ガイド
カタンの町の警備兵に、勇者と呼ばれてしまい焦る俺。
しかし、警備兵は笑顔で俺を、羨望の眼差しで見つめながら言葉を続けた。
「ジングージ卿、警備隊長が宿舎で待っております故、ジエータイの皆様とご一緒に宿舎まで、お出で下さい」
「警備隊長さんですか。判りました、伺います。"鉄の箱車"は道の脇に止めて置けば宜しいでしょうか?」
「はっ、そのまま中まで入って頂いて構いませんので、此方へどうぞ」
そう言うと、警備兵は門の中へと入って行く。
俺は、そのまま警備兵の後を追いながら、操縦席から首を出しているナークへ付いて来る様に指示し、後続の96式装輪装甲車への無線連絡を頼む。
ゆっくりと二輛が俺の後から前進を始め、俺は警備兵の後を追う。
少し行くと、警備兵が立ち止まり大きな建物へと誘ったので、建物の脇にある馬車用駐車場と思われる広場へ二輛を停車する様に言い、彼らが下車して来るのを待つ。
この建物が、カタンの町を警備する兵士用の宿舎らしい。
全員が下車して来たので、扉の前で待っていた警備兵と共に建物へと入る。
すると、見知った顔の騎士が一人、俺達を出迎えてくれた。
「ジングージ卿、お待ちしておりましたぞ」
「ローランさん!……いや、ヴァンチュラ卿。何故、カタンの町に?」
「はははは……ローランで構いませぬぞ。いや、それがしは三日前に着任いたしましてな。ジエータイの皆様が、カタンの町で不自由無き様にせよと、シムカス様より命じられたのです」
「なんと……。そうなんですか、シムカス伯爵が気を遣って下さったのですか」
「いや、それがしが志願したのですがな。はははは……快く、伯爵様は了承して下さったのです」
「いや、驚きました。今朝方、ドロン隊長率いる親衛隊の方々にお見送り頂いた時も、ローランさんの姿が見えなかったので、実は心配しておりました」
「おお、それは申し訳ありませなんだ。いや、いや、レティシア姫様からも、しっかりジングージ卿に協力せよと命じられて居りました故、少し前にイサドイベを出発したのです」
「そうですか、レティシア姫は、そんな事は一言も仰っておりませんでしたよ」
「ジングージ卿には、驚かされてばかりでしたからな。逆に驚かせて差し上げたかったのでございましょう」
「いや、本当に驚きましたよ」
「はははは……申し訳ございませなんだ。これでレティシア姫様に、良い土産話が出来ましたぞ」
それからローランさんと暫く雑談をし、俺達全員のカタンへの滞在許可を貰った。
他の大きな街と異なり、カタンでは一度許可を貰えば、町を離れるまでは出入りは自由との事。
町へ入るには、ちゃんと身分証表示板でのチェックを行い、滞在許可の焼き印が押された革製の札が渡され、この札が無いと冒険者ギルドでの受付なども拒否されると言う。
町を離れる際には、この札を警備隊へ返すのが決まりとなっているらしい。
カタンの冒険者ギルドは、警備隊の宿舎から歩いて10分ほどの所だそうで、16式機動戦闘車と96式装輪装甲車は、警備隊宿舎の馬車用駐車場へ止めさせて置いて頂く。
冒険者ギルドは、質素な木造の建物だったが、かなり大きな建物だ。
建物の周辺には、大勢の冒険者達が屯しており、屋台なども出店していた。
ロック曰く、此処にいる冒険者達は、遺跡探査が目的ではなく、遺跡のガイドを営んでいるのだと言う。
そして、ロックが以前に訪れた際、親切に世話してくれた馴染みのガイドが居るとの事なので、そのガイドへ今回も遺跡のガイドを頼みたいと言う。
顔馴染みのガイドが居るならば、それに超した事は無いので、俺はロックの提案を了承する。
ロックが大勢のガイド冒険者の居る場所へ向かい、馴染みのガイドを探す。
その行動を見ていたのか、数人の冒険者が俺達の周りに集まって来て言った。
「ガイド探しているなら、俺達が引き受けるぜ」
「今、知り合いのガイドを探している所だから間に合っている」
「そうか、なら仕方ないな。馴染みが居なかったら声を掛けてくれ。安くしておくぜ」
「ああ、その時は声を掛けるよ。ありがとう」
一悶着ありそうな雰囲気を持ったガイド冒険者だったが、あっさりと引き下がった。
俺達の他にも、カタンへ到着したばかりの遺跡探査目的の冒険者や旅行者へ、多くのガイド冒険者達が群がっている。
冒険者ギルド内でも、依頼としてガイドを斡旋しているのだが、冒険者ギルドを通さない方が見入りが良いので、こうした客引き紛いのガイドの押し売りが行われているらしい。
俺達が大勢の冒険者や旅行者を見ていると、ロックが広場の端の方で手を振って来た。
どうやら、馴染みのガイドさんを発見したらしいので、全員でロックの元へ行く。
ロックは、広場の隅に居たのだが、何故かガイドらしき人物は居ない。
俺は、視線を下げると、そこには小さな女の子が林檎箱に車の着いた様な箱に座って居た。
フード付きのパーカーの様な上着を頭から被っており、顔だけが見えている。
まさか、この女の子がガイドなのか。
驚いた俺は、ロックへ直ぐに尋ねる。
「ロック、この子が馴染みのガイドさんなの?」
「ぃぃぇ、この子の母親、エリーンさんが僕の馴染みのガイドさんです」
「ああ、成る程ね。納得したよ。それじゃ、この子にお母さんの所まで案内してもらうんだ」
「はぃ、この子は生まれつき喋れなぃのです。今から聞きますね。コロニちゃん、暫くだね。僕の事覚ぇてぃる?」
小さな女の子は、こっくりと頷いた。
「ぉ母さんに会ぃたぃのだけど、何処に居るのかな?」
すると、女の子――ロックはコロニちゃんと呼んだ――は、悲しそうな顔をして、胸に下げている小さな黒板へ蝋石で文字を書き始めた。
『死んだ。一月前。病気』
そう書き終わると、コロニちゃんの目には大粒の涙が、ぽろぽろと零れ出す。
ロックも絶句して、返す言葉が見つからない様だ。
"自衛隊"の女性陣やミラ、そして"九ノ一"の面々も、全員が表情を強ばらせる。
こんな小さな女の子に、なんて過酷な運命を背負わせたのですか、女神様。
すると、コロニちゃんは、小さな黒板の文字を布で消して次の文字を書いた。
『ガイドします。雇ってください』
その文字を見て、ロックが俺の顔を見る。
言いたい事は、良く判るよ、ロック。
そして、"自衛隊"、ミラ、"九ノ一"全員も、ロックと同様に俺の顔を見ている。
みんなの言いたい事は、良く判るさ。
俺は、頷いてから言う。
「よし、コロニちゃんと言うんだね。俺達のガイドを頼むよ。宜しくね」
俺の言葉に、コロニちゃんは、涙を拭いながら、黒板の文字を消して次の言葉を書いた。
『ありがとう、お兄さん』
俺に向けた笑顔は、とても嬉しそうだ。
と、その時、俺達の側に冒険者が数人近づいて来た。
「おい、おい、そんなションベン臭えガキにガイド頼むなんて、お前は正気か?古代遺跡、舐めてんじゃねえぞ」
「そうだぜ、そんなガキのままごとと一緒にされたら、俺達本職のガイドのメンツが潰れちまうぜ」
「悪い事は言わねえ、俺達にガイドを依頼しな、兄さん」
俺は、近づいてきたガイドの押し売りをする冒険者を睨む。
先ほどの冒険者では無く、別の冒険者だ。
誰にガイドを頼もうが俺達の自由なのに、此奴らは小さな女の子の仕事を横取りするつもりか。
「へえ、そう……」
俺の言葉を途中で遮る様に、アン達が冒険者達に言う。
「あんた達へは依頼しないよ。アタイ達は、この子に頼むんだよ!」
「そうでしゅ。私たちのガイドは、この子でしゅ!」
「……もう決まった事」
「女神様の思し召しです」
「「「「「邪魔をしないで下さい」」」」」
女性陣が全員で、押し売り冒険者へ言い放った。
流石に、大勢の若い女性達のキツイ言葉で、冒険者達もたじたじとなり、捨て台詞を残して立ち去って行く。
「ジョー兄い、切れそうだったから、アタイ達が追っ払ったよ」
「……成る程。何故、判ったんだい?」
「切れた時に言う口癖を言いそうだったよ」
「そうでしゅ。あの言葉が出ると危ないでしゅ」
「……相変わらず、判りやすい」
くっ、俺の怒った時の口癖で、行動の先回りをされてしまったのか。
そんな俺達の遣り取りを見ていたコロニちゃんは、木製の箱車から出てきて頭を下げる。
そして、再び黒板に文字を書いた。
『お姉さん、ありがとう』
その姿を見て、アンがしゃがみ込んで、コロニちゃんの頭を撫でようとする。
すると、コロニちゃんの被っていたフードが外れ、頭が露わになった。
その頭には、黒髪の中から獣人特有の黒い耳が見え、同時にコロニちゃんのお尻から生えていた黒い尻尾が、左右に大きく振られる。
この子は、犬人族か狼人族だったのか。
「ヒタキ、ウメ、この子は何族か?」
「はい、犬人族の臭いではございませぬ」
「お頭様、この子は私と同族の狼人族ですが、珍しい黒狼族にございます」
「主様、ウメも珍しい銀狼族ですが、黒狼族は絶滅したとも言われております」
「へえ、そうなんだ。ロック、この子のお母さんも黒狼族だったの?」
「はぃ、そぅです。とても親切な方で、僕を家に泊めて下さぃました」
こうして俺達は、可愛い狼人族の古代遺跡都市ガイドさんを雇う事になったのだ。




