勇者召喚
魔法陣の中心へ俺達が近づくと、コロニちゃんが駆け足で中心から少し離れた魔法陣の輪へといきなり走って行く。
どうしたのかと思い、俺もコロニちゃんの後へと続く。
コロニちゃんと一緒に歩いていた、ウメさんとヒタキさんも離されまいと走り出す。
そして、魔法陣の中心地点から3m程離れた場所で、コロニちゃんは止まり、そこへしゃがみ込んで描かれている図形を指さした。
そこに描かれていた図形は、エリーンさんの残してくれた地図に描かれていた印と、全く同じ形をしている図形だったのだ。
「コロニちゃん、その図形の意味は知っているのかい?」
俺が尋ねると、コロニちゃんは首を横に数回振り、図形の意味は知らない様だ。
では、何故、この図形の場所まで来たのだろうか。
何かの意味があるのだろうと思い、俺は、それを尋ねてみる。
「それじゃ、何故、この図形の所まで来たの? お母さんが地図に同じ図形を書いていたのだけど……」
俺の質問に、コロニちゃんは上目使いで俺を見つめ、何かを必死に訴えている様子だ。
すると、コロニちゃんの肩に止まっていたパサラが代わりに口を開いた。
「ジョーさま、コロニのとうさんが、このばしょでみつかった」
「ええっ! 此処でエリーンさんが、コロニちゃんの父親のケミンさんを発見したのか?」
「そうだと、コロニは言ってる」
「そうか……此処でか……」
成る程、そう言う事だったのか。
エリーンさんは、夫となるケミンさんを、此処で発見したので、地図に印を書き入れ、その印を魔法陣に描かれていた図形と同じ印にしたのだ。
恐らく、その事を娘のコロニちゃんにも聞かせていて、一緒に魔法陣へ訪れた事もあるので、コロニちゃんは、それを覚えていた訳か。
となると、日本人と思われるケミンさんは、この魔法陣の力で、この異世界へ強制的に召喚されてしまったと言う事も考えられる。
この魔法陣には、異なる世界を繋げる事が出来るのか、或いは転送を行う力があるのだろうか。
俺の様に、元に世界で既に死んでしまった者では、元の世界へ戻る事などは考えもしなかったが、神隠しと呼ばれる転移や召喚などで、自分の意思とは無関係に、この異世界へ来てしまった者にとっては、きっとこの魔法陣の秘密を解き明かし、元の世界へ戻る方法を探し出したいと思う事だろう。
ひょっとすると、エリーンさんの地図へ印を書き込んだのは、他ならぬケミンさんだったのかもしれない。
しかし、今となっては、ケミンさんもエリーンさんも亡くなってしまっているので、それを確かめる術は無い。
とすると、この魔法陣は誰かが操作しなくとも、勝手に発動してしまう可能性も有るのだろうか。
呼び寄せる事が可能なのであれば、送り出す事も可能と考えれば、この魔法陣によって、この異世界の人々が、何処か他の世界へ飛ばされてしまう危険性も孕んでいる。
だとすれば、やたらに触ったりするのも危険だ。
何時、この魔法陣が発動するかもしれないのだから。
俺は、直ちに全員に告げた。
「全員、急いで魔法陣の中から待避して、魔法陣の外へ出ろ!」
「主様、この魔法陣は危険な存在なのでございますか?」
「恐らく、発動したら、取り返しが付かない事になる。みんな、急げ」
「「「「「はいっ!」」」」」
俺の指示で、全員が魔法陣の外側へと走り出す。
ウメさんは、しゃがみ込んで居たコロニちゃんを片手で抱きかかえると、有無を言わせず走り出した。
その後を、パサラが置いていかれまいと、一直線に飛んで後を追う。
他の面々も、96式装輪装甲車へ向かって全速力で走って行く。
マユさんは、あのくそ重い重機関銃M2を肩に担ぎ上げ、みんなと同じ速度で走っている。
俺には、絶対に真似の出来ない事で、改めて獣人の身体能力の高さに舌を巻いた。
俺達全員が、魔法陣の外へ出る事が出来て、取り敢えずは何事も無く無事だった。
この魔法陣の事は、冒険者ギルドのシラリアさんや、警備隊のローラン隊長へ報告して、立ち入り禁止区域に指定してもらった方が安全だろう。
どういうタイミングで、この魔法陣が発動するのかが判れば、危険度は低くなるだろうが、それまでは君子危うきに近寄らずだ。
恐らく、ケミンさんが召喚されてしまったのも、偶然に魔法陣が発動してしまったからなのだろう。
もしかしたら、ケミンさんの他にも、この魔法陣によって元の世界から強制的に召喚、転移された被害者が居たかもしれない。
更に、この魔法陣の動作が不完全で、召喚・転移された人間は、記憶喪失になってしまうと言う欠陥を持つ魔法陣かもしれないので要注意だ。
それにしても、こんな魔法陣を何のために古代人達は作り上げたのだろうか。
何処かに、記録でも残されていれば、秘密を解き明かす事も出来るかもしれないが、古代遺跡都市には、文字らしい痕跡は全く無いのだ。
唯一、文字とも図形とも見える、この魔法陣に描かれている模様なのだが、少なくとも俺の"女神様の祝福"による翻訳機能が働かないと言う事は、文字では無い様に思える。
謎が謎を呼ぶ、古代文明の残した魔法陣だが、今は手を着けない方が懸命の様だ。
「みんな、魔法陣の外へ出たな」
「「「「「はい」」」」」
「この魔法陣は、恐らくだけど、別の世界から人を呼び出したり、逆に送り込んだりするための物だと思う」
「……空間転移魔法?」
「そうだ、ナーク。たぶん似た様なものだと思う。ただ、全く別の世界と行き来するための魔法陣だと思う」
「主様、その昔、古代文明が栄えて居た頃は、勇者召喚の魔法が有ったと伝えられておりますが、そのための魔法陣でしょうか?」
「勇者召喚? 魔法で勇者を召喚してたのかい……1000年以上も前に?」
「はい。言い伝えでは、召喚された勇者様は、一騎当千の無敵な方々だったと伝えられております」
「その言い伝えは、教会にも残っています。司教様がお話しされていましたが、古代文明が滅んでしまった後、その勇者召喚の魔術も消えてしまったそうです。でも、80年前の魔族との戦いで、勇者コジロー様が突如現れ、女神様のお力による勇者召喚だけが唯一なのだと」
「成る程な。魔法陣による勇者召喚か。いや勇者召喚というよりも戦士召喚の魔法陣と呼んだ方が良いかもしれないな。召喚した者の記憶が消えてしまうのが、洗脳だったとすれば、辻褄が合う」
「洗脳って、何?」
「召喚した者を、ゴーレムの様に命令すれば何でも言う事を聞く戦士とするための事さ。奴隷には、反逆する意思があるけど、洗脳された召喚戦士は、絶対に逆らわないゴーレムと同じになる」
「それは、怖いでしゅ。自分が自分では無くなるなんて、酷すぎましゅ」
「ああ、人を人では無く道具としてしか見ていないんだからな。古代人達は、そんな事までして、どんな敵と戦っていたんだ……」
「伝承では、古き神々とだけ伝わっていると、司教様が仰っておりました」
「古き神々? 女神様よりも前に信仰されていた神々が居るの?」
「はい。今は、フノス様一柱ですが、大昔は何柱かの神様が居られたそうです」
「ふーん、スベニに戻ったら、マーガレットさんに、詳しく教えて貰った方が良さそうだね」
俺は、疑問点が沢山出来てしまったので、この件は先送りしてしまう事にした。
一番の疑問点は、勇者召喚のための魔法陣だったとして、1000年以上前の俺達の世界から、人類を召喚しても戦力的には決して大きな存在にはならない。
古代文明のアーティファクトの攻撃能力を考えれば、少なくとも第二次世界大戦以後の武器が召喚できなければ戦力外だ。
だとすれば、他の世界から強靱な身体を持った人類とか、強力な魔法が使える種族とか、超能力者とかを召喚出来るのかもしれない。
そう考えると、この魔法陣を発動しても、元の世界へ戻れるとは限らないし、当然ながら召喚できるとも限らないのだ。
だとすれば、ケミンさんが召喚されてしまったのは、本当に運が悪く魔法陣が誤動作してしまった事による事故だったのかも知れない。




