聖女セレステ
スタリオン教皇は、神殿へと俺達を案内する。
神殿の入り口で跪く、一人の聖騎士へ声を掛けた。
他の聖騎士よりも飾りの多い鎧を身につけている。
聖騎士軍団の指揮官なのだろうか。
「ギャラン、あの者達から詳細に話を聞け」
「はっ、直ちに」
「デボネア、お前は治癒院を任せている者を直ちに呼べ」
「はい、畏まりました」
「ああ、セレステにも手が空き次第、こちらへ参れとな」
「判りました。そのように伝えます」
スタリオン教皇の命を受けた聖騎士は、その場で立ち上がる。
そして、空中遊覧を楽しんだ使者や聖騎士達の元へと走って行く。
デボネア大司教は、恐らく部下であろう者達へ教皇の命令を伝える。
命じられた部下達は、小走りに"白の広場"を後にした。
治癒院へと走って行ったのだろう。
どうせならば、ダイエットのためにデボネア大司教が走ればと思うが口にはしない。
俺達は、マーガレット司教を先頭にスタリオン教皇の後へと続く。
神殿は巨大で荘厳な佇まいだ。
それはまるで、ギリシャのパルテノン神殿遺跡を思わせる総大理石造りに見える。
マーガレット司教は、慣れた足取りで中へと歩いて行く。
柱だけのパルテノン神殿と違い、この教会本山の神殿はちゃんとした壁も有る。
壁には、重厚な壁画が描かれていて美しい。
そして、目の前には一際大きな女神様の石像が見えてくる。
俺がこの世界へ降り立った神殿にあった女神様像よりも大きい。
しかし、俺の記憶では少し容姿が違うようにみえた。
本物の女神様よりも、少しケバい感じがする。
むしろ、スベニの教会にある女神様像の方が本物に近い。
石像の作者によっても、違うのだろうか。
壁画には、勇者である西住小次郎大尉殿の乗る八九式中戦車の姿も見える。
構図はスベニにある絵画と同じだ。
だが、こちらがオリジナルなのだろう。
そのサイズはも大きく、八九式中戦車の細かなディテールも良く描かれていた。
西住小次郎大尉殿の顔は、ゴーグルをした状態なので詳細は判らない。
他の戦車に乗る獣人達の姿も、大きいためにその表情までもが判る。
周りの絵画や調度品に、俺だけではなく仲間は全員が興味津々だ。
マーガレット司教と、テンダーのおっさんを除いてはだが。
テンダーのおっさんは、この神殿を訪れた事があるのだろうか。
神殿の中を進んで行き、教皇が俺達を部屋へと案内する。
どうやら、この部屋で話をするようだ。
部屋は大きく、中には長いテーブルがあり、その両脇に椅子が並んでいる。
「ささ、女神様の使徒様、どうぞお掛けください。従者の皆様もどうぞ」
「ありがとうございます、では、遠慮無く」
スタリオン教皇が勧めてくれた椅子へ座る。
仲間達も、俺の隣へ順番に座って行く。
テーブルを挟んで、俺の目の前にスタリオン教皇が座る。
そして、その隣へマーガレット司教が座った。
デボネア大司教を初めとする教会幹部達は、少し離れた椅子へ座る。
何故か、聖騎士は誰一人として部屋には入って来ない。
危険認定は解除されたのだろうか。
もっとも、俺達に対して危険な事を行おうとすれば、ケサラとパサラが警告してくれるから問題はない。
「直ぐにお茶を用意させます。少しお待ちください」
「どうぞ、お構いなく。しかし、こうしてお二人が並んでお座りになると、やはり良く似ていらっしゃいますね」
「ジングージ様、兄と私は兄妹の中でも、特に良く似ております」
「と言うと、他にもご兄弟が?」
「はい、弟が家を継いでおります。私と兄だけが、出家いたしました」
「そうなのですか。お二人とも神眼をお持ちだから出家を?」
「そうでございます。私は兄に付いて来ただけですが……」
「昔の事でございます。使徒様……ジングージ様。もう自分の家名も忘れる程です」
「家名というと、スタリオン教皇とマーガレット司教は貴族のご出身なのですか?」
「はい。出家した者は家名を捨てる決まりです。女神様の前では平民も貴族もありません」
「なるほど、それは知りませんでしたし、マーガレット司教も仰ってくれませんでしたし」
「教会関係者で貴族出身の者は、あまり語る事はないのです」
「そうだったのですか。自分も見習わねばなりませんね」
「ジングージ様は、ジングージ様でございます。先代勇者のコジロー様の家名も、教会の仕来りからか、忘れ去られたのかもしれません。誠に申し訳ない事です」
「自分や西住小次郎大尉殿のいた国では、普通は家名で呼び合います。親しい者同士は名前で呼び合いますが……」
「それは、貴族界の仕来りと同じでございますね」
「そうですね」
そんな雑談をしていると、俺達へお茶が出された。
お茶を運んで来たのは、修道服を着た少女達だ。
その修道服はミラが普段着ている修道服と同じで、見習いシスターが着る修道服だ。
ミラは自分と同じ年頃の見習い修道女から、お茶を貰い恐縮している。
今日のミラは、飛行装置のピッタリとした純白の気密服姿だ。
同じ飛行服姿のナークもそうだが、身体のラインが隠せないのでスタイルの良さが際だつ。
「使徒様……ジングージ様、先ほどから気になっているのですが、ジングージ様の肩に座って居られるのは、妖精でしょうか?」
「ああ、やはり教皇にも見えるのですね。マーガレット司教にもヘリ……空飛ぶ鉄の箱の中で聞かれました。この子は、仰るとおり妖精です」
「なんと、妖精もお供にされているのですか!」
「自分だけではありません。あちらに居るコロニも連れていますよ」
そう言って、コロニを指さす。
すると教皇は、コロニを見て、同じ様に驚く。
「狼人族の幼子の頭の上にも……」
「はい、姿を現すように言いましょう。ケサラ、パサラ、姿を現してくれ」
「はいです、ジョーさま。ケサラなのです。よろしくです」
パサラは、コロニ経由なので、すこし遅れて姿を現す。
「パサラ。コロニの友達……」
「なんと、妖精が人族の言葉を話すとは、初めて耳にしました」
「主となる者と契約すると、我々にも聞こえるようになるみたいです」
「さすが、使徒様。いや、驚きました……。幼い頃、マーガレットと二人で、妖精達と遊んだ事を思い出しました」
「そうですわね、兄上様。私達二人は、実体化していない妖精達とも遊べましたから」
「それは、ロックとミラの兄妹も同じだったようです」
「女神様の祝福を頂いていないと見えませんから……」
「だれか、妖精達へ甘い物をお持ちしなさい」
「はい、ただ今」
教皇の言葉に、見習い修道女が部屋から出て行く。
どうやら、教皇は妖精の好物を知っていたようだ。
「その狼人族の幼子も、ジングージ様のお供なのでしょうか?」
「そうです。古代遺跡都市で仲間になったコロニです。妖精達とも古代遺跡都市で契約しました」
「コロニ……女神様の祝福を持っていますが、まだ覚醒はしていないのですね」
「神眼で、そこまでお判りになるのですね。コロニは、自分と同郷の父と、狼人族の母の間に生まれた混血です」
「な、なんと! 人族と狼人族の混血ですと?」
「そうです。生まれた時から言葉を発せられない障害を持っていますが、心優しい子ですよ。残念ながら父と母は他界しております」
「そうですか……。しかし、獣人と人族の間では子が出来ないと言われておりますが……」
「理由は判りませんが、事実です。コロニの父親も迷い人だったのですが、自分と同じ国からの来たので、そのせいかもしれません」
「それは、勇者コジロー様と同じ国という事でしょうか?」
「そうです」
俺の言葉に、何故かベルの顔が赤くなる。
ベルの隣に座っていたハンナさんが、ベルの耳元で何か言う。
ベルの顔はさらに赤くなって、久々に俯いてしまい何故か俺の顔を上目遣いで見た。
なんだか、ベルと会ったばかりの頃を思い出す。
本当に、兎耳少女のベルは可愛い。
同じく、ベルの手前隣に座っていたアンが、逆にムスっとした顔つきになる。
いつもは仲の良い二人なのだが、何かあったのだろうか。
すると、俺の隣に座っていたサクラが、クスクスと笑った。
どうやら、ハンナさんとベルの会話が神耳によって聞こえてきたのだろう。
ガールズ・トークなのだろうが、少し気になる。
それからは、これまでの事を教皇へ話す。
既に、タースの傭兵反乱事件や、イサドイベのガウシアン帝国からの攻撃事件などは、教会からの報告で知っていた。
だが、それらの事件を解決したのが、俺達"自衛隊"と"九ノ一"だったとは知らなかったようだ。
新たなる勇者が現れたという事と、女神様の使徒がイコールでは無いのかもしれない。
まあ、俺にしても自分が勇者だとの認識は無い。
更にはカーティス・オブライエン少佐のように、使徒であって本人が拒絶している場合もあるからか。
最後に古代遺跡都市で、サンダー・ドラゴンとの戦闘を行い、それを撃退した話をすると、部屋中の人々が驚きの声をあげた。
目の前のマーガレット司教や、俺達の横へ座っていた"雛鳥の巣"の面々や、さしものテンダーのおっさんまで「なんじゃと!」と叫んだ。
何事にも動じないテンダーのおっさんでも、流石にドラゴンとの戦闘には驚くのか。
この異世界では、ドラゴンは女神様の眷族であり神獣だ。
しかし、邪竜と呼ばれる眷族ではないドラゴンもいる。
その代表格が雷竜なのだ。
これまでの冒険談に、教皇や教会幹部は驚きを隠せない。
そこへ甘いフルーツの盛られた皿が、コロニの前と俺の前に運ばれてくる。
ケサラとパサラは、皿へ飛んで行き、フルーツを頬張った。
普通サイズのフォークが添えられていたが、二人は手づかみだ。
「コロニも頂きなさい」
俺がそう言うと、コロニは笑顔で頷きパサラと仲良くフルーツをフォークで口へ運ぶ。
その時だった。
部屋へ一人の煌びやかな修道服を身に纏った女性が入室してくる。
「教皇様、何事でございましょう。広場に巨大な黒いゴーレムや、見慣れぬ物が有りましたが?」
「おお、セレステ、参ったか。紹介しよう、女神様の使徒様、ジョー・ジングージ様だ」
「えっ!? 女神様の使徒様?」
教皇の言葉に驚く修道女は、俺の顔を見るとその場に跪くのだった。