契約
カラフルな毛玉の群体から、単独の小さな姿に戻った妖精達は、僅かに光る粉の様な粒子を飛び散らせながら、空中を蝶の様に舞っている。
それは、まるで夜空に大輪の花を咲かせる花火の様でもあった。
この美しい妖精達の空中ダンスを、"女神様の祝福"を持たない仲間達ににも、何とか見せてやりたいと思い、俺は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、カメラのモードへ切り換える。
そして俺の予想どおり、液晶画面には妖精達が空中を舞う姿が映し出された。
このスマートフォンは、女神様の特別仕様なので、GPS以外にも、女神様の恩恵が有るかもしれないと思ったのだが、やはり有った。
「ベル、アン、この画面を見てごらん」
「えっ、何、何?」
「うわぁー、綺麗です。これが妖精でしゅか?」
「本当だよ。みんな光って踊っているよ!」
「ああ、さっきまでの実体化した姿よりも、こっちの姿の方がずっと綺麗で可愛い」
「そうなの?」
「綺麗でしゅ……。とっても可愛いでしゅ」
「"九ノ一"のみんなも見てご覧よ」
「「「「「拝見させて下さい。主様」」」」」
みんなが、スマートフォンの液晶画面に映し出された、空中で乱舞する妖精達の姿に釘付けになった。
もちろん、"女神様の祝福"を持った者は裸眼で眺めているし、ナークも妖精達の舞う様子を静かに眺めている。
コロニちゃんの周りには、特に多くの妖精達が、その周りをフォークダンスでも踊っているかの様に、くるくると飛び回っており、コロニちゃんも笑顔で妖精達を追い回す。
それはまるで、妖精と鬼ごっこをしているかの様だ。
コロニちゃんと妖精の鬼ごっこを、帰りかけていたシラリアさんとレシク君も、振り返って眺めている。
そして、名残惜しそうにシラリアさんとレシク君は、俺達の宿営地を後にして帰って行った。
代わりにやって来た、最後の受付嬢達に入浴の案内をしてもらうべく、"九ノ一”の未だ入浴が済んで居ないユキさん、ツバメさん、ホタルさんへお願いをする。
これで、"九ノ一"の面々で入浴をしていないのは、サクラさん、ヒグラシさん、ツキさん、モモさん、ハヤブサさんだけだ。
次はアンとベル、そしてミラと一緒に入ってもらえば良いだろう。
俺と、ロックは最後の入浴でゆっくりと入らせて貰う事にする。
そろそろ夕暮れ時となり、辺りは薄暗くなりつつあるので、妖精達の光り輝くダンスは、更に美しさを増し、光の粒子が尾を引くように光跡となっており幻想的だ。
俺は、妖精達のダンスを眺めながら、テーブルの上にイサドイベで仕入れて来た果物を出す。
それを見たサクラさんが、すかさず小さな果物ナイフで皮をむき始め、食べ易いサイズにカットして行く。
その時、妖精達の集団から一体の妖精が、俺の居るテーブルの方へと飛んで来た。
なんだ、腹ぺこ妖精か。
別に、食いたいなら幻想的で美しいダンスを見せて貰った礼に、食べても構わないが。
飛んできた妖精は、金髪の長い髪をしており、小さな顔は端正で目は青く、まるで米国製の着せ替え人形に、半透明の羽根が生えている様だ。
妖精は、俺の顔の周りをぐるぐると飛び回り、時折ホバリングしては俺の顔を見る。
何やら口をぱくぱくしているので、喋っている様にも見えたが、残念ながら俺には何も聞こえて来ない。
俺の頂いた"女神様の祝福"は、この異世界の全ての言語の相互翻訳機能らしいので、それが妖精であっても機能している筈なのだが、音として聞こえて来ないので翻訳もされていないのだろう。
すると、サクラさんが口を開いた。
「主様、この妖精の言葉は、聞こえませぬか?」
「ああ、やっぱり何か言っていたのか。残念ながら何も聞こえないんだ」
「とても小さな声なのです。私にもかすかにしか聞こえませんが……妖精さん、私の耳元で喋ってくださいな」
サクラさんの言葉に、俺の周りを飛んでいた妖精は、サクラさんの耳元まで飛んで行き、先ほどと同じ様に口をぱくぱくと動かしている。
「主様、この妖精は、主様と契約をしたいそうでございます」
「契約? いきなり怪しさ一杯の話しだな。何の契約だい?」
「はい。主従契約だそうです。……女神様の使徒様なので、修行のために契約をして、お供がしたいのだそうです」
「修行? それに、俺が"女神様の加護"も頂いているのが判るのか?」
「お待ち下さい。その理由を妖精が話しております」
何だか、怪しい話しが妖精から提案された。
いきなり契約って、そんな危ない話し、元の世界なら100%詐欺に決まっている。
父親からも、他人の保証人には絶対なるなと言われているし、契約は簡単にするなとも言われていたのだ。
「お待たせしました。この妖精が言うには、妖精の女王になるためには、修行を積む必要があるのだそうです。そして、主となる条件は、"女神様の加護"か"祝福"を頂いている者でなければならず、幸いにも主様は両方をお持ちなので、お願いをしているそうです」
「ふーん、そうなんだ。それで、その契約をすると、俺は何をしなければならないんだい?」
「食事と寝る場所の提供だそうです」
「まあ、それは良いとして、妖精は俺に何をしてくれるの?」
「危険を知らせてくれるそうです」
「他には?」
「お待ち下さい。……他には、何も無いそうです」
なんだか、契約しても大きなメリットは無いけど、この小さな身体ならば、そう大食らいでもないだろうし、寝る場所などはどうにでもなりそうだ。
危険察知の提供か……、有って困る事は無い。
待てよ……危険察知、それが絶対に必要な者が居る。
俺は、残る疑問をサクラさんに尋ねて貰う。
「で、契約期間はどの位なの?」
「それは、主様が契約を打ち切るまでだそうです」
「成る程、此方に不都合な点は無い契約だね。もう一つ、妖精の言葉が俺には聞こえない。何時もサクラさんに通訳をしてもらう訳にも行かないからね。それはどうなの?」
「お待ち下さい。……契約すると、誰にでも聞こえる声で喋る事が出来る様になるとの事です」
「そうか。では、俺の条件を飲んでくれるなら、君と契約しよう。あそこで君達と遊んでいる狼人族の女の子とも、妖精の誰かが契約してくれるなら君と契約するよ。……あの子は、喋る事が出来ないんだ。それで良ければだけど」
俺の言葉を聞いた妖精は、数度頷くと凄い速度で仲間の妖精達が舞い続ける所まで飛んで行った。
さて、どうなるだろうか。
今後、コロニちゃんが生きて行くには、危険察知を提供してくれるパートナーが居れば、もの凄く安全度が高まるだろう。
俺達が、このカタンの町を去って行った後、一人で生きていく上にも、それは重要だ。
俺は、そう考えながらサクラさんのカットしてくれた果物を口に放り込む。
うむ、甘酸っぱいけど、さっぱりしている。
すると、金髪の妖精が、真っ白な髪に赤い目をした純白の妖精を連れてきた。
「主様、この白い妖精が、コロニちゃんとなら契約しても良いそうです」
「そうか、ならば俺も契約するよ。その白い子も良いのかい?」
俺が妖精に言うと、金髪の妖精が白い妖精と見つめ会う。
そして、白い妖精が微笑んで何度も頷き、口をぱくぱくさせた。
なんだか、この白い妖精、少し変だな……。
この白い妖精、もしかしてアルビノなのかもしれない。
「その白い妖精、何だか様子が変だね」
「お待ち下さい、主様。……成る程、判りました。この白い妖精は、耳が不自由なのだそうです。ですが、契約してくれれば妖精は念話でも会話できるそうです」
「なんだって! 念話って心で念じるだけで、意思の疎通を行う事ができるのかい?」
「そのとおりだそうです。この白い妖精は、前から喋らないコロニちゃんが、大のお気に入りなのだそうです」
「良し判った。願っても無いコロニちゃんの相棒だ。で、契約はどうやるの?」
俺は、サクラさんを通訳にして、妖精との契約を行う事にした。
何だか、うまい話すぎる気もしたのだが、サクラさん曰く妖精は女神様の最下級の眷族でもあるので、嘘は無いとの事。
何よりも、コロニちゃんのまたと無いパートナーが得られるのだ。
このチャンスを逃す手は、寧ろ有り得無いだろう。
妖精達と戯れているコロニちゃんを呼んで、俺とコロニちゃんは妖精との契約儀式を行う事にした。




