認識票
本日二話目です。
此処が、自由交易都市と呼ばれるスベニの街か。
想像以上に大きな街だったので、正直なところ驚いた。
街道の先には、大きな門が見え、門の手前には街へ入る順番待ちの馬車が数台、整然と並んでいた。
馬車には、野菜などの荷が積まれており、野菜を出荷するために近隣の農村から毎朝、集まって来るのだとアントニオさんが教えてくれる。
俺たちの乗る馬車は、待ち行列の最後尾に着けて暫くの間、門の前の街道上で待たされると、俺達の入場する順番がやって来た。
門番の警備兵らしき、甲冑を纏った人が槍を片手にして、我々の馬車へ近づいてくる。
更に、その警備兵に連れられる様にして、女性の警備兵らしき人が、腕に大きなA4用紙サイズ位の青い色の板を抱えるように持ち、同行してきた。
「積み荷の検査と、身分証明票の審査を行うので、馬車を降りてください」
警備兵は慇懃な物言いで、馬車の脇まで来て言った。
アントニオさんが馬車を降りたので俺も続いて降り、兎耳少女のベルさんが俺に続いておりると、御者席のラック君も飛び降りてきた。
ギルバートさん筆頭に、冒険者グループも荷車の御者席から降りてきて俺たちに加わった。
そして、ギルバートさんが警備兵へ、徐に告げる。
「荷馬車三台の荷物は、迷いの森で襲いかかって来た、はぐれオーガの死体だ」
「えっ!オーガですか!」
警備兵は、声を荒げて驚いた。
「あぁ、オーガだぜ。それも三匹もだぜ。俺たちが軽く片付けてやった……と言いたいところだが、片付けたのは奴だ」
と、ギルバートさんは俺を指さして、にやり笑う。
続けて、ガレル君と、ハンナさんへ指示する様に言った。
「おい、ガレル、ハンナ、荷馬車のオーガに被せてある布を外せ」
「はい、リーダー」、「は~い、判ったよ~」
二人は、そう答えて直ぐに荷馬車へと向かって走って行き、オーガに被せてあった大きな布を外しにかかった。
アントニオさんも、ラック君に箱形馬車のトランクの扉を開ける様に指示すると、ラック君も「はい、アントニオ様」と答えて、馬車のトランクの扉を開ける。
「それでは、荷物の検査の間に、皆さんの身分証明票の審査を行います。各自、準備して下さい」
青い色の板を持った女性の警備兵が、そう言うとギルバートさんは自分のシャツの胸元へ手を潜り込ませて、何やら首元へと取り出した。
小さな小判型をした銀色――銀製にみえた――の2枚のそれは、俺もよく知る認識票の様に見える。
ギルバートさんは、その認識票と自らの手を女性の警備兵が持つ青い色の板へ押し着け、こう言った。
「俺はギルバート。冒険者で犯罪歴は無いぜ」
すると女性の警備兵が持つ青い色の板が、青い光を発して輝いた。
それを確認すると、女性警備兵はギルバートさんへ向かい微笑みながらこう言う。
「はい、ギルバートさん、本人確認できました。長旅お疲れ様でした」
「全く、顔なじみでも毎回この操作って、本当に面倒くせぇぜ」
「仕方有りませんよ、それが規則なのですから……次は、アントニオさん、お願いします」
「はい、どうぞ」
アントニオさんは、そう答えるとギルバートさんと同じように、シャツのボタンを一個外してから、ギルバートさんと同じく金属製――金製にみえた――の認識票の様な物を取り出し、女性の警備兵が持つ青い色の板へ押し当ててから宣言する。
「私は、商人のアントニオです。犯罪歴など有りませんよ」
「はい、アントニオさん、確認しました。お帰りなさい」
「はいはい、ただ今、無事に戻りました」
アントニオさんに続いて、今度は兎耳少女ベルさんが、同様に胸元からドッグ・タグの様に見える物を取り出したが、彼女のそれは金属製では無く二枚の革製だった。
「わたしは、ベルでしゅ。犯罪歴は有りましぇん」
「はい、ベルちゃん、お帰り。今日も可愛いわね。それでは次の方どうぞ」
女性の警備兵が、そう言うと俺の顔を見つめた。
どうやら、俺の順番らしい。
俺も金属チェーンで自分の首に下げている、陸上自衛隊仕様のステンレス製認識票2枚を取り出し、見様見真似で女性の警備兵が持つ青い色の板へ、手と共に押し当て宣言する。
「自分は、ジョー・ジングージです。犯罪歴は有りません」
「……ジョー・ジングージ様ですね。ご本人確認致しました。有り難うございます。自由交易都市スベニへは初めての来訪ですね。ようこそ、お越し下さいました」
女性警備兵は、俺に頭を下げながらそう言って微笑んだ。
初対面のせいなのか、俺が家名持ちなので貴族と思ったのか、言葉がとても丁寧に聞こえた。
また、彼女の持った青い色の板が、青い光を発して輝いた後、全く見たことの無い文字が表示されたのだが、その文字を俺は何故か読む事が出来た。
青い板に表示されていたのは、氏名や性別、年齢などの情報に加えて、他の情報も表示されている。
中でも俺の目に止まった情報は、階級が表示されており、俺のランクはF(少尉)と表示されていたのだ。
実は今朝方、"女神様の加護"を発動してインベントリーのフォルダーを表示した際、二つの装備が追加されており、その装備の項目の一つに認識票が追加されていたので、それを召喚して自分の首へ架けておいたのだ。
陸上自衛隊のステンレス製認識票そのもので、レーザー刻印された自分の名前などは同じなのだが、刻印されている内容は、所属番号や自衛隊を示す情報はなく、性別や種族などとなっていた。
記載されている文字は、元の世界のアルファベットなのだが、あの青い板への表示は異世界原語によって同じ内容が表示される様だ。
加えて年齢や都市への訪問記録、犯罪履歴なども表示される魔法仕様となっている。
動作原理は不明だが、異世界魔法アイテムも中々に凄いと思う。
恐らく、このドッグ・タグは俺がスベニの街へ入るのに困らない様、女神様が無限収納へ収納して下さったのだろう。
女神様の有り難い気遣いと思い遣りに、とても感謝だ。
ちなみに、もう一つ追加された装備も女神様の思い遣りにあふれていたが、今回はアントニオさんの馬車に乗せてもらったので、無限収納から召喚する必要はなかった。
ガレル君、ハンナさん、ラック君らも、荷物検査が終了した模様で、槍を持った警備兵と戻ってきて、我々と同じ様に女性警備兵の持つ青い板で本人確認作業を終える。
三人は、ベルさんと同じく革製の認識票だった。
すると、ギルバートさんが、俺のドッグ・タグを指さして、こう言う。
「ジョー、強力な魔法使いだと思ったら、やっぱり金属階級者だったか。納得だぜ」