛い!……ですが、美味しい……何と言えば宜しいのでしょうか。奥行き深い、一言では言い表せない美味しさですね」
「皆様のお口に合って、何よりでした。少量ですが他のご飯やおかずも、お好きな缶詰から取り分けて試食してみてください」
それからは、戦闘糧食Ⅰ型の試食を、昼食後であるにも関わらず全員で完食した。
赤飯缶詰の米は、白飯とは違う種類の米を使用しており、祝い事の席で食する場合が多い事なども説明する。
五目飯は、白米と調味料や具材を一緒に炊き込み、おかずが無くても食べられる様にアレンジした料理である事なども説明した。
魚の水煮は、海で捕れた魚だと説明すると、内陸の都市国家であるスベニには塩漬けや乾物以外、海の魚は食せ無いので、とても珍しいと言われた。
ちなみに、魚の水煮缶の中身は、鯖だった。
しかし、スベニの街の直ぐ東側には大きな河川が流れており、そこで魚は大量に捕れるそうだ。
また、この河川が交易のための水運はもとより、スベニの水源にもなっているのだという。
試食が済んだ後、缶詰製造の方法を、俺の知る薄い知識の中で説明をする。
缶の中の空気の抜き方は、真空ポンプの無い、この異世界では実現できそうも無いので、多少の空気が入っていても、保存期間が短くなるだけなので、今回は無視することにする。
基礎的な知識として、雑菌などで食物が腐ることや、高温の殺菌で、これらの雑菌が死滅する事なども説明する。
しかし、具体的な温度の単位が、この異世界には存在しない事も判明した。
「水が凍る温度を0度とし、水が沸騰する温度を100度として基準にしています。缶詰は、約130度の温度で10分から20分ほど煮沸して雑菌を殺しています」
「ジョーよ、ならば鉄が溶ける温度を知っておるか?」
「はい。約1500度です。金や銅なら約1000度、銀なら少し低い960度位ですか」
「ジョー……お主、迷い人の割には博学じゃな……」
(やばい、記憶喪失のボロが出そうだ。あまり余計な事を言っちゃ駄目だ……)




