空間転移魔法
俺は、ナークの張った完全防御結界を解いてもらい、直ぐにハンディー・トランシーバーでロックへ連絡を行う。
『ロック、ミラを連れて96式装輪装甲車で此処へ来てくれ』
『了解しました。サクラさん達が一緒に行きたぃと言ってぃます。どうぞ。……ザッ』
『了解。構わないよ』
『はぃ、直ぐに行きます。……ザッ』
試合会場となった此処からは、街道に停車している車輌も小さく見えているが、96式装輪装甲車が此方へ向かって進んで来るのが見える。
取り敢えずは、オブライエン少佐の足に刺さった破片を抜き取る事にした。
オブライエン少佐の足に刺さっていた破片は、センチュリオンのエンジン部品らしく、足に深く食い込んでいる。
「オブライエン少佐。足に刺さった破片を抜きます。少々、痛みますが宜しいでしょうか?」
「ああ、構わん。頼む」
「はい。では失礼します」
俺は、オブライエン少佐に俯せになってもらい、左足の太ももに刺さっている患部を見た。
軍服のズボンが裂けて、血がべっとりと付着している。
患部を良く見るために、俺は軍服のズボンを更に大きく引き裂く。
そして、自分の首に巻いていた白いスカーフを取り、水筒から水を患部に掛けて血を慎重に拭い去った。
刺さっていたエンジンの部品は、どうやら燃料パイプの様だ。
そのまま、スカーフで見えていたパイプの片側を掴み、「行きます」と言ってから一気に引き抜く。
オブライエン少佐は、「うっ……」と呻き声を上げたが、既に刺さったパイプは抜き取った後だ。
「破片は抜けました。直ぐに自分達の治療担当が来ます。少し待って下さい」
「ふふふ……。メディックまで仲間にいるのか」
「はい、治癒回復魔法が使えます」
「そうか、それは羨ましいな。借りが、一つ増えるな……」
「気にしないで下さい。これは戦争では無く、試合ですから」
「……初めて、私は負けたよ。神宮司少尉」
初めて負けたと言う割には、何故かオブライエン少佐は嬉しそうに笑っている。
破片を抜いた傷口は、夥しい鮮血が流れ出してきたので、止血を行うために傷口を拭いたスカーフを巻いて応急処置を行った。
真っ白だったスカーフは、既に真っ赤に染まっている。
そのまま、俺が傷口を押さえて止血していると、96式装輪装甲車のエンジン音が近づいて来た。
「あの装甲車も、タイヤが8個あるのだな」
「はい。兵員輸送を兼ねた装甲車で、WAPCと呼んでいます」
「ジャパニーズ・アーミーも進歩したのだな」
「少佐殿が此処へ来てから40年経っておりますので……」
「そうだな……」
96式装輪装甲車が16式機動戦闘車の隣へ停車し、後部のハッチが開くとサクラさんや"九ノ一"のメンバーが下りてくる。
そして、それに続いてミラが下りて来て、小走りに此方へ向かって来た。
「ジングージ様、お怪我は?」
「ああ、俺は、大丈夫。この方の足を治療して欲しい」
「はい、承りました」
「貴女方は、怪我は?」
俺は、センチュリオンに搭乗していた乗員達へ尋ねる。
ステーシアと呼ばれた女性は、首を左右に振る。
そして、先に避難していた二人の女性に対して、「貴女達は?」と尋ねた。
二人の小柄な女性達も、首を左右に振り否定する。
どうやら、怪我を負ったのは、オブライエン少佐だけだった様だ。
俺達の周りは、既にサクラさんと"九ノ一"達が取り囲んでいる。
ミラが女神様への祈りの呪文を唱え、そして胸に下げている光の魔結晶を手にして、オブライエン少佐の患部へ手を置いた。
「回復治癒!」
ミラがそう言うと、目映い光に包まれれてオブライエン少佐の足を包み込む。
そして、深くえぐれていた傷口は、嘘の様に消えてしまう。
何時見ても凄い、ミラの回復治癒魔法だ。
ミラの発動した回復治癒魔法を見て、恐らくミラが只の治療係では無い事に、オブライエン少佐も気がついたのだろう。
「聖女か……ありがとう」
「他に傷は、ございませんか?」
「いや、大丈夫だ……。神宮司少尉、メディックに聖女とはな。少し、贅沢ではないか?」
「自分も、そう思います」
「はははは……。良いチームだな」
「ありがとうございます」
俺は、素直にオブライエン少佐の賛辞を受け入れ、心からの礼を言った。
彼の言葉には、皮肉など微塵も感じられなかったのだ。
ミラの治療によってオブライエン少佐は、誰の助けも借りる事なく、その場で立ち上がる。
そして、今だ炎に包まれて燃えているセンチュリオンを見てから、俺の方をゆっくりと振り向いた。
「さて、そろそろ私は帰るとするよ。楽しかったぞ、神宮司少尉」
「そうですか。最後に幾つか質問を宜しいでしょうか?」
「なんだね?言ってみたまえ」
「貴方と悪魔族の関係を教えて下さい」
「彼奴らとは、何の関係も無いよ。ただ、魔王の復活という事だけでは、同じ考えを持っているだけだ」
「……悪魔族のイニットという奴を、ご存じでしょうか?」
「ああ、今回、君と会うために私へ近づいてきたな。胡散臭い奴だった」
「自分は、奴を殺しました」
「ほう、そうかね。不死身の悪魔族を良く殺せたな」
「そのイニットが、貴方は悪魔族の仲間だと言っておりました」
「彼奴ら悪魔族は、真実などを語る脳味噌は持っておらんよ。喋る言葉は、全て嘘だな」
悪魔族イニットとオブライエン少佐の言い分は、全く違っている。
唯一、魔王の復活という点だけの共通点だけは、オブライエン少佐も認めたが。
次は、闇ギルドの首領が言った言葉の真意だ。
「闇ギルドの首領も、貴方から協力を頂いたと言っておりました」
「ああ、それは事実だ。だから、ワン・オブ・ナインも貸し与えた」
「それは、何故ですか?」
「タースでの反乱へ力を貸せば、君が乗り込んで来るだろうからね。それと、ワン・オブ・ナインを、西住大尉の正当な後継者である、君へ引き合わせるためでもあった」
そう言うと、オブライエン少佐は、周りを取り囲んでいる"九ノ一"の面々を見回し、最後にサクラさんの顔をじっと見つめる。
「あの、お節介な女神が何を考えているのかは、知らないがな。私は、女神の玩具では無く、自分の考えだけで、このくそったれな世界を生きて行く事に決めたのだよ」
「少佐の考えとは、どんな、お考えでしょうか?」
「君は、Waltzing Matildaを知っているかね?」
「はい、ワルチング・マチルダは、貴方の国の歌ですね。映画"渚にて"で知りました」
「そうか、On the Beachの映画は、観ていないが小説は読んだよ。原子爆弾は、醜いな」
「自分の祖国は、唯一の被爆国ですから、核兵器は許せません」
「そうだな、同感だ。……あの歌の歌詞が、私の考えを歌っているのだよ」
「そうですか……貴方とは、敵対したくは有りませんが……」
「それは、私も同感だよ、神宮司少尉。ところで、君の現在のランクは?」
「先日、Eランクへ昇格しました。少佐殿は?」
「私は、Aランクだ。そうか、私もあの女神は気に食わないが、ランク上げをして君との次の試合へ備えるか……」
「次は、Sランクですか……」
「そうなるな。君も速く戦車を召喚できる様になりたまえ。次は、戦車同士の試合をしたいからね」
「がんばります」
俺とオブライエン少佐が話しをしていると、待機していたセンチュリオン戦車が4輛、我々の居る場所まで近づいて来ていた。
4輛のセンチュリオンは、全車が停車すると砲塔の車長用ハッチが開き、そこから車長が次々と身を乗り出してくる。
そして、オブライエン少佐が一輛のセンチュリオンへ近づくと、その車輌から乗員が次々と下車し始めた。
下車した乗員達は、直ぐに他のセンチュリオンへ搭乗し始める。
「神宮司少尉、このセンチュリオンは約束どおり、君に進呈するよ。君の役に立つかどうかは、判らんがね」
「有り難く頂きます。未だ、戦車を操縦した事が無いので楽しみです」
「そうかね、それは良かった。次は、そのMCVを私が頂きたいものだ。はははは……。では、また会おう、神宮司少尉」
そう言うと、一輛のセンチュリオンに乗った車長の目が青く輝きだす。
その車長は、長い黒髪を持った女性で、耳がやや尖っているのだがエルフ族ほど長くは無い。
俺は、ナークの方を見る。
ナークは、「……魔族」と、短く言った。
どうやら、純血の魔族は、耳が尖っている様だ。
そして、その魔族の女性が両手を前方へ突き出すと、その先の何も無い空間がいきなり歪みだし、青白く輝き出した。
その青白い空間へ、センチュリオン戦車隊は、次々と突入して行き、そして消えてしまう。
全てのセンチュリオンが消えると、青白く光っていた空間は、何事も無かった様に輝きが消滅し、後には何も見えて居なかった。
ナークは、「……空間転移魔法」と、一言だけ言う。
後には、一輛だけ残された無人のセンチュリオン戦車が、静かに停車しているだけだった。




