雷の魔結晶
ゴライアスさんと、サンダースさんの賭の顛末を聞かされていると、俺の後ろにあるハッチが開き、半身を乗り出しながらフェアウェイ大公が二人に向かって口を開いた。
「モロー、スベニからの強行軍、大儀であった。ゴライアス、久しいな」
「「おお、大公閣下!馬上から大変失礼いたしました」」
いきなり現れたフェアウェイ大公の姿に、サンダースさんとゴライアスさんが馬から下りようとするが、それをフェアウェイ大公が止める。
「よい。そのままで構わん」
「はっ、有り難き幸せ」
「フェアウェイ大公閣下、ご無沙汰しております。この度は、大変でございましたが、ご無事な様子で安心しました」
「うむ、そちも親族が心配だったろう。直ぐに尋ねてやるが良い」
「有り難きお言葉、傷み入ります」
「大公閣下、バンカー公爵家の皆様は?」
「案ずるな、モロー。皆無事だ。ルイーズ義母殿は、余の城に居る。バンカー跡取り殿は、城で陣頭指揮をしておるぞ」
「おお、それをお聞きして、それがし安堵致しました。して、兵達の被害は、如何ほどでしょうか?」
「うむ、傭兵軍が奇襲を仕掛けて来た際、十数名の兵士がやられてしまったが、被害としては極僅かだ。バンカー家も同様だと聞いておるぞ」
「そうですか、やはり被害は皆無ではなかったのですか……」
「籠城の決断を早くしたのが幸いしたが、奇襲ではどうにもならんかった。それに、ジングージ殿が傭兵軍を一瞬で蹴散らしてくれ、反乱に加わった侯爵の城も見てのとおり、爆裂魔法であの有様だ。はははは!そちにも見せたかったぞ」
「はっ、ゴライアスとの賭に負け申しましたが……これほどとは……ジングージ殿、誠に忝ない。それがし、今更ながら、無益な戦いを貴殿へ挑みまして、本当に申し訳なかった。このとおりだ」
サンダースさんは、馬上から俺に深々と頭をさげるのだった。
まあ、サンダースさんの目の前で、まだ銃の射撃や16式機動戦闘車の主砲の砲撃は見せた事が無かったので、その破壊力を肌で感じては居ないから仕方がない。
「なんだ、モロー。貴様、また性懲りも無く……今度はジングージ殿に戦いを挑んだのか?」
「はっ、大公閣下。申し訳ありませんでした。エリザベス姫様が……ジングージ殿を……いや、何でもございません。それがしの勇み足でございます。ゴライアスが戦いの前に諭してくれましたので、ジングージ殿より許しを頂きました」
「うむ、そうか。なるほど、エリザベスがな……はははは、そうか、そうか。それは、ジョージ義父殿の差し金か?」
「……はい。バンカー公爵閣下が、ジングージ殿の嫁にと申しまして……エリザベス姫様は、すっかり、その……」
「はははっは、良いぞ、モロー。そうか、あい判った。スベニよりの救援隊の皆は、直ぐに城内へ入り休息してくれ。本当に皆の者、大儀であった。余は本当に幸せ者よ」
おい、サンダースさん、なんか余計な情報をフェアウェイ大公へ伝えてないか?
その情報、絶対に厄介な事へ発展するのが目に浮かぶぞ。
俺は、サンダースさんを少し怪訝な表情で睨むと、その意図が伝わったのだろう、俺の視線を躱すかの様に顔を背けた。
ちょとだけ、申し訳なさそうな表情をしたが今更遅いよ、サンダースさん。
俺は「はぁ~」と溜息をついてから、一時停車していた96式装輪装甲車を、16式機動戦闘車の側まで移動させてから停止させ、後部ハッチを開いた。
真っ先に下車したのはフェアウェイ大公で、それに続いて警護の騎士達、そしてローランさんに手を引かれてレティシア姫が下車する。
更に、レティシア姫のメイドや執事達が続いて下車し、最後に囚われていた獣人達が下車した。
後部スペースに搭乗していた人々が全員下りたのを確認し、俺は後部ハッチを閉じてから、ナーク、ロック、そしてミラへ下車する様に言って、俺達も96式装輪装甲車を後にする。
スベニからの救援隊も、殆どの方々が城内へと馬でそのまま入って行ったが、ゴライアスさんだけはその場に残って居た。
「ジョー。悪いが俺は親戚の所へ行ってくる。また後で会おうぜ」
「はい、ゴライアスさん、親戚人たち何事も無ければ良いのですが」
「ああ、大丈夫だろう。冒険者じゃねえしな。じゃあな」
「では、また後ほど」
ゴライアスさんは、俺に軽く手を振ってから、馬を走らせてタースの街中へと走り去って行った。
本当に親戚の方々に何事も無ければよいのだが。
ゴライアスさんを見送り、俺達もフェアウェイ大公の城の中へと入って行く。
相変わらず、タースの民達が、指揮者ゴーレムと16式機動戦闘車の周りに集まっていたが、警備の兵隊達が手を触れぬように警護していてくれている。
そして、今度は止めたばかりの96式装輪装甲車へと人が集まってくるが、警護の兵士達が「手を触れぬ様に!」と警告を発していた。
俺達が城の中へと跳ね橋を渡り入って行くと、馬から下りたサンダースさんと、バンカー公爵城を守っていた、副隊長のヘンリーさんが笑顔で話しをしている。
「ヘンリー、それがしが留守の間、よくぞバンカー城を守り抜いてくれたな」
「隊長こそ、スベニからの強行軍、お疲れ様でございました」
「うむ、バンカー公爵閣下へ直訴して、同行させてもらったのだ」
「正直を申し上げますと、籠城してからはどうなる事かと思っておりましたが、ジングージ殿の救援によって事なきをを得られました」
「それは大公閣下からも聞いたぞ。で、お主はジングージ殿の爆裂魔法を見たのか?」
「はい、もちろんです。それは、今まで見た事も無い凄い破壊力の魔法でした」
「……そうか。あの侯爵城をみると、その凄まじさを物語っているな。それがしの雷撃を何発も落とそうが、あれほどの破壊は出来ぬからな」
「……残念ながら、仰るとおりかと存じます。しかも、あの"鉄の箱車"で、傭兵軍を蹴散らす様は、本当に伝説の勇者コジロー様の再来でした」
「そうか、それがしも見ていたかったな……」
そうサンダースさんは言うと、俺達の方を見て笑った。
それに合わせるかの様に、ヘンリーさんも俺の方を振り向くと、俺に敬礼をした。
俺も、二人に向かって笑顔を返してから、一言だけ付け加える。
「ジェイスン卿、少し大げさですよ」
「何を申しますか、ジングージ殿、これでも控えめに報告しておりますぞ」
「いえいえ、自分も何時かモロー卿の雷撃魔法を放つ"雷撃の魔剣"の攻撃を見てみたいと思っておりますから」
「ジングージ殿、それがしの魔剣に興味がお有りかな?」
「はい、未だ雷撃魔法は見た事が無いもので、興味津々です」
「そうか、是非とも貴殿には見て頂きたい」
そう言うと、サンダースさんは腰に吊した鞘から、長剣を引き抜くと、直ぐにそれを逆手に持ち直して、グリップを俺に向けて差し出してくれた。
俺は「拝見します」と言ってから、"雷撃の魔剣"を手にする。
グリップの先端には、赤紫色をした宝石の様な結晶が埋め込まれており、剣自体の刃は、普通に見る剣よりも輝きが紫色がかっている様に見えた。
「この赤紫色の宝石は?」
「それが、雷撃魔法を起こす結晶だ。"雷の魔結晶"と言われる稀少な魔結晶なのだ」
「これも、魔結晶だったのですか……。なるほど、この魔剣は古代遺跡で発掘されたものだと聞き及んでおりますが?」
「そのとおりだ。それがしが未だ若い頃にな、武者修行の旅で訪れた古代遺跡で、偶然にも手に入れたのだ。そして、それがしがこの魔剣を手にすると、その雷の魔結晶が紫色の光を発し、それがしを主と認めてくれたのだ」
「失礼ですが、モロー卿は他の魔法をお使いになることは?」
「できぬ。火も水も風も、全く魔法には縁が無かった」
「モロー卿は、雷魔法に適正があったのですね」
「うむ、その様だ。これも、女神様のお導きだな。女神様には感謝せねばなるまい」
俺は、手にした"雷撃の魔剣"を、サンダースさんがした様に逆手で持ち替え、グリップを向けてから「ありがとうございました」と礼を言ってから、お返しした。
これで、魔結晶の法則に対して俺は確信を得た。
魔結晶は、R・G・Bの三原色と、それらを持っているスライムが合体することで、新たなY・C・Mの三原色を生み出すのだ。
そして、R・G・Bが合体して白いスライムと魔結晶――光の魔結晶――が生まれ、Y・C・Mが合体することで黒いスライムと魔結晶、すなわち闇の魔結晶となり、黒いスライムが悪魔属になるのではないだろうか。
となると、青緑色の魔結晶は、一体どんな魔法を発動するのだろうか。
まだまだ、魔結晶の謎に興味は尽きない俺だった。




