ガーゴイル
円柱内の梯子を昇り切ると、そこは屋上への出入り口が既に開いており、そこから日の光が差し込んでいる。
どうやら、下側の隠し扉と連動して、屋上側の扉も開く構造の様だ。
円柱は、更に上まで伸びているが、内部の梯子は此処までしか無く、円柱内も空洞では無かった。
俺は、屋上へと扉を潜って出ると、そこには異様な姿をした石像が、多数整列している風景が目に飛び込んで来る。
思わず俺は、肩に掛けていた89式小銃を構え、その石像群に狙いを定めてしまう。
俺に続いて、ロック、ベル、ミラ、そしてコロニちゃんが昇って来たが、俺と同じ様に多数の石像に驚きを隠せない様子だ。
最後にナークが昇ってきて、俺達と同様に異様な石像群の風景に息を飲む。
「この石像達は、一体何でしょぅか?」
「うーん、ガーゴイルにしては、外側を向いて居ないしなあ……。第一、外を囲っている塀より低いから、雨樋の役目を果たさないから違うか」
「ガーゴイルって何でしゅか?」
「ああ、俺の居た世界で、魔除けを兼ねた雨水の排水用の石像の事だけど……。これは違うな」
「見た目は、ゴブリンの背中に翼が生ぇたみたぃな姿ですね」
「お兄ちゃん、あの悪魔イニットにも似ているよ」
「……翼の形が違う」
「そうだね。ナークの言うとおり、翼が蝙蝠みたいじゃ無くて、鳥の翼みたいだ」
「こんな魔物は、見た事も聞いた事も有りましぇん」
「僕も初めて見ました」
「私も初めてです。教会の教典にも描かれておりません」
「……あたしも初めて見る」
「そうか、俺は似た石像を見た事があるから、ガーゴイルかと思ったけど、用途は全く違う石像だな。ちょっと調べて見るか」
俺は、石像の一体へ近づき、その詳細を調べてみる事にする。
ガーゴイル風では有るが、用途は明らかに雨樋では無く、別の目的で作られたのは間違い無いだろう。
そもそも、この古代遺跡都市の建物には、装飾らしい加工が一切施されて居らず、打ちっ放しのコンクリート製の様に見える建物ばかりだ。
つまり、ガーゴイルの様な美術的な構造物を、わざわざ設置するとは考えにくい。
だとすれば、もっと実用的な石像と考える方が、ずっと理に敵っている。
ガーゴイルもどきの石像は、身体の高さが1m程度で背中にある翼は折り畳まれているが、広げれば片方の翼だけでも2m程ありそうなので、両翼を広げれば約4m程となりそうだ。
その翼は、石で作られているとは思えない程、細かく精巧に作られている。
しかも、その翼の羽根を触ってみると、何と一枚一枚の羽根は可動式となっていたのだ。
俺は無理矢理、翼を広げてみようとしたが、翼は動かない。
両手両足は、守護者ゴーレムと同様、球体ジョイントによる稼働関節だ。
これは、ひょっとしたら……。
俺は、ある推理が閃き、石像の目の部分を調べてみる。
目の部分に填め込まれている石は、長年の塵や埃が付着していたが、それをらを水筒から水を流してから指で綺麗に擦り取った。
そして、目に填め込まれた石が元の色を取り戻し、俺の推理は確信へと近づく。
本当は、此処で試してみたかったのだが、それは残念ながら出来ないので、これらのガーゴイルもどきの石像は、全て回収して行く事にする。
石像の数は、全部で20体あり、破損している石像は一体も無い。
屋上の周囲を囲っている壁よりも石像の高さが低いために、下からは石像の存在が発見されない状況だったのも幸いしている。
そして、隠し扉による屋上への昇降を阻む構造により、一体の石像も略奪される事無く、1000年以上放置されたままだったのだろう。
俺は、20体のガーゴイルもどきを、片っ端から無限収納へと入れて行った。
「よし、全て回収したから、戻るとしよう」
「ぁの石像、何かの約に立つのですか?」
「多分ね。それもロックの新たな戦力になると思うよ」
「僕の新しぃ戦力ですか?」
「そう。正確に言うと、指揮者ゴーレムの戦力だけどね」
「どぅ見ても、ぁの石像は強そぅには見ぇませんでしたが……」
「まあ、宿営地に戻ってから試してみれば判るさ」
「はぃ。良く判りませんが期待しちゃぃます」
「期待しててよ。さあ、戻ろうか」
「「「「はい」」」」
「コロニちゃん、俺の背中に負んぶするから、しっかり捉まってね」
コロニちゃんは、俺の言葉にこっくりと頷き、しゃがんだ俺の首に両手を回して、しっかり俺の背中へ乗って来る。
俺は、そのままコロニちゃんを背負い、円柱内の梯子を降りて行く。
他のメンバーも、俺に続いて梯子を降り、全員が管制塔の最上階へと戻って来た。
俺が、ロックへ隠し扉が閉まるかどうかを試して見る様に言うと、ロックが円柱に手を触れる。
すると、開いて居た感応開きの隠し扉は、再び稼働音を響かせて閉じて行き、そして完全に閉じてしまうと円柱へ完全に一体化した。
ロックは「閉じろ」と念じて手を触れたと言うが、開いた時は特に何も念じては居無かったと言う。
どう言う仕掛けなのかは詳細は判らないが、守護者ゴーレムや指揮者ゴーレムが、音声制御に加えて思考制御で動かせる事を考えれば、似た様な構造を持たせているのに相違ないだろう。
後は、螺旋階段を降りて行くだけなのだが、あの悪臭漂う空間を再び行かねばならないのは苦痛だ。
屋上では感じなかったが、この最上階でも階下から昇って来る異臭が、少しだが漂って居る気がする。
俺は、無限収納から装備品の防護マスク4型を召喚する。
たかが異臭程度で、防護マスクの装備は大げさなのだが、使える装備は使わない手は無い。
防護マスク4型は、10個まで召喚が可能だったので、取り敢えず人数分を召喚した。
この防護マスク4型を使うのは、俺も含めて皆が初めてだったので、その形状に全員が驚いている。
俺が、「異臭が防げるよ」と言うと、全員が「本当ですか」と驚きの言葉を発した。
先ずは俺自身が、防護マスク4型を装着して見せると、全員が俺に習って同じ様にマスクを装着して行く。
コロニちゃんへは、俺が装着してやる事にしたが、まだ顔も小さいコロニちゃんには、防護マスク4型は大きすぎたので、調整ベルトを一番小さくしてから装着してみると、何とか隙間無く装着が可能だった。
防護マスク4型の重さは2Kg程あるので、コロニちゃんに取ってはかなりの重さだ。
しかし、嗅覚の優れた狼人族にとっては、重さよりも異臭防御の方が良いだろうと思う。
防護マスク4型を全員が装備し終わり、俺達は螺旋階段を下り始める。
螺旋階段を降りて行き三階へと戻ってきたが、防護マスクの効果は絶大で、異臭は全く臭う事は無かった。
更に、普通の階段で二階、一階へと降りて行き、再び地上へと戻って来る。
オーク達の死体の山が、俺達の目の前に見えている。
未だ、血の臭いに誘われてゴブリンや他のオークが、死体を漁りには来て居ない様だ。
さっさと、此処から離れようと足早に、死体を避けて立ち去ろうとすると、コロニちゃんが俺の戦闘服の裾を引っ張った。
「どうしたの?コロニちゃん」
すると、コロニちゃんは、首に提げている小さな黒板へ蝋石で文字を書いた。
『討伐の証拠。オークは右耳』
そう書いた黒板を俺に見せ、背中に背負った小さな袋から10cm位の鞘へ入ったナイフを取り出し、オークの死体へ近づき、ナイフで右耳を切り取り始める。
「ジョーさん、冒険者ギルドの常時討伐依頼でオークの討伐が有るのでしょぅ。コロニちゃんは、それを集めてぃるのですよ」
「なるほど。健気だな……それを無視する訳にも行かないね」
どうやら、冒険者ギルドの討伐依頼でオークの討伐が出ているらしく、その討伐の証拠品として右耳を提出するらしい。
俺達は、タースに続いて、イサドイベのシムカス伯爵からも多額の報奨金を頂いているので、オークの討伐など全く眼中に無かったのだが、コロニちゃんに取っては生活の糧となる宝の山が目の前に大量に転がっているのだ。
幼い孤児が、一人で生きて行くには、重要な行為なので、それを阻む事など俺達には出来ない。
コロニちゃんの使う小型のナイフでは、大きなオークの耳を切るにも苦労している。
俺は、無限収納から89式多用途銃剣を召喚して、それをコロニちゃんへ渡す。
「コロニちゃん、この剣を使いなさい。そのナイフよりも良く切れるから注意してね」
コロニちゃんは、頷いてから89式多用途銃剣を俺から受け取り、ホルダーから剣を早速抜いて見る。
防護マスク4型で顔全体が覆われているので表情が良く判らないが、可愛い尻尾が激しく左右に振れているので、とても喜んでいる事は良く判った。
「よし、全員でオークの右耳を回収だ。コロニちゃんを手伝おう」
「「「「はい、やりましょう」」」」
俺達は、各々の89式多用途銃剣を用いて、100体以上は有るだろう大量のオークの屍から、討伐の証拠となる右耳を採取し始めたのだった。




