盲目の姫君
「サクラさん……貴女のランクは?」
「はい、ジングージ様。Fランクにございます」
「メタル・ランカーだったのですか……その若さで」
「我ら"九ノ一"は、幼少の頃より待女ギルドと一族内で切磋琢磨して修行をする掟がございます故、一般の方々よりは高いランクを保有しております」
「凄いですね。いや、素晴らしいです」
ついこの間、FランクからEランクへ昇格したばかりの俺とは、鍛え方が違う次元だ。
しかも、俺の場合は本来であればHランクが、この異世界での階級だったのだから、サクラさんの若さでFランクは凄い。
きっと、"九ノ一"メンバーの全員が、見た目と違う高いランクを持っているのだろう。
傍らに居たベルも、「Fランク……」と、同じ待女ギルド所属なので、驚いた様子で呟いている。
サクラさんのFランクに、俺とベルが唖然としていると、フェアウェイ大公が、部下達に命じた。
「皆の者、その大男を直ちに捕縛し、囚われている者達を速やかに開放せよ」
「「「はっ、畏まりました」」」
「フェアウェイ大公閣下、怪我や病を患っている方が居れば、ミラが此処で治癒を致します」
「うむ、聖女殿が居られたな。皆の者、聞いてのとおりだ、この場で治療してもらえるので、各々が確認するのだ」
「「「はっ!」」」
囚われて居た奴隷達は、見た目は疲労して居る様に見えたが、怪我をしている者は居らず、体調不良を訴えた者が数人居ただけだった。
その者達には、ミラの周りに集まってもらい、ミラに周囲回復魔法を施してもらうと、元気も覇気も無かった全員が嘘の様に元気を取り戻し、口々に「有り難うございます」とミラに礼を述べていた。
「ジングージ様。この奥のにある隠し部屋が、私の囚われていた部屋でございます。そこには、誘拐によって身代金を要求している人質や、高値で売買される奴隷達が囚われております」
「未だ秘密の部屋があるのですか?……何処に扉があるのでしょうか?」
「はい。壁全体が、からくり扉になっております」
サクラさんは、そう言うと一番奥の壁の前に佇み、壁の片側を両手で押した。
すると、壁が真ん中を軸として回転したではないか。
それは、所謂、どんでん返しの、からくり扉だ。
隠し扉の向こう側には、サクラさんが言ったとおりに、この部屋と同じ位の広さを有する秘密部屋が、確かに存在していた。
サクラさんは、からくり扉仕掛けの壁を通り抜けて、秘密部屋へと足を進める。
俺達は、警戒しながらサクラさんの後を直ちに追う。
俺の持つLED懐中電灯と、ロックの持ったLEDランタンの明かりで、秘密部屋の中が明るく照らされると、この秘密部屋にも多数の鉄製檻が設置されており、少人数であったが囚われた奴隷や人質の姿が見えた。
「皆様、助けに参りました!」
「……その声は、サクラ様。ご無事でしたか」
「はい、レティシア様。もう大丈夫でございます」
「サクラ殿、忝ない。それがしが不甲斐ないばかりに……」
「ローラン様、お怪我は大丈夫でしょうか?」
「いや、サクラ殿が連れ去られた後、それがしは両足の腱を切られてしまい、もはや歩けぬ。レティシア姫様の事、それがしに代わって宜しくお頼み申す。済まぬ……」
「ローラン、何を弱気な事を申しておる。気を確かに保つのです」
「……はい、レティシア様、有り難きお言葉……ですが……」
「大丈夫でございます。レティシア様、ローラン様。我が主様のお仲間には、新しき聖女様も居られになられます故、ご安心くださいませ」
「なんと、新しき聖女様ですと!」
「はい、正当なる我が主様は、新しき勇者様でございます。そして、主様とお仲間の方々によって悪しき闇ギルドや傭兵ギルドは壊滅いたしました」
「新しき勇者様とな!それは誠か!?」
「はい、ジングージ様でございます」
なんだか、サクラさんと囚われている人との会話には、凄く違和感を感じつつも俺はサクラさんに紹介されてしまった様なので、その話の流れに乗って自らの紹介をせざるを得なかった。
「自分は、スベニの街で冒険者をしております、ジョー・ジングージと申します。縁あって、タースの街へ救援に参りました。直ぐに、皆さんを檻から出して怪我をされている方には治癒を行います。尚、自分は勇者ではありませんが、この場にはタースの大公であられるフェアウェイ大公閣下が、自ら陣頭指揮でこの場にお出でです。大公閣下」
「うむ、余はタースの大公家当主、フェアウェイだ。この度は災難であったな。しかし、もう安心されよ。ジングージ殿達の活躍によって、反乱も鎮圧された故な。おい、ラインハルト。直ぐに檻から出して差し上げよ」
「はっ、直ちに」
フェアウェイ大公に命じられ、ラインハルト隊長が手にした鍵が束ねられている二つの輪の中から、檻の錠に会う鍵を次々と試して、檻の扉は程なく開けられた。
直ぐに俺は、ミラに頼んで両足の腱を切られたと言うローランさんの治癒を行ってもらう。
既に簡単な止血だけは行われていたが、歩く事が出来なくなって居た両足は、ミラの回復治癒魔法によって、瞬く間に全快する。
「これが聖女様の治癒魔法か……凄い。忝ない、聖女様……是非、我が主のレティシア姫様の病も、治癒をお願い申す。このとおりだ」
そう言って、ローランさんは深々と頭を下げた。
レティシア姫と呼ばれた女性は、まだ若くサクラさんと同じ位の年格好だ。
金髪の長い髪をしているが、瞳の色は判らない。それは、ずっと瞼を閉じたままで、一度も瞼を開かなかったのだ。
「失礼ですが、レティシア姫様は、目がご不自由なのでしょうか?」
「はい。私は生まれついての盲目でございます故、この目は治療では治りませぬ。私の病は心の臓の病でございます」
「そうだったのですか、ミラ、心臓の位置は判るかい?」
「はい、ジングージ様。左右の胸の間でございますね?」
「そうだね。回復治癒魔法を両胸の中心へ重点的に掛けてみてくれ」
「はい、畏まりました」
ミラは、レティシアさんの胸の双丘の間に手を当て、光の魔結晶を握った手を重ねて女神様に祈りを捧げる呪文を唱えてから、回復治癒魔法を発動した。
「回復治癒!」
目映い光がミラとレティシアさんの身体を包み込み、その光が消えるとミラが、にっこりと微笑みながら俺の方を向いて言った。
「ジングージ様、上手く治療が出来た様に思います」
「そう、ありがとうミラ。レティシア姫様、具合は如何でしょうか?」
「ミラ様……いえ、聖女様。そしてジングージ様、いえ勇者様。此までの嫌みが嘘の様に楽になりました。今までは息を吸うにも苦痛が伴いましたが、それが全く無くなりました。本当にありがとうございます」
「おお!レティシア姫様、良かった、良かったですぞ!病の治療のため、遙々聖都までの度の途中で、闇ギルドの襲撃を受け囚われてしまったが、なんとタースの街で奇跡の聖女様に治療していただけるとは、女神様になんと感謝してよいか……」
「ローラン、そなたも治療して頂いたのでしょう。聖女様と勇者様に感謝をなさい」
「むっ、これはそれがしとした事が、誠に失礼を致した。新しき聖女様、そして新しき勇者様、有り難き幸せ。幾ら感謝しても感謝仕切れませぬ」
二人は、俺とミラへ深々と頭を下げて礼を何度も言う。
そして、レティシア姫は、自己紹介を俺とフェアウェイ大公へ始めるのだった。
「自己紹介が遅れて申し訳ございませんでした、フェアウェイ大公閣下、そして勇者ジングージ様。私は港湾都市イサドイベの領主、シムカス伯爵家の三女レティシアと申します。この度は、闇ギルドから囚われの身を自由にして頂けただけでなく、聖女様の治癒まで施して頂き、本当にありがとうございました」
なんと、俺達が救助した盲目の姫君レティシアさんは、南の港湾都市イサドイベの伯爵令嬢だったのだ。
彼女の素性を知っていたサクラさんは、俺の方を見てニコニコと笑みを浮かべている。
どうやら、彼女達"九ノ一"であれば容易に、このアジトから奴隷や人質を開放できた筈なのに、敢えて俺達に、それを任せた理由が何となく判った。
まあ兎に角、次に行くべき街が、これで決まった訳だ。




