ステーキ・ソース
「すみません、記憶がありません……。身分証表示板の表示では、アズマ国の出身らしいのですが、それ以外は不明です」
(テンダーさん、申し訳ない。嘘です)
「うむ、そうだったか。迷い人だったな……すまん」
ドワーフの生産ギルド長は、謝罪してくれた。
いや、本当に謝罪したいのは俺の方なのだ。申し訳ありません。
取り敢えず、テンダーさんも落ち着いた様子なので、ビクトリノックスのマルチツールを返してもらい、戦闘糧食Ⅰ型の沢庵缶詰の蓋を開けることにする。
缶切りブレードで、最初の切り込みを入れる際に、皆さんには静かにしてもらう様にお願いしてから、缶詰にマルチツールの缶切りブレードで切り込みを入れる。
プシュッと缶の中に空気が入る音がしたので、この音の意味を俺は説明し始めた。
「この缶詰の中は空気が完全に抜いてあり有ります。この状態であれば中の食物に熱が通してあるので、雑菌が繁殖せずに長期間の保存が可能となります」
アントニオさん、エルドラさんは何となく頷いたが、流石に職人のテンダーさんだけは違った。
「缶の中の空気を抜いてあるのか。どうやって空気を抜くのだ、小僧……ジョー?」
「それは、幾つか方法がある様ですが、詳しくは自分も知りません」
「そうか……」
それでもテンダーさんは納得してくれた様子で、腕組みをしながら蓋の開いた缶詰をじっと見つめる。
丁度、沢庵缶詰の蓋を開けたところで、ドアがノックされ「失礼致します」と声がかけられ、ウェイトレス達が料理やスープなどをワゴンに乗せて入室してきた。
缶詰の説明は、取り敢えずここまでとし、ウェイトレス達が料理をテーブルに並べ終わるのを待つ。
料理が各自の前に並べられ、それを待っていたアントニオさんは、ウェイトレス達が退室するのを待ち、にこやかに言う。
「では、いただきましょう。ジングージ様、ささ、お召し上がりください」
「頂きます。缶詰の漬け物も、お召し上がり下さい」
俺は、目の前のステーキに、まずナイフを入れてフォークで自分の口に運ぶ。
何の肉だかは、見た目では判らなかったが、味から察するに牛肉の様に思えた。
肉自体は、柔らかくもなく、霜降りの様な油が乗った肉でもない。
アメリカで食べた事のある、少し固めの赤身肉だった。
香辛料は、胡椒の味はせずに、塩と大蒜のみで焼かれている様に感じた。
しかし、ステーキのソースは絶品で、フォンドボーの様な円やか、で重厚な深みのある味わいだ。
これは、美味いと思う。
正直なところ、保存食の干し肉が、あまり美味くは無かったので期待してはいなかったのだが、これは凄くいけてる。
俺以外の三人はと言うと、缶詰の漬け物――沢庵――を、各自のフォークで口に運んでおり、「美味い」と口を揃えて言う。
既に、沢庵を食した事のあるアントニオさん以外は、「これが保存食か……」と絶句している。
特にテンダーさんは、「歯ごたえが溜まらんな。酒が進む」と、追加されたワインを豪快に呷っていた。
「アントニオさん、この焼き肉は美味しいですね。特に、この焼き肉のソースは絶品です。何の肉なのでしょうか?」
「おお、お気に召して何よりです。この肉は、スベニの南の牧場地域で飼育されている白牛の肉です。そして、お褒めいただいたソースが、スベニ自慢のソースなのです」
「そうですか、いや美味しいです。このソース、是非とも缶詰にしたいですね」
「おお、流石ジングージ様。このソースで肉を煮込んだスープは、スベニの家庭料理でもあります。私めも、これがカンヅメに出来ないかと思っておりました。はははは」
確かに、このフォンドボーに似たソースで牛肉を煮込めば、極上のビーフ・シチューに仕上がるだろう。
缶詰のメニューとしては、最高だ。
これは何としても、アントニオさんと協力してビーフ・シチュー缶詰の実現をしてみたいと思うほど、美味しいステーキ・ソースだ。
元の世界では、コース料理として、前菜、スープ、と順番にテーブルに並べられるのだろうが、ランチ・メニューだからだろうか、パンやサラダ、スープなどが、全て同時に並べられている。
俺は、テーブルの上に、ステーキと一緒にだされていたスープを、スプーンで飲んでみた。
これも香辛料の味は、殆どしなかったが、野菜や肉の出汁が効いていて美味しかった。
やはり、この異世界では、元の世界の中世ヨーロッパ同様、香辛料の流通が殆どないのだろうか。
この異世界でも香辛料を流通させれば、それだけでも食文化は、急激に進歩するだろうなと思う。
パンも一つ食べてみる。保存食の乾燥パンは、硬くて食べるのに苦労させられたが、このパンは柔らかくて美味しい。
しかも、焼きたての白いパンだ。不味いはずが無かった。
俺は、二個めのパンに手を伸ばし、ステーキ・ソースに絡めて食べてみる。
これは、いけると思い、思わず「美味い」と声に出してしまう程だった。
「アントニオさん、スープもパンも美味しいですね」
「そうですか、そうですか。それは良かった。ジングージ様のカンヅメも美味しかったので、お口に合うか心配しておりました」
俺は、料理を作るのは得意ではないが、アウトドアでのバーベキューやキャンプでの料理は、防衛大学校時代の仲間たちと、よく集まっては、わいわいと騒ぎながらやっていた。
しかし、グルメ三昧する程の経済力は、防衛大学校の給金では無理な話で、フランス料理のフォンドボーなどを作り出す事は、絶対に叶わない。
だが、既存のソースを缶詰にする事なら、俺でも何とか出来そうな気がする。
出されたステーキをメインにした食事が終わると、デザートらしき果物が盛られた皿がウェイトレスによって、各自のテーブルの前に出されてくる。
これらの果物は、見たことも無い果実で、色とりどりのカラフルな果実だ。
口に入れてみると甘い果実もあれば、酸っぱさ満点の果実もあり、食感も柔らかいものあり、しゃきしゃきとした心地よい歯ごたえのものもあって、どれも美味しかった。
「さて、後は食後のお茶だけです。お茶を済ませたら、ギルド本部へ戻ってから、カンヅメ製造についてのお話をしたいのですが、よろしいでしょうかな。ジングージ様?」




