幻術
「ジングージ様、フェアウェイ大公閣下。会いに来て居たのはマーダー大臣ではありません。会いに来て居たのは女性です。闇ギルドの首領は、彼女をカルメンと呼んでおりました」
「なんですと!カルメンが……」
サクラさんの言葉に、俺やフェアウェイ大公が反応する前に、マーダー大臣が驚愕の声で絶句した。
どうやら、マーダー大臣の知る女性らしい。
しかし、マーダー大臣は無実だったとは予想外だった。
此は、直ぐにマーダー大臣へ謝罪しなければならない。
「マーダー大臣、自分は貴方が犯人だと思っておりました。誠に申し訳ありませんでした。謝罪申し上げます」
「余も、一時とは言え、そちを疑ってしまった。許せ、マーダー」
「……いいえ、この状況であれば、致し方ない状況です。それにしても、カルメンが……」
「マーダー大臣、カルメンさんとは?」
俺の問いかけに、マーダー大臣は答えに困っている様子だ。
しかし、その答えは、フェアウェイ大公の口から聞かされる。
「ジングージ殿。カルメンは、マーダーの正妻だ」
「えっ、奥様?!」
「フェアウェイ大公閣下、ジングージ殿。お恥ずかしい限りでございます。何と言ってお詫び申し上げれば良いのか……妻の愚行は私めの監督不行届でございます。誠に申し訳ありませんでした。妻に代わりましてお詫び申し上げます……」
「よい。誰か、直ぐにマーダー大臣宅へ急行して奥方を連行せよ!」
「「「はっ、直ちに!」」」
「サクラ殿、聞きにくい事だが、一つ良いか?」
「はい、フェアウェイ大公閣下。何でございましょうか?」
「カルメンは、首領と……肉体関係を?」
「……はい。毎回、首領との話しが済むと二階へ行き……」
「そうか、判った。マーダー、良いな?」
「もちろんでございます。法に従って妻の不義密通は極刑にて裁きを……お願い致します!」
「うむ……残念だが、尋問後に会う機会だけは作る故、堪えてくれ」
「……はい、ご配慮、傷み入ります……閣下」
不義密通は死罪と言う話しは、以前にアントニオさんから聞いた事がある。
これは、結婚している女性だけでなく、男性でも他人の妻を寝取ると、独身、妻帯者問わず同じく死罪となる。
男性の場合は、相手が未婚であれば妻に迎えることで罪には問われないが、女性の場合は人口比からなのか、不倫をすれば相手が独身であっても極刑となってしまう様と言う。
国によっては、法も異なる様だが、少なくともスベニとタースでは同じ様だ。
それにしても不義密通で死罪とは、まるで江戸時代の日本みたいだ。
マーダー大臣は、正妻との間には子供に恵まれず。
他の妻には子供が居たとの事だが、本妻のカルメンとの仲は悪くなかったと本人は思っていた様だ。
仕事の話しも良く話しており、その情報が全て闇ギルドへ筒抜けになっていたらしい。
なんとも、やりきれない結末でマーダー大臣には、俺も同情するしか無かった。
落胆するマーダー大臣の肩へフェアウェイ大公が手を置き、何も言わずに数回頷いた。
マーダー大臣は、「……申し訳ありません、大公閣下……」と項垂れながら、力なく応える。
犯罪の影に女有りとは言うが、男としてマーダー大臣の気持ちは痛い程判る。
フェアウェイ大公も、俺と同じ気持ちで何も言えなかったのだろう。
「ジングージ様……地下へ参りましょう」
「うん、サクラさん。囚われている人達を開放しないとな。ナークとロックはミラを警護。俺が先行するから、ベルとサクラさんは周囲を警戒してくれ」
「「「「はいっ」」」」
俺達は、地下へと続いている秘密扉に隠されていた階段を慎重に下りて行く。
照明は無く真っ暗な状態だったので、LEDランタンを無限収納から召喚して点灯した。
LED懐中電灯も召喚して前方を照らしながら、ゆっくりと階段を下りて行くと地下室へとたどり着く。
俺達の後からは、フェアウェイ大公と、傍らにはラインハルト隊長が付き添い、長剣を手に持ち周囲を警戒しながら付いてくる。
更に、その後からはマーダー大臣や騎士達も続いて下りて来た。
地下室は、異臭が漂っており、劣悪な環境だった。
暗い上に地下室と言う事も有り、湿気がこもっている。
地下への階段から入った部屋は、誰も居らず部屋の奥には鉄製の扉があるだけだった。
部屋には、火の灯っていない松明が樽へ入れられていたり、水の入った樽や机の上には食器なども散乱している。
ラインハルト隊長が、メイドから渡された鍵で、その扉を解錠しようとするが、中々解錠出来ない。
何個か鍵を代えて試すと、やっと扉の鍵に当たった様で、鉄製の扉が重い軋み音を発して開いた。
鉄製扉が開くと、部屋の中には多数の鉄製の檻の中に、かなりの人数が囚われており、一斉に俺達の方へ目を向ける。
この牢獄の様な部屋には、それ程明るくは無いが松明が何本か設置されており、真っ暗闇では無かった。
それでも、部屋は薄暗かったので、そのままロックが持つLEDランタンと、俺の持つLED海中電灯は消す事は出来ない。
檻に囚われている奴隷達は、皆が疲れ切った様子だったが、俺達の姿を見ると「助けてください……」と叫ぶ者も居た。
とその時、一番奥の檻の扉が突然開き、中から大男が現れた。
大男は、身長が2mは有りそうで、まるで小柄なオーガの様にも見える。
頭はスキンヘッドで、逆三角形の筋骨隆々とした身体は、ボディー・ビルダーさながらの筋肉で覆われていた。
そして、大男の手には、巨大な大斧が握られており、俺達を威嚇しいる。
銃で威嚇射撃を行うには、大男の居る位置が悪すぎた。
撃てば、周囲の奴隷達へ流れ弾が当たってしまうだろう。
「お任せ下さいませ、ジングージ様」
そうサクラさんが言い終わる前に、なんとサクラさんの身体が消えてしまった。
なんだ、これは……瞬間移動の魔法でも使ったのだろうか。
いや、獣人族であるサクラさんは、魔法は使えない筈だ。
しかし、彼女は侯爵家の居城では人族の姿だったが、一瞬で狐人族の姿へ変身した。
もしかしから、魔族の血が入っているのか。
そして、サクラさんの姿が消えて一瞬の後、大男の大斧を持つ右手首から真っ赤な血飛沫が噴き出した。
「うぎゃー!」
大男は握っていた大斧を手放して、その場に倒れ込んだ。
大男の周辺には、誰も居ないのに一体どうした事だろう。
唖然とした俺が目にしたのは、今度はいきなりサクラさんの姿が現れる。
しかも、サクラさんは大男の首筋に89式多用途銃剣を突きつけて居たのだ。
武器を何も持って居なかったサクラさんへは、護衛に付いてもらう際に89式多用途銃剣だけを渡してあった。
「動けば死ぬ」
サクラさんは、氷の様に冷たい声で大男に警告した。
なんだ、どうなんているんだ。
俺は夢でも見ているのかと、我が目を疑う。確かに、サクラさんが消え、そして誰も居なかったのに大男の手首が切られ、そして大男に89式多用途銃剣を突きつけた状態で、再びサクラさんが姿を現したのだ。
「……サクラさん……一体、どうなっているんですか?」
「ジングージ様、失礼申し上げました。今のは妖狐人族だけが使う幻術でございます」
「妖狐人族?幻術ですか……」
「幻術は目眩ましでございます。私の場合は、身体や衣服、剣などを消えた様に見せる事ができます。こんな事も可能でございます」
そう言うと、サクラさんの狐耳と立派な狐の尻尾が一瞬で消えて、その姿は人族としか見えなかった。
なるほど、そう言う事だったのか。
狐耳と尻尾だけを消しているのか、いや消えている様に見せているのだ。
それを幻術とサクラさんは言ったが、周囲の人に幻覚を見せているのだろう。
それは、隠密行動を行うには、打って付けの技だった。
「なんと、サクラ殿は伝説の妖狐人族であったか。余は初めて会ったぞ。御伽話の絵空事だとばかり思っておった」
「フェアウェイ大公閣下、出来ましたらば私の事、ご内密にお願いを申し上げます」
「うむ、案ずる事は無いぞ、サクラ殿。皆の者も良いな?!」
「「「「「はっ!」」」」」




