賭
俺達は、暗い地下の牢獄から表へ出ると、救助した奴隷や人質の人々を一端、フェアウェイ大公の居城へと運ぶ事にした。
しかし、96式装輪装甲車だけでは一度に乗れる乗員が限られてしまうため、ラインハルト隊長が部下に命じて馬車を準備させてくれる事になった。
もう1輛、96式装輪装甲車を無限収納から召喚する事も、日付が変わったので可能なのだが、ここはラインハルト隊長に任せる事にする。
取り敢えず、地下の秘密部屋へ囚われていたレティシア姫とシムカス伯爵の関係者、そして稀少種族の獣人らを、96式装輪装甲車へ乗せて行くことにした。
ベルとサクラさんは、アントニオさんの居る商業ギルドへ戻ると言うので後で合流する事にして一端、此処で別行動とした。
俺は、96式装輪装甲車の操縦席へ潜り込み、ロックとミラはそれぞれ俺の後ろの席へと乗り込む。
車長の席には、フェアウェイ大公に座って頂く。
96式装輪装甲車の後部ハッチから、レティシア姫、ローランさん、そしてメイドや執事らが乗り込んだ後、稀少種の獣人達が恐る恐る乗り込んで来る。
初めて見る96式装輪装甲車なのだから、警戒して当然だ。
すると、そんな彼らを見てフェアウェイ大公が「案ずるな、勇者コジロー殿が乗って居たという"鉄の箱車"だ」と、声を掛けた。
「これが伝説に残る、勇者様の"鉄の箱車"なのですか……」
「いいえ、レティシア姫。全く同じでは有りませんが、似てはおります。もっと似ている"鉄の箱車"は、フェアウェイ大公閣下の城に止めてあります」
「余は、"鉄の箱車"が放った爆裂魔法をこの目で見たが、それは伝説以上の爆裂魔法だった。なにしろ、城の城門を一撃で吹き飛ばしたのだからな」
「城の城門を一撃でございますか……新しき勇者様は、その様な恐ろしきお力をお持ちなのですね」
「あっ、いや、自分のこの力は民達を守るための力、それは女神様に誓って人々を不幸にする力ではありません」
「はい、判っております。決してジングージ様は、悪しき事にお力をお使いになる事は無いと、私は信じております。私の意味する恐ろしき力とは、悪事を企む者達にとっての事、弱き民にとっては、これ以上に安堵するお力は無いでしょう」
「はい、そう言って頂けると自分も嬉しい限りです」
「はははは……余も、姫に全く同感だ。ジングージ殿が敵方の味方で無く誠に嬉しい限りだ」
「とは言え、敵となる魔王復活に暗躍する悪魔族にも、自分と同じ力を持つと思われるカーティスなる者が居ります故、安心は出来ません」
「うむ、判っておる。姫には、その情報も話さねばなるまい。それは、余の城に着いてからとしよう。では、ジングージ殿、"鉄の箱車"を動かしてくれぬか」
「はい。それでは発進します。皆さん動きますが、危険はありませんので安心して下さい」
96式装輪装甲車を動かすと、後部スペースに乗った人々から「お~」と驚きの声が漏れる。
屋敷の庭が広いとはいえ、そのまま前進できる程は広く無かったので、先ずはバックで車体を門の方へと向きを変えただけなのだが、ディーゼル・エンジンの音や馬車に比べるとスムースな動きに、皆が驚いているのだ。
96式装輪装甲車を門へと向きを変え、そのまま道路へと出てフェアウェイ大公の居城へと向かう。
速度は騎馬隊の先導も無いので、かなり徐行しているが、それでも馬車よりは早い。
道路の両側には闇ギルドのアジトへ来た時と同様、タースの民達が歓声を上げて手を振っていた。
フェアウェイ大公は、慣れたのか天井のハッチを開いて、再び沿道の民達へ向かって半身を乗りだし手を振っている。
「いや、ジングージ殿。この"鉄の箱車"は素晴らしい。余も欲しくなったぞ」
「残念ながら、大公閣下、それは……」
「はははは……判っておる、判っておる。余も子供では無い。しかし、素晴らしいのう」
「この凄まじい音は、"鉄の箱車"の鳴き声でございますか?」
「いえ姫様、違います。この"鉄の箱車"は生き物ではありません。機械という人が作り出した物で、古代遺物の魔道具と似た物と思って頂ければ」
「なるほど、魔道具の一種なのですか。古代遺跡都市には、私達の知らぬ魔道具が未だ沢山あると聞きますが、ジングージ様は古代遺跡都市にも行かれた事がございますか?」
「いえ、自分は行った事がありませんが、此処にいるロックは、そこで魔道具のゴーレムを手に入れました」
「ゴーレムを手に入れたのでございますか?」
「はい。指揮者ゴーレムと言うそうです。ロック、そうだよね」
「はぃ、僕は港湾都市ィサドィベを訪れた際に、古代遺跡都市を探索した時、偶然ですが手に入れました」
「そうですか、女神様のお導きでございますね。女神様に愛されぬ者には、絶対に手に入れる事は叶わぬとの言い伝えが、イサドイベにはございます故。ロック様は、女神様に愛されておられるのでしょう」
「ぃぃぇ……僕は、そんな事はぁりません……」
「そのとおりですよ、レティシア姫。ロックはミラの兄ですから。兄妹揃って女神様に愛されているのです」
「なんと!新しき聖女様の兄上様でございましたか。知らぬ事とは言え、ご無礼をお許しくださいませ」
「姫様、ロック殿は、新しき聖女様の妹君と大変に良く似ておられます。美しき青い髪と青い瞳で、ジングージ様が兄妹と言われて、それがし、成る程と納得いたしましたぞ」
「そうですか、私にも兄上様がおりますが、何時も私を可愛がって頂き、私も兄上様が大好きでございます。ロック様とミラ様も、お仲が宜しい様で何よりでございます」
「ぁりがとぅござぃます」、「ありがとうございます」
そんな話しを車内でしながら、タースの街をフェアウェイ大公の居城へ向かって走って行く。
城の城門が見えてくると、何やら馬に乗った集団が跳ね橋の手前に居る。
跳ね橋は下ろされているのだが、兵士達も乗馬している集団と意気投合して、歓声を上げて喜んでいた。
そして、乗馬している人の姿が確認できる距離まで近づくと、彼らは俺の良く知っている人々だと判る。
俺は、96式装輪装甲車を停車させて操縦席のハッチを開き、首を出してから大声で叫んだ。
「ゴライアスさん!モロー卿、お疲れ様でした!」
「おお、ジョー。今着いたぞ!」
「ジングージ殿、遅くなって済まぬ!」
「ジングージ様、"自衛隊"の皆様はご無事ですか?」
「はい、アマンダ隊長。全員無事です!ご心配を掛けました」
「で、ジョーよ。反乱軍……傭兵共はどうなった?」
「はい、傭兵ギルド、闇ギルド、そして反乱に加担した侯爵、全て殲滅しました」
「そうか、そうか。あの壊れた侯爵城は、ジョーの爆裂魔法か?」
「そうです」
「なんと……城をも破壊したとは、誠か?」
「はい……不味かったでしょうか?」
「不味いわけねぇだろう、ジョー。はははは……サンダース、俺の勝ちだな」
「うぬぬ……それがしの負けだ、ゴライアスよ」
「なんですか?その勝ったとか、負けたとかは?」
「なーに、俺とサンダースで賭をしたのよ。俺はジョー達が敵を殲滅するって方へ賭けた。サンダースは、そんな事は出来る訳が無いとな」
「……ゴライアスさん、何を賭たのですか?まさか……」
「大した額じゃねえぞ、金貨一枚ぽっちだ」
何とも、俺達"自衛隊"は、賭の対象にされていた様だ。
俺は、一瞬だがゴライアスさんの"鉄壁の盾"と、サンダースさんの"雷撃の魔剣"が賭の対価になって居たのかと思ってしまったのだが、金貨一枚なら、まあいいか。




