勇者
エルドラさんは、少し興奮した口調で、勇者――コジローさんと呼ばれたが、この名前からは日本人と思える――に関して語りはじめた。
アントニオさんのアズマ国に関する情報よりも、かなり詳しく知っている様子だ。
それにしても、約80年年前に勇者と一緒に戦ったエルフの戦士が、未だに存命しているとは、この異世界でもエルフは長寿の存在なのだろうか。
「私が幼い頃に、勇者コジロー様と共に魔王軍と戦った方から聞いた話ですが、勇者コジロー様は魔王軍との戦いの後、ご自分の故郷を探す旅に出たそうです。その旅に、我がエルフの里の戦士や、獣人らの戦士、人族の魔法使い等、大勢の仲間達が同行させて頂き、大陸の東の端まで行き着いて、更に海を渡り大きな島へ行かれたのだとか」
「なるほど、そこでアズマ国を建国されたのですか?」
「はい、その島は勇者コジロー様の故郷では無かったので、勇者コジロー様は酷く落胆されたそうでした。しかし、同行した仲間と共に新たな国を建国され、それが現在のアズマ国になったと聞いております」
勇者の建国した国が、アズマ国か……。
勇者の名前と言い、国の名前と言い、勇者は俺と同じ様に日本から女神様によって転生・転移され、この異世界にやって来たのかもしれない。
「エルドラさん、勇者……コジロー様の容姿などは、伝えられておるのでしょうか?」
「はい、絵物語になるほど有名です。黒髪を短髪に刈り上げられて、瞳は漆黒だったそうです……そう、ジングージ様と、全く同じです。また、着用していた衣服は濃い緑色の上下だったそうで、今でもこの服装は勇者服として、冒険者や軍隊に人気が有るほどです」
この異世界の男性は、黒髪は多くは無い感じだが居なくは無い。
瞳の色も同様に、黒い瞳をしている人や獣人もいた。
しかし、短髪に刈り上げている男性は全く目にしていない。
アントニオさん始め、ギルバートさんやガレル君、ラック君も、長髪と言うまでは伸ばしていないが、かなり長めの髪をしていた。
更に、濃い緑色の上下と言えば、旧日本軍の軍服だったのかもしれない。
約75年前と言えば年代的にも戦死された軍人が、女神様によって転生・転移された可能性は高いだろう。
「そうですか、その勇者コジロー様は、こんな兜を愛用されていませんでしたか?」
俺は、そう言って88式鉄帽を背嚢から取り出して、エルドラさんに見せた。
「……似ています。勇者コジロー様の絵物語に描かれている兜も、この様な円形をした突起の無い兜として描かれています。ただ、この様な複雑な模様は無く、戦闘服と同じ濃い緑色でした。ジングージ様の服は、兜と同じ様な複雑な模様ですね。遠目には勇者コジロー様と同じ緑色に見えますが……」
「副会長、この複雑な模様の柄は、メーサイという柄だそうですよ」
「メーサイですか……何とも奇妙な柄ですね」
「森や草原などで、敵から視認されにくくする色彩と柄なのだそうです。おっと、これはジングージ様から教えて頂いたのですけどな。はははは」
「そうですか。私もアズマ国や勇者コジロー様に関しては、その程度の知識しかないのですが、より詳しい情報を持つ者が、エルフの里におります故、文をしたため次に交易馬車で持たせることに致しましょう。詳細が判明しましたら、ジングージ様にお知らせいたします」
「はい、お手数をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
エルドラさんへ俺は、礼を言って頭をさげる。
更に、もう一つだけエルドラさんに質問をすべく、ソファーの脇に立て掛けてある89式小銃を手にした。
「エルドラさん、もう一つ、こちらをご覧ください。似たような杖を勇者コジロー様は持っていたのではないでしょうか?」
「その様な奇妙な形をした杖は、絵物語には描かれておりませんでした。勇者コジロー様が、魔王軍と戦闘した際には、鉄の箱車に乗り、爆裂魔法を放ちながら魔王軍を踏みつぶし回ったと、伝承にはありました」
なるほど、鉄の箱車か……戦車かな。
爆裂魔法は、戦車の主砲をぶっ放しながらと思える。
小銃の破壊力より、遙かに戦車の主砲の方が破棄力は高い。
戦車があれば、容易に魔王軍をも撃破できたのかもしれない。
しかし、1台の戦車で魔王軍の軍勢を壊滅できたとは、少々腑に落ちない。
他の軍備や、装備もあったのだろうか。
とは言え、コジローさんが少し羨ましい……。俺の使える装備にも、10式戦車が有れば良いなと思ってしまう。
「そうですか、ありがとうございます。最後にもう一つ、ご存じだったら、教えてください。勇者コジロー様は、家名を名乗っておりませんでしたか?」
「家名ですか……確か伝承では、家名をお持ちだったと伝えられておりましたが、残念ながら私は存じません。勇者コジロー様の家名の件も、文で里へ確認してみましょう。覚えている戦士がおるやもしれせん」
「はい、お願いいたします」
勇者コジローさんの話題は、ここまでとして身分証表示板に表示されている、俺の他の項目に関して、アントニオさんとエルドラさんにチェックしてもらった。
俺のランクがメタル・ランカーのFランクだった事には、エルドラさんも驚いていた。
ちなみに、エルドラさんの商業ギルドのランクは、メタル・ランカーのBランクだそうで、やはり商業ギルドの副会長ポストに座るだけの事はある。
エルドラさんは、元々エルフ族が集まって住むエルフの里の貿易商で、この自由交易都市スベニとエルフの里の交易を、今でも全て仕切っているのだそうだ。
エルフ族の作り出す工芸品は、素晴らし品が多い反面、流通量が少ないため特に貴族に取っては垂涎の品が多く、貴族のステータスを表すエルフ・ブランド品として高値で取引されているらしい。
身分証表示板に表示されていた俺の情報項目は、発行された国がアズマ国という点以外は、特に問題は無かった。
そう、俺が記憶喪失を装うのに不都合はないという意味においては、見られて困る情報は皆無だったのだ。
逆に俺にとっては、この異世界の情報をアントニオさんやエルドラさんから、聞き出す良い機会だったと言えよう。
二人にとっても、これ以上は情報が引き出せないと思ったのか、アントニオさんが口を開いた。




