闇奴隷商人
翌朝、俺達は避難民キャンプの朝食の準備で大忙しだった。
昨晩、俺の無限収納から召喚した野外炊具1号(22改)は、そのまま今朝も大活躍だったが、1t水タンクトレーラは水が空になってしまったトレーラもあった。
しかし、まだ3台のトレーラには満タン状態だったので、十分に今日は賄えると考えて追加の水タンクトレーラは召喚せず、空のトレーラのみ収納しておいた。
避難民と俺達の食事も済み、後片付けは"九ノ一"達がやってくれると言うので彼女達に任せて、俺達はタースの街へと再び戻る事にする。
マリアンヌさんとマーチンさんは、自宅の商家へ戻り使用人達に連絡を取ると言う。
護衛には、ギルさん達"雛鳥の巣"の面々が付いてくれる事になった。
アントニオさんとテンダーのおっさんは、それぞれ商業ギルドと生産ギルドへ赴くと言うので、こちらの護衛にはサクラさんと、ベル、アンが付いて行く事にする。
アントニオさんには、サクラさん達"九ノ一"のギルド登録状況や、本拠地をタースからスベニに移す事務手続きなどがあれば、それも処理して欲しいとお願いをする。
テンダーのおっさんは、「護衛などいらんわい」と言っていたが、アンに付いて行ってもらう事にした。
何だかんだ言っても、アンとテンダーのおっさんの仲は良いみたいだ。
そして、俺とロック、そしてミラとナークはフェアウェイ大公の居城へ行き、今回の元凶となった闇ギルドのアジトなどがどうなったかの確認と、闇奴隷市場に関しての情報を聞いて、俺からの具申を伝える予定だ。
タースまでの移動には、傭兵と闇ギルドの残党からの攻撃があるかも知れないので、高機動車ではなく、96式装輪装甲車で行く事にした。
16式機動戦闘と高機動車は、この避難民キャンプへ置いて行くが、"九ノ一"部隊が残るので問題はないだろう。
彼女達の中にテンダーのおっさんの様な技術オタクが居るとは思えないが、念のために中の装置や銃火器には手を触れない様に、しっかりとお願いをしたのは言うまでもない。
96式装輪装甲車へ全員が乗り込み、俺の操縦でタースの街へと街道を西へと向かう。
タースへの入城は、先ず商業ギルドを経由して、生産ギルドへ向かう順なので、南門から入る事にした。
タースの南門へ到着すると、警備のフェアウェイ大公軍の兵士だろうか、俺達の乗る96式装輪装甲車へと近づいて来て俺に敬礼をした。
俺はフェアウェイ大公から預かった証書を兵士に見せると「ご苦労様です、勇者様!」と言って再び敬礼をする。
いや、俺は勇者じゃないから。
タースの街は、昨日までと大きく変わっていた。
まず、戒厳令が解かれたのだろう、市民達が道に大勢出ている。
ただ、その中には多くの兵士達も混じっており、未だ残党狩りが続いている事を物語っていた。
とは言え混乱状態は全く無く、市民達は兵士に向かって礼を言う姿も見えている。
このまま、何事もなく残党狩りも終われば良いのだが。
96式装輪装甲車をゆっくりと走らせると、既に噂が広まった様で市民達が歓声と共に手を振ってくれる。
「勇者様の鉄の箱車だ!」
「「「ありがとう、勇者様~」」」
いや、俺は勇者じゃないから……。
そんなタースの街を進んで行き、商業ギルドに到着する。
アントニオさんとサクラさん、ベルを下ろしてから何かあればハンディー・トランシーバーで連絡する様に伝え、次の目的地である生産ギルドへと向かう。
商業ギルドからはそれ程離れておらず、此処でテンダーのおっさんと、アンが下車した。
そして、マリアンヌさんとマーチンさんを、住まいの商家へ送り、ギルさん達"雛鳥の巣"へ護衛をお願いした。
この道には、昨夜の俺達の攻撃で、かなり道が破壊されていたが、日中見てみると馬車は通れそうも無い。
ちょっと、やり過ぎたか。
少し反省しながら、フェアウェイ大公の居城へと向かう。
城へ到着すると、跳ね橋は下ろされており、堀の側道へ待機状態で佇んでいる指揮者ゴーレムの周囲には、ここでも市民達が集まっていて、その巨体を見上げて居た。
そして、俺達が停車すると、一斉に歓声を上げて俺達の周りへと集まってくる。
これは、ちょっと収集が付かない状況だ。
すると、跳ね橋を渡って、兵士や騎士達が、此方へと走り寄って来た。
「ジングージ様、お疲れ様です」
「フェアウェイ大公閣下が、お待ちでございます」
「お待ちですか?今朝、自分たちが此方へ来るとはお伝えして無かったのですけど」
「はい、そのままスベニに帰られてしまうのでは無いかと、ご心配のご様子でした」
「なるほど、これから参りますので、ご案内お願いしても宜しいでしょうか?」
「無論です。光栄であります!」
「では、お願いします」
「はっ!」
俺達は、96式装輪装甲車を下りて、案内をしてくれるという騎士二人の後に続いた。
兵士達は、市民達を近づけまいとしているが、その歓声は止まない。
96式装輪装甲車の警備も、彼らに任せて置けば問題は無いだろう。
キーは抜いてあるので、動かす事も出来ないはずだ。
昨日と同じく、フェアウェイ大公の住まいである一番大きな居館へと騎士の先導で歩いて行く。
居館の中へ入ると、昨日案内された大きな食堂ではなく、応接室とも言える部屋へ案内され、豪華なソファーへと座る様に案内された。
直ぐに、待女達がワゴンを押して入室してきて、そのワゴンからお茶のセットを手際よくセットして、俺達へ勧めてくれる。
出されたお茶は、昨日頂いた香りの良い紅茶で、きっと超高級な紅茶なのだろう。
あまり紅茶には詳しくない俺だが、元居た世界でも味わった事が無い、美味しい紅茶だ。
お茶を飲んで暫くすると、ドアが開きフェアウェイ大公が部下を伴って入室してきた。
「ジングージ殿、避難民の件、如何だった?」
「はい、特に問題は発生しておりません。市中の様子次第では、直ぐに街へ戻れる状況です」
「そうか、忝ない。本来であれば、余の軍勢を差し向けねばならないのだが、未だ残党狩りが続いておってな。しかし、今日中には何とかなるだろうから、夜になる前には帰還しても大丈夫だろう」
「そうですか、それは朗報です。午後にはスベニからの救援部隊も到着しますので、手助けも可能かと存じます」
「そうか、それは有り難い。それにしても、ジングージ殿は昨夜は何処で休んだのだ?」
「避難民達と一緒に休みました。朝食の支度もありました故」
「なんと、朝食までも……重ね重ね忝ない。余は、スベニに帰ってしまったのではないかと、心配しておったのだ。未だ、礼や受勲も済んでおらんからの」
「その様なご心配は無用であります。いや、一つだけ具申を申し上げて宜しいでしょうか?」
「具申とな?言うてみてくれ。ジングージ殿の言うことならば、大切な事だからな」
「ありがとうございます。それは奴隷市場……特に闇ギルドが商っていた闇奴隷市場の事です」
「奴隷市場か……闇ギルドが奴隷を扱っておったのは存じておるが詳細は知らん。おい、誰か詳しい者を呼んでまいれ」
「はっ、唯今!」
「闇ギルドの大きな資金源となっていたのが、不当に奴隷化した者の売買です。それは拉致や、誘拐などの犯罪で手に入れた奴隷を、闇から闇に売り捌いていたのです。此処に居るナークも、そんな闇ギルドの被害者ですし、ロックやミラも闇奴隷商人の被害者なのです」
「なんと、その様な事……聖女殿までもが被害者だったとは、余は知らなんだぞ」
どうやら、闇ギルドが行っていた闇奴隷商人の事を、フェアウェイ大公は全く知らなかった様だ。
部下の段階で止められていたのか、或いは任せっきりにしていたのかは不明だが、これは一つの都市国家のトップとしては大きな問題だ。
ひょっとすると、闇ギルドと連んでいた奴が居るとか、或いは賄賂で目を瞑っていた奴がいるのかもしれない。
どちらにしても、洗い出しをせねばなるまい。
そう俺が推理をしていると、ドアがノックされて外から声が聞こえて来た。
「フェアウェイ大公閣下、大臣殿をお連れしました」




