勇者の功績
俺は、「判りました」とアントニオさんへ返事をして、食後のお茶を楽しんだ。
お茶は、紅茶ではなく、香りの良い花茶の様な味わいで、エルドラさんによるとエルフの里に咲く花を煎じた、お茶だとの事。
エルフの里の人気の有る交易品で、スベニの街でも広く愛飲されている、お茶だと言う。
お茶を楽しんだ後、レストランを後にしたのだが、テンダーさんが「儂は後から行くぞい」と言って、俺たちとは、逆の方向へ歩き出した。
その時、俺は見てしまった。
テンダーさんが懐から時計らしき物を取り出して、それをしげしげと見ていたのを。
この異世界にも、時計があるのか。
いや、時計では無いのかもしれない。
元居た世界の俺が知る懐中時計に比べると、大きさは2倍近くあり、厚みも同じく2倍程あるように見える。
しかし、別の何かだとして、それは懐中時計に非常によく似た、円形の金属製だった。
俺達は、商業ギルドへ帰ってきて、ギルドの厨房へと入って行く。
この厨房は、ギルド職員の賄い用で有ると共に、交易品の食料品を試験的に調理する際にも利用できる様、普通の厨房よりも広く作られているのだとアントニオさんが説明してくれる。
既にギルド職員の昼食時間も終わっており、厨房内では、食器の洗浄や調理器具の後片付けが進行中だ。
アントニオさんが「竈の一つに鍋で湯を沸かしてください」と言うと、厨房で忙しそうに作業していた少し年配の女性が、「はい、アントニオ会長」と返事をして、片付けたばかりらしい大鍋を、まだ火が落ちていない竈へセットした。
どうやら、この厨房で戦闘糧食Ⅰ型の暖め方などを、実演して見せると言う事だと、俺は理解した。
アントニオさんの考える試食会を俺は理解したので、背嚢から本日分の残った戦闘糧食Ⅰ型を、無限収納から全て取り出した。
沢庵缶を既に1個は食してしまったので残り合計5個なのだが、ご飯缶とおかず缶のカンメシは、前回取り出したメニューと全て違っている事に気がついた。
今回のご飯缶は、赤飯と五目飯、それと定番の白飯だった。
おかず缶の方も、魚の水煮と筑前煮、そして待望のカレー缶だ。
どうやら、一日三食という設定ではあったが、沢庵缶以外はランダムにメニューが変更される、女神様仕様になっているらしい。
女神様に、これまた感謝だ。
しかも定番の白飯は、一個は必ず出るみたいで、下手なゲームのガチャよりも嬉しい仕様だ。
赤飯にカレーなんて、正直な話し毎日食いたいとは思えない。
戦闘糧食Ⅰ型を厨房の調理台へ全て並べてから、先ほどテンダーさんが懐中時計の様な物を持っていた事を、アントニオさんへ尋ねてみることにした。
「アントニオさん、先ほどテンダーさんが、懐から円形の金属製品を取り出して、それを見ながら歩き去っていきましたが、あれは何ですか?」
「ああ、あれはトケーという時を測る機械です。元々は勇者様がお持ちだった物で、それをお仲間達へ配った物だとか。詳しい話しを知っておりますかな、副会長?」
「そうです。トケーはエルフ族やドワーフ族が、余りにも時間に無頓着だったので、魔族軍との集団戦闘で上手く連携戦闘が出来なかったために、勇者コジロー様が各種族の将軍へ持たせたと、我らの伝承には残っています。
「なるほど、それをテンダーさんは、お持ちという訳ですか……」
「いやいや、ジングージ様。あれはドワーフ族が、勇者様から頂いたトケーを分解し、それ元に模写して新たに作ったトケーです。元々は手のひらの中に収まる程に小型だったと、ドワーフ族は言っておりますな」
「これ位でしょうか……」
そう言って俺は、左腕に装着している、個人所有物の友人に米軍PXで購入してもらった、軍用アナログ時計を見せた。
ちなみに、自衛隊では、腕時計の支給は無い。
全てが個人所有品で圧倒的に、某社製ナントカ・ショックを愛用する隊員が多いので、敢えて俺は、米軍の支給品を米軍の友人を通じて、米軍のPXで購入してもらい、以来愛用し続けている。
「おぉ!ジングージ様もトケーをお持ちでしたか。しかも、勇者様のトケーよりも更に小型とは……腕に巻き付けられる程に小型のトケーではないですか!」
「ジ、ジングージ様、もしや貴殿は、アズマ国では勇者コジロー様の血縁者と言う事では?」
アントニオさんとエルドラさんが、驚きを表して俺の腕時計をみる。
特にエルドラさんは、俺への羨望の眼差しが強まった。
エルドラさん、すいません……。美人のそういう眼差しで見つめられる事に、俺は耐久力が皆無です。
俺は、自分の頬が熱を帯びた事を感じた。
恐らく俺の頬は、赤くなってしまったのだろう。
時計の話題が出たので、ついでにと、この異世界の一年が何日なのか、また一日は何時間なのを尋ねてみた。
もともとエルフやドワーフ族は時間にルーズで、単位すら朝と晩位で済ましていたのだが、勇者コジローさんが持ち込んだ時計を元にして、一年は12ヶ月で、1ヶ月は30日、そして一日は、24時間と決まったとの事。
言うまでもなく、1時間は60分で1分は60秒だ。
即ち、俺の知る時間単位と、大きな違いは無いことが判明した。
勇者コジローさんは、時間単位の他にも、それまで国や種族によって違っていた距離や、重量の単位も標準を決めたそうだ。
最も元居た世界であっても、距離や重さの単位は、未だに国々によって違っている。
日本では、尺貫法からメートル法に切り替えたが、英語圏では、未だにメートル法はポピュラーでは無い。
そういう意味では、この異世界へ単位の標準化をもたらした勇者コジローさんの功績は、素晴らしいと言えよう。
ちなみに、メートルは"メトル"、センチは"サンチ"、ミリは"ミリー"と発音されており、Kmが"ケーメトル"となる。
グラムはそのままで、Kgは"キログラム"ではなく"ケーグラム"、mgは"ミリーグラム"といった具合だ。
文字は、アルファベットでは無く、この異世界の標準文字に置き換えられており、その文字を俺も意識する事なく読むことができる。
恐らく、これは俺の想像だが、女神の祝福によって、自動翻訳されているのではないかと思っている。
勇者コジローさんの功績――いや偉業と言うべきだろう――に、驚嘆していると、厨房に騒がしく入室してきた小柄な男性。
そう、ドワーフの筋肉だるまのおっさんだ。
テンダーさんは、もう一人のドワーフ族の男性を連れていた。
テンダーさんに比べると髭も短く、体つきも少し細めで何より歳が若そうに見える。
「待たせたな。さあ、カンヅメの会議を始めるとするか。金属缶を作るとなれば鍛冶専門職も必要じゃろうと思い、気を利かせて儂の弟子をつれてきてやったぞい」




